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第12章

「苦しい‼ 苦しい‼」

ジュリエットはパニックに陥っていた。林で豪雨に見舞われた際とは別の方向で、彼女は落ち着きを失っている。

 彼女は酷く悔やみ、息苦しさに耐えられない様子で、マスクの留め具へ手を伸ばす。

「やめろ! 今は脱ぐな!」

マスクを外そうとするジュリエットを、ヘンリーが即座に止める。

 彼らの周りには、放射能汚染された空気に満ちている。即死を免れたとしても、早すぎる死からは免れない現実が、すぐそばに存在しているのだ……。

 ヘンリーは力任せに、ジュリエットの手をマスクから離す。そして、彼女の手をそのまま、自らの手で包みこんだ。

 彼女の動きを止めるだけでなく、とにかく安心させるためだった。

 手つなぎに準ずる行為とはいえ、マスク越しに顔をじっと見合わせたままの二人。


 ヘンリーはジュリエットにかける言葉を、なかなか思いつけない。彼の頭が鈍いからでなく、曇ったマスクの中で、彼女が涙や鼻水をダラダラと流していたからだ……。

 まあ、無粋な言葉を慌てて投げかけるよりは、しばらく黙っていたほうが無難ではある。


 呼吸の荒さは鎮まり、ジュリエットは気持ちを落ち着かせることができた。涙や鼻水の流出はもう止まっている。彼が彼女の手を、根気よく包み続けた成果だった。

 落ち着いた頃合いを見て、彼は彼女に、冷静に考えるべきだと言った。そして、村から離れることを提案する。ここは考え事のために長居すべき場所ではない。

 黙ってうなずく彼女。あの親子のような死体をまた目にしない限り、自分の足で村の外まで歩き切れるはずだ。


 ……ところが、タイミング悪く、シューという風を切る音が、空の向こうから聞こえてきた。魔女の城がある、北の方角からだ。

 マスク越しでも、その音は確かに聞こえ、ヘンリーとジュリエットは警戒を余儀なくされる。彼女はまだ本調子ではないが、これ以上彼に甘えるつもりではなかった。

 音の方向を睨む二人。既に音の主は、空に人影をあらわしている。先方は二人に気づいたらしく、そのまま一直線に向かってきた。

「お前たちだね⁉」

その人物は、空中で静止するなり、自らを睨むヘンリーとジュリエットに叫んだ。特等席から花火を見上げるような構図だが、その強い声は距離感を感じさせない。

「よくもこんな酷い有り様にしてくれたもんだ! よっぽど悪趣味な魔法を覚えたもんだよ!」

矢継ぎ早に喋るその人物こそ、魔族率いる魔女だった……。


 リーダーである魔女は、普段は北の城に居着いていたが、時々自ら視察に出ることがあった。魔法の腕を鈍らせないためであるが、各地の魔族を激励および監督する目的も大きい。今回は、当初の行き先を変更し、この村へ急行した形だ。

 とはいえ、城からあんな強い光を目撃すれば、当然の流れだ。部下を行かせる手もあったが、長年の勘が行動に移させた。それに、ヘンリーとジュリエットの話は、魔女の耳にも当然届いている。

 ただ、魔族を率いる魔女でさえ、あのキラメキ爆弾の存在は知らなかった。魔女の専門はあくまでも魔法関係であり、理系である核兵器やウラン関係の知識はさっぱりだ。

 魔女は定番の姿で、放射能汚染された空中に留まり続けていた。これは、現在進行形でレントゲン撮影を受け続けているような状態で、魔女は晒されているのだ……。

 いくら相手が敵とはいえ、相手は年老いた婆さんだ。ヘンリーとジュリエットは、敵ながら心配になる。

「えっと、魔女の婆さん? そんな格好でいちゃダメだよ?」

「なんか言ったかい⁉」

年寄りらしい耳の遠さだ。魔女でも老いは防げないらしい。

「あの、ここにはまだ毒が‼」

敬老と対抗の精神をこめ、大声で叫んだジュリエット。この展開のおかげもあり、彼女は本調子を取り戻せている。

 ところが、魔女は「フンッ」と鼻を鳴らす冷たい反応のみ。姿だけでなく、性格や行動までステレオタイプな魔女らしく、ノリが悪い。

「お前たちが使う魔法や技が、どれほど強いかは知らんが、あまり調子に乗るんじゃない! その気になれば、この場でネズミに変えてやることだって、アタシにはできるんだぞ?」

殺気を匂わせる魔女だが、これ以上どう説明したものかと、ヘンリーとジュリエットは戸惑うばかり。

 核兵器を知らない魔女は、彼らが強力な魔法を使い、村を丸ごと一気に片付けたと勘違いしていた。無理のない考えだが、わかりやすい説明を、素人同然の彼らに求めるのは無理がある。

「城に戻るとするよ。……お前たちと話していると、なんだか気分が悪くなってきたからね」

魔女はそう言い残すと、北に向けて飛んでいく。風を切る音が再び聞こえてきたが、今度はすぐに聞こえなくなる。

 静けさの中、ヘンリーは再びジュリエットの顔を見た。彼も彼女も、たった今のやり取りについて、一点か二点言いたいことを思い浮かべている。

「とりあえず、村の外へ出よう。城までは少し距離があるし」

「……うん、そうだね」

言いたい用件を忘れないように思い浮かべつつ、彼らは歩き始める。普段通りの足取りだ。

 広場に転がる死体には、いまだハエ一匹たかっていない。文字通り、死体はただ放置されるまま……。


 ――城へ戻った魔女を、手下たちは温かく出迎えると同時に、村の様子を一斉に尋ねる。

「なかなか強い光属性の魔法だね、あれは」

私見を述べた魔女。しかし、それは正しくない見解だ。

 魔女は手下たちの動揺を抑えるべく、城全体にバリア魔法を張ると伝えた。それはとても強い魔法で、あらゆる魔法による攻撃を最大限に防いでくれるというわけだ。

 それから、城の物理的な守りを強化しろと指示を出す。これで、魔法および物理的な攻撃から、城や自分たちを守れると確信していた。

 実際のところ、核兵器の一種であるキラメキ爆弾から、それで身を守れるかどうかは、まだわからない。見張りの魔獣がいた程度の村とは、状況が異なる。

 ただ、参考になりそうな点はあった。体調不良で仮眠を取っている魔女の肌だ。それは燃えるように赤く腫れ上がっている。

 吐き気まで感じた魔女は、寝床につく前、自らに回復魔法をかけた。しかし、腫れが引く様子はない……。

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