それぞれの一緒に住む人
*お話は2011年春当時に書かれたものです。戦争の終った1945年を始め、
いろいろな「何年前」などの表記が2015年から考えるとおかしな事になって
きてしまうので、ご注意ください。
もう、「読んでいる今は2011年なのよ~」とかいう気持ちで読んでいくのが
bestです。
1944年―――
可菜は、S駅に降りたっていた。
機関車部分に支障がなく、そのまま汽車は動き始めたのだ。
汽笛を聞いてから・・・って、アバウトだよなー。
確かに、銃撃さわぎがあったりで、ずいぶん遅れたから、駅についた合図か出発する合図だかで汽笛が鳴れば、無駄に待たなくてすむってことなんだろうけど。
もうもうと煙(!)をあげて、汽車は汽笛を鳴らして、もう出てしまった。
汽車!
ちゃんと動く汽車なんて、初めて見た!
そういえば、荷物を自分の背よりも高く背負った行商のおばさんが、可菜をまじまじと見て、
「疎開かい? ・・・がんばるんだよ。」
と、りんごを一つ手に握らせてくれた。握らせる時、私の手をじっと見て涙ぐんでたけど・・・なんでかな。
誰もいなくなった駅で、動くものを探して、蝶や空高く飛んでいる鳥を見て、迎えを待っていた。
あの人・・・かな?
木炭(!)で走るトラックが止まり、みねおばさんが降りてきた。
「和子ちゃん? あれまぁ。町の子はハイカラだねぇ。おっと・・・敵性語だっけ。
えーと、あかぬけてるねぇ!」
「はぁ。こんにちは。」
「ややこしいよ。急に使っちゃいけない言葉なんてものができたりしてさ。
誰が聞いてるか知れないからね。いちいち言い換えなくちゃなんなくてさ。」
和子ちゃんて、いうのか。私と入れ替わってしまったかもって子は。
私は、石田可菜です! なんて、言わない方が、きっといいんだよね。
和子ちゃんになりすまさなきゃ・・・なんだよね?
顔がちがうって、バレちゃうから、なりすまさない方がいいのかな・・・。
「よねは、元気かい? そういえば弟が生まれたんだったねぇ。
えーとなんて名だっけ?」
「・・・・・・・・・」
何も答えられない。
よねって、誰!? 弟の名前って言われても・・・知らないし!
可菜が、口ごもっていると、みねは可菜のTシャツに点々とつく赤いしみに、気がついた。
「あら・・・これは? ・・・血!?」
「あ・・・あの、さっきトンネルを抜けたところで、機銃なんとかって、空か
ら撃たれちゃって・・・ 近くにいたおばさんが・・・。」
さっき見た惨状が、まざまざとよみがえってきた。
さっきは、テレビかなんかのロケと思ってたので、そうでもなかったのに、見たものが、見たまま本当のことだったとなると、・・・改めて、ぞっとしたのだ。
自分のすぐそばで、人が死ぬところを見るなんて、おじいちゃんを除いて(おじいちゃんは病気だったし)初めてだったから。
あの3つの遺体・・・本物だったなんて!
「まぁ・・・まあ! かわいそうに。それは怖かったろうね!
とにかく、家へおあがり。 少し休んだ方がいいよ。
顔が真っ青だよ、和子ちゃん。」
「は・・・はい。」
私は、和子。私は和子。
和子ちゃんになりすまして、様子をみるの。
本当のことを話したところで、この時代に、私を助けて未来へ返してくれる人なんて、いるわけないんだから。妙なことを口走る子だと、思われるのがオチだ。
和子ちゃんじゃないとバレたら、私の身分証明みたいなのは、できっこないから、どんな処置されるか・・・わからない。
タイムスリップしたのは私だけで、後からひょっこり和子ちゃんが現れたりしたら、・・・そしたら私は、どうなっちゃうんだろう。
どうか、和子ちゃんが、平成の私のいた場所に行っちゃってますように・・・!
って、変なお願いだなぁ。
どうか、もとに戻れますように! の方が、いいんじゃない?
可菜が、あーだこーだと考え事をしているうちに、みね夫婦の家についた。
玄関を入るなり、
「も―――・・・」
と声がして、びっくりした。
牛!?
牛が玄関にいるの!?
みねおばさんは、当然のように牛の肩(?)をトントンとして、すたすたと中へ入っていく。
なんで、牛!?
後にわかるが、牛は平成でいうトラクター代わりとでもいうべき、人の力ではしんどい仕事を、馬力ならぬ牛力で、いっぱい助けてくれるため、その家の風通しやら、居心地やらが一番いい場所に、お牛様を飼っているらしい。
この時可菜は、そんな事は知らないので、びっくりするばかりだった。
人間といっしょに、暮らしてるなんて!!ってね。
可菜が、みねについて、土間を抜けて、中へ入って行くと、田んぼから帰った旦那さんの兵作さん、子どもたちの耕作くんと友作くんを、紹介してもらった。
「うちは、男坊主ばっかりだから、女子の和子ちゃんが来てくれて、
うれしいんだ。 娘ができたみてぇだ。」
「ありがとうございます。」
「ゆっくりくつろいで、戦争が終わって、よねさんが迎えに来るのを、待てば
いい。うちは農家だから、供出しても、みんなが食べてくくらいは残ってる
から、心配しなくていいからな。」
と、兵作おじさんも、やさしそうだ。
あ、やっぱ戦争中なんだ・・・。と、思っていると、みねが、思い出したように言った。
「それから、今日からうちに住むんだから、うちの住所を書いといたよ。
自分で服につけられるかい?」
「はい・・・大丈夫です。」
みねに、名札を手渡された。
さっきつけてないって、叱られたやつだ。これは、この世界では必須アイテムなんだ、きっと。
「和ねえちゃん・・・でいい?」
5才の耕作が、照れくさそうに言う。
「えっと・・・できたら、かっちゃんて呼んで。」
かっちゃんなら、可菜の「か」でもあるから、少しは、呼ばれて気づきやすいと、思ったのだ。
「かっちゃん。」
「かっちゃ。かっちゃ。」
3才の友作も、「かあちゃん」に音が似てるからか、すぐに発音できて、うれしそうだ。
可菜は、ひとりっ子だし、今まで小さい子の面倒をみた事など、一度もなかった。
ので、どう遊んであげたらいいのか、わからない。
おもちゃ1つ持ってないし・・・。
「ああ、それから、学校へ行くのに、隣りの慶子ちゃんに明日は連れてって
もらうように頼んどいたから、しっかり勉強もしておくれよ。
こっちに来たら急にばかになったって言われちゃ、たまんないからね。」
「はい。」
勉強なら大丈夫。いつもそこそこの点は取れてたし、落ちこぼれた事なんてないから。と、可菜は少しホッとした。
学校の成績で、和子でないとバレることは、なさそうだ。
2011年―――
12時15分に、予定通りT駅に列車が到着すると、大きな駅で、和子は困惑した。
人の流れに流されて、改札を通り、外へと出て来てしまった。
萌子さんという人は、ここで待っていれば、迎えに来てくれるのだろうか。
顔もわからない相手を探し、目が泳ぐ。
どの女の人も、萌子さんに見えてしまう。
向こうにも、出口はあったようだけど・・・
そっちだったら、どうしよう。・・・
「可菜ちゃん?」
自分を見て、話しかけて来てくれた女の人は、この人が初めてだった。
「あの・・・」
「どうしちゃったの、その髪!?っていうか、服も・・・」
「えと・・・」
持っていたメモを、萌子の目の前に突き出すのが、和子には精一杯だった。
目に涙をいっぱいにためて、自分を見つめる和子を、萌子は、どう受け止めていいかわからなかった。
「だ・・・大丈夫? ・・・もうホームシック?」
和子の目から、とうとう涙がこぼれ落ち始めた。ぼとぼと止まらないほど。
「とりあえず、車に乗って。私の部屋へ送ってくから。 仕事終わるまで、
好きにくつろいでくれていいからさ。」
萌子は、車で5分の自分のマンションに、和子を案内した。
エレベーターをあがっても、ドアをあけて部屋へ入る時も、和子は目を見開いて、ドアというドアを見つめた。
横へ魔法のように、すっと開くドア。鋼鉄のような頑丈そうなドア。
何もかも、和子の知る純和風の引き戸やふすまといった扉とは、ちがう。と、わかったからだった。
萌子がいつもの習慣で、部屋に入るなりテレビのスイッチを入れると、和子は、突然気をつけ!をして、深々とおじぎをした。
「え?」
「動いてる・・・あ、あの御真影(天皇の写真)と、思ったもので・・・。
これは、何ですか? 絵の出るラジオ・・・?というか、これだけではあり
ません。すべてがわかりません。萌子さん、教えてください。
私以外の人の、まわりのこの変化は、いったい何なのですか!?」
「えと・・・可菜ちゃん?」
「私・・・可菜ちゃんではありません。川島和子といいます。最初からお話し
ますから、どうか聞いてください。」
「・・・長くかかりそうなら、一本電話入れさせてもらおうかな。」
と言うと、萌子は携帯で、学校に連絡を入れた。戻るのが遅れる旨伝えて、電話を切ると、和子は言った。
「それ、電話というものだったのですか。」
電車の中で見たピンクの携帯を、思い出していたのだ。
「この荷物が、可菜さんの物だとすると、あの音のする箱も、可菜さんの
電話だったのかもしれません。・・・」
和子は、列車の中で、はっと気がつくと、まるで様子のちがう座席に座っていたこと。
ここが、敵国の物と思われるような、見た事のない物であふれていること。
自分のように、名札をつけて歩く者がいないこと。などを、話した。
「いや・・・戦争中の子みたいなかっこうだなぁとは、思ったけどね。
・・・まさか。」
「戦争! 戦争をしています。私は、疎開が決まって、みねおばさんの所へ
行くところだったのです。」
「・・・・・・。戦争は、昭和20年に終わったよ。今は、2011年、えと・・・
1945年に終戦したの。」
「・・・2011年?・・・私が小学校にあがった年に、皇紀2600年のお祭りを
盛大にしたのを、覚えています。 ・・・2千何年で思いつくのは、そんな
ことくらいで・・・」
「てことは? ・・・あなたのいた年は、何年だったわけ?」
「え・・・それ、どういう意味ですか?」
「つまり・・・あなた未来に来てしまったのよ!
その・・・あなたのいた時代から、この平成の時代へ!」
「平・・・?」
「昭和何年だったの? あなたのいたところは?」
「昭和19年です。」
「1944年か・・・。和子ちゃん、あなたはたぶん67年も先の世の中にすべって
きちゃったのよ。あんまり信じられないけど・・・」
「・・・・・・」
「あなたの服装、髪型、しゃべってることから推測すると、ね。」
「・・・はぁ。」
「うそ、ついてないんでしょう?」
「はい。全く!」
2人は、沈黙した。
「・・・じゃあ、可菜ちゃんは、どうしたのかしら?」
「えっ」
「あなたの乗った電車、可菜ちゃんが乗ってたはずなんだもの。
私、可菜ちゃんを迎えに行ったのよ?でも、降りてきたのは、あなただった。
・・・1944年の列車に乗った・・・。」
「そんなこと・・・ありえるんでしょうか。」
「じゃ、どう説明する? 記憶喪失か、頭のいかれた女の子が、私の前に現れ
たとか!?」
「私、記憶失くしてません。狂っても・・・! ちゃんと記憶しています。
私は、川島和子で1933年生まれって・・・。」
「じゃあ・・・ありえないことが起きてんだから、ありえるんだよ・・・
きっと。どうしよう、可菜ちゃんがいなくなっちゃった。
・・・吉子さんに知らせた方が、いいのかしら。」
「吉子さん?」
「可菜ちゃんのママよ。私の姉よ。ちょっと複雑だけど・・・。可菜ちゃんを
夏休みの間、預かることになってんの。」
「叔母さん・・・。みね伯母さんの家に預けられるはずの私と・・・
萌子叔母さんの家に預けられる可菜ちゃん・・・?」
「やだ・・・おばさんつながりで、タイムスリップ!? そんな冗談!って
・・・あなたのいた時代は戦争中なのよね? どんなところ!? 安全なの!?」
「次世の子どもを守るために、疎開が決まったんです。安全な地・・・と、聞
いています。都心は、戦争が激しくなるかもしれないから、田舎へ避難する
ということです。」
「ふぅ・・・じゃあ、とりあえずは安全なのかしら。入れ替わったのなら、
困ってるでしょうね・・・何もない時代へ放り出されたら。」
「はい。私も困ってます。何か、勝手が違うようだし。・・・でも、私なんで
もやります。家事は、母さんの手伝いをしてたから、ひと通りはできると思
うし、・・・どうか、ここに置いてください。 可菜ちゃんじゃないから
って、追い出さないでください!」
「・・・それは、いいけど。可菜ちゃんが来るからって、部屋は用意してある
から、そこを使ってくれてかまわないわ。」
「ありがとうございます!」
「・・・でも本当に、可菜ちゃん昭和19年なんて場所に、行っちゃったのか
しら・・・。」
人の言うことを、疑いもせず、まともに信じて、この間すべてうそだったのが、わかったところの萌子は、和子の言うことをうのみにするのを、ためらったのだ。
また、同じまちがいを犯すの?
でも・・・可菜ちゃんが友達と、こんな大がかりなうそをしくんだとして、何になるというのか・・・。
やっぱり信じやすい性格、治ってないんだね!って怒る・・・ため。とか?
まさか。
私、・・・何か大きなものに、試されてるのかしら。
ちょっと大人みたいに、冷めたトコあるようにみえた可菜ちゃん。
・・・だから、しばらく預かって。って言われた時、あの子とならやっていけそう。と、OKしたのに・・・。
お互いのプライバシーを尊重しあって、でも時にはおしゃべりを楽しんだりして。人づきあいの苦手な私でも、うまくやれそうって。
山や川で遊んでみたいって聞いてるから、有給取って、そんなとこもいっしょに行ってみたいって、楽しみにしてたのに。大丈夫かしら。
予定通り山や川、自然はいっぱいでしょうけど、知っている文明の利器の1つもない時代に、たったひとりで・・・飛ばされるなんて、どんな気分かしら。
もし、私だったら・・・?
って、これが、本当の話だとして。だけど・・・。
萌子は、頭を振って、お茶を入れに、席を立った。
つづく




