第11章
麓の村メアリーヒルは、初夏の輝かしい太陽により、明るく照らされていた。この北部では久々の快晴だが、その恩恵を受けられるのは数少ない人間だけだった……。
ヘンリーとジュリエットは、その村の広場をゆらゆらと歩いている。隆々とした装備を全身に施して。
先を急いでいた彼らは、老人リバモアから、放射線を防ぐための装備一式を貸してもらった。マスク付きの頭巾を始め、コート、手袋、長靴だ。それらのすべてに、放射線に強い鉛がふんだんに使われており、残留放射能による汚染から身を守れる。単純な対処法だが、間違ってはいない。
二人の装備はどちらも試作品だったが、彼らはリバモアを信じることにした。あの強力なキラメキ爆弾を発明するぐらいだから、これらも立派な代物に違いないというわけだ。
メアリーヒルは、今や廃村と化している。村人や魔族どころか、ネズミさえも息絶えていた。
いくら地獄とはいえ、ネズミの一匹や二匹はいるだろうと、ヘンリーもジュリエットも思っていた。しかし、ご存知の通り、放射線は人類にとって、良くも悪くも強力な存在だ。
二人はまた、転がる亡骸に、ハエが一匹もたかっていない点にも気づく。爆発から数時間経った今でもだ……。
広場の隅に、三角屋根付きの井戸を見つけた。二人の足は、自然とそこに向かう。生活感を期待して。
しかし、普段は炊事や洗濯、井戸端会議で賑わうそこに、生活感はもう無い……。
「…………」
ヘンリーは腰を曲げ、近くでうつ伏せに倒れる男の顔を覗く。まだ若さの残るその男は、全身に湿気を漂わせている。腐り始めて、体液が漏れ出ているわけじゃなく、井戸の水を何度も浴びたようだ。男の周りの地面に、小さな水たまりができている。
大量の放射線を浴びた結果、喉が渇き、体が焼けるような痛みを味わったはず。それを抑えようと、井戸の水を贅沢に使ったんだろう。
「ん?」
男は右手の小指に、高級そうな銀の指輪をはめていた。ヘンリーの目は、戦利品を見逃さなかった。
「どうせ盗んだもんだしな」
正当化しつつ、右腕を伸ばす彼。ジュリエットから、素敵な小言を頂戴するかもしれないが、もはや慣れっこだ。
しかし、あと十センチというところで、彼は腕を引っこめる。リバモアが話した、残留放射能の話を思い出したからだ。それから、ここにわざわざ寄った、本来の理由も同時に。
ヘンリーもジュリエットも、爆弾を使った結果を確認せねばならないと考えていた。好奇心はあくまでも一部だ。
「弔ってあげたいのに、遺品を回収できないのは悔しいよな?」
体裁を繕おうと、ヘンリーはそう言った。しかし、ジュリエットは何も返さない。
「ジュ、ジュリー?」
彼女は井戸の中を覗きこんだまま、微動だにしない。豪快に井戸水を飲んでいるわけでもなく、ただじっと見下ろしている……。
「うっ、ううっ、うっ」
やがて、悲しげな奇声を発し始めたジュリエット。
「ああ、ジュリー」
彼女も、キラメキ爆弾主演の殺人劇に携わった人間だ。肉体的だけじゃなく、精神的な苦しみもしんどいもの。
「どうどう、どうどう」
言い方はともかく、ジュリエットをなだめるヘンリー。
「…………」
その際にふと、彼は目にしてしまった……。
井戸の中に、親子の死体がポコポコと浮かんでいる。若い母親と赤子が、井戸の水面に力なく……。
「どうしよう! どうしよう!」
ポロポロと泣き始めるジュリエット。彼女の心は罪悪感で一杯だ。彼女は投射装置のボタンを押したわけじゃないが、それでも悔やまずにいられなかった。
「ど、どうしよったって、どうしようも。いや、どうかしようもあるかな。どうかできるかもしれないけど……」
ヘンリーはうろたえ、気の利いた回答を思いつけない。
井戸で死んでいる母親は、放射線による苦痛から自分や我が子を救うため、水浴に懸けたのだ。そこで死んでいる男と同じように。
結果は無駄に終わり、放射線による死か溺死なのかわかりづらい死体が、井戸水を余計に汚しただけだ……。
ヘンリーとジュリエットは、この旅だけでなく、今まで生きてきた中で、これほど強い罪悪感に襲われ、戸惑った経験が無かった。頭の中で、「この村の連中は皆、魔族に協力的だった」という正当な理由が浮き上がるが、罪悪感がそれに対抗する。
何度も浮かぶ理由と、それを沈ませる罪悪感。天使と悪魔による、陳腐な討論が繰り広げられるようだ……。
放射能汚染が残る村に長居はするなと、リバモアには言われていたが、その場からなかなか離れられない二人。
そんな二人および村へ、ある人物が全速力で向かっていた。汚染された地面に、一歩も足をつけることもなく華麗に……。




