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第13章

 村のはずれを走る小道を、ヘンリーとジュリエットは歩いている。彼らは道を進みながら、頭からマスクを外した。

 荒れ果てた農地の向こうには、魔女の城が薄らと輪郭を現している。視界の悪さは、地を舞う砂粒や枯れ草のせいだ。

 彼らが滅ぼした村、メアリーヒルの村人のほとんどは、その一帯を耕すことで生活していた。北部の多くは土壌が貧弱で、村人たちが日々苦労したのは言うまでもない。

 そんな村を、魔族は活用することに決めた。十分なカモフラージュにはならないが、世間知らずや事なかれ主義の人間と取引したり、他を襲撃するための用意を整えられる。

 村人はもちろん村長も、魔族と協力する友好関係になっていた。村の存続のためだが、単純に金のためでもあった……。


「私たちは地獄行きだね……」

ジュリエットは呟いた。パニックをまた起こすほどではないが、彼女は罪悪感を捨てられずにいた。

「さあ、どうだろうな」

歩きながら話す二人。不自然だが、道に魔族の姿はない。

「昨日見たことを思い出してみなよ」

ヘンリーが続けて言った。ジュリエットの脳裏には、魔族を手伝う村人の姿が思い返される。

「あんな調子なら、赤子だって数年後には、魔族に感謝の手紙でも書いてるさ」

ヘンリーはそう言った。

 だがそれは、ジュリエットだけでなく、自分自身に対する声でもあった。彼だって、赤子を巻き添えにしたことを、せめて正当化したかったのだ。

 旅は終盤だが、消化試合に入ったわけじゃない。むしろ、一番の正念場だ。

 ここで彼女と共に、罪悪感に苦しみ、嘆き悲しむのは悪くない。

 しかし、あの魔女が、お茶や菓子を嗜みながら、二人の再出発を気長に待ってくれるとは思えない。きっと、しびれを切らし、魔獣の群れを差し向けるはず。

 そして、荒れ地で彼らの死体が静かに腐りゆく中、魔族は暴れ続ける。土と同化する頃には、故郷もあの村のように、占領され懐柔されているだろう。

 さらに悪い展開を挙げるなら、二人の家族は見せしめに皆殺しだ。両家の綿花畑は枯れ、無毛な荒れ地へ……。

 ヘンリーもジュリエットも、そんなバッドエンドだけは絶対に避けたい。救いのない話は、赤の他人によるものだけでお腹一杯。

「……私、私たちは悪くない」

ジュリエットは割り切る気持ちで、そう言った。

「うん。オレたちがやったのは魔族退治だよ」

彼のほうも、そんな気持ちだ。

 赤子の犠牲も含め、すべて魔族が悪いという考えで、二人は一致する。ある意味、当然の流れだ。


 彼らの足取りは、ふわりと軽く滑らかになった。そこには、旅立ち当初のような無邪気さが見え隠れしている。意識していようといまいと。

 ともあれ、若い彼らがこう前向きな姿勢でいるのは、一般的に良いことだね。斜め上の考え方から、例えば日本のせいにしなかったのは評価したい。


 ――そして、魔女の城に到着した二人。村から城までは意外と距離があり、徒歩の彼らが着いたのは夕暮れだ。刺さるように輝く西日が、彼らの影を棒のように引き伸ばしている。

 石造りの城の一部には、ろうそくやたいまつがすでに灯り、人や魔獣の気配をムンムンと匂わせる。城の周囲に敵の姿はないが、城内にかなりの数が詰めていることは明白だった。実際、城の屋上を多数の見張りが、くまなく巡回している。

 正方形状の城は水堀に囲まれ、唯一あった跳ね橋は、吊り上げられており通れない。魔女からの指示を受け、完全に陸の孤島と化していた。無論、城内の蓄えは十分で、兵糧攻めでの勝算は薄い。

 水堀を覗くと、底に尖った杭がキッチリと埋めこまれているのが見えた。これでは、優雅に泳ぐだけでも危険だ。

「チュチュ! チュチュチュ!」

屋上から鳴き声がうるさく聞こえてきた。

 ネズミ型魔獣が城の胸壁から、ヘンリーとジュリエットを睨んでいる。魔獣は右前足で槍を、左前足でリンゴを持っている。身構える二人。

 ところがその魔獣は、仲間を呼んだり、攻撃する素振りを見せてこない。城の守りに自信があるらしい。

「ここに降りてきなよ!」

挑発するジュリエット。前からわかっていたが、彼女はプライドが高い。

「チュ!」

魔獣はそう鳴き、食べかけのリンゴを彼女に投げつけた。

 反射的に顔面を隠すジュリエットと、彼女に右腕を差し向けるヘンリー。

 ところが、リンゴは空中でバチンと音を立てた後、水堀へ落ちていく。ポチャリと落ちたリンゴは、杭と杭の隙間へ沈んだ。

 魔女が仕掛けたバリアが、しっかり働いている証だった。物理的な防御だけでなく、魔法による防御も充実しているのだと、二人は認識できた。


 その直後、胸壁に別の見張りが現れた。ヒゲを生やした初老の魔法使いで、隣の魔獣と同じく、余裕満々な表情を浮かべている。

「我々はここでお前たちを待ってやろう。その手で解決し、こちらへ来るんだな」

魔法使いの男はそう言った。「どうせ無理だろう」というニュアンスが、言葉に含まれていた。

 とはいえ、今の彼らに無理であるのは事実だ。彼らはお互いに、無言でそれを認め合った。

 だがそれを、胸壁の男や魔獣に悟られるわけにはいかない。路線変更がなされ、魔族の大群を差し向けられる恐れがある。


 ヘンリーとジュリエットは、魔法使いや魔獣に何も言い返さず、回れ右をして歩き始める。彼らの背中を、魔法使いや魔獣は、冷笑を浮かべながら見送った。

「魔族には言葉よりも似合ったものがある」

ヘンリーは小さな独り言を呟いた……。

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