閑話 評定
扶桑国を【魔境】から防御する三つの要衝の一つが、赤城国。
赤城国は、北部は恵み豊かな山林の奥地から流れる川に湖、南部は肥沃な平原が広がり、扶桑国でも随一の穀倉地帯として知られている。
平原の更に南側は扶桑海がある為、港湾施設が充実している。
海運の拠点となっているだけでなく、扶桑国でも有数の水揚げ量を誇る。
東部は荒涼とした遺跡群が点在しており、一攫千金を狙う冒険者たちが集う。
遺跡群を抜けた荒野に設けられた、不破関を越えると、文字通りの【人外魔境】がどこまでも広がっている。
赤城国分国王の居城、赤城城は、北部の山林を背に、眼下に南部平原を見下ろす山城である。
「ではこれより、評定を始める」
赤城国分国王、赤城優陽の口上に、臣下一同が一斉に居住まいを正す。
優陽は今年、三十歳になる男盛りの美丈夫である。
彼は着飾る事を好まず、公の場に姿を見せない時は、簡素な狩衣しかその身に纏わない。
主君に合わせ、重臣一同も同様の簡素な狩衣である。
燃えるような赤毛に、新緑を連想させる、さわやかな緑眼。
しかし、彼の緑眼は怒りに燃えている。
優陽の眼前には、評定衆と呼ばれる三人の重臣が集められている。
評定衆の定数は四人。
欠けている一人は、優陽の嫡子である朝陽と陽月襲撃を防げなかった責を問われ、防人として、僅かな手勢と共に、不破関へと向かった。
武を以て、国を鎮護する士族には、安易な死は許されない。
命を以て購わなければならない罪を犯した者は、防人として、戦死するまで関を守り続ける。
罪を犯さずとも、士族だけでなく、武家貴族も六十歳を迎えると防人となる。
扶桑国の武人の最期のあり方は、戦死、病死、事故死の三通りしか、原則としてあり得ないのだ。
赤城国筆頭家老、天城青嵐は、疲労を隠せぬ顔色で口火を切る。
青嵐は今年三十四歳となるが、優陽より若く見える。
外見は、嫡子の泉に瓜二つだが、男性である。
「賊を手引きしたと思われる女官は、毒を飲んで自室にて自害しておりました。遺書には『家族を人質にとられ』、と。女官の家族は行方知れず。賊の手掛かりは何も見つかっておりません。草を放ち、引き続き情報収集に努めております」
続けて、次席家老である、葛城雷電が報告を引き継ぐ。
彼女は三十一歳。
優陽とは乳姉弟の関係にある。
武官の筆頭が青嵐なら、彼女は文官の筆頭である。
亜麻色の髪が美しく、琥珀色の瞳は愁いをたたえている。
「ナクア神社より、【夢幻迷宮】からの【蜘蛛神天網】への不正アクセスの直後に、未知の経路からの不正アクセスがあったとの知らせを受けております。前者は、朝陽さまと陽月さまを狙った怨霊。そして、後者は高雄と名乗る、謎の少女と思われます」
【蜘蛛神天網】とは、【蜘蛛神】が管理する、月と大地を結ぶ巨大な蜘蛛の巣。
死者の魂は、この【蜘蛛神天網】を通って月へとかえり、新しく産まれる者の魂は、逆に地へとかえる。
【夢幻迷宮】に封ぜられたはずの【悪しき女神】は、悪夢に怨霊を送り込むために、幾度となく【蜘蛛神天網】に不正アクセスをくりかえしている。
雷電の報告に、優陽と青嵐は、一様に眉を顰め、困惑の表情を浮かべる。
「未知の経路だと? 何処の【夢棺】からの接続であったのか、蜘蛛神さまも把握しておられぬと申すのか?」
優陽の問いに、雷電は一礼してから言葉を返す。
「左様でございます。ナクア神社からの知らせはもう一つ。謎の少女は、扶桑人ではあり得ない体構造であったとの事です。少女は【月光加持】を使用したとの、朝陽さまの証言から鑑みて、あり得ないのですが。先住の民でもないとのこと」
【蜘蛛神天網】は、【蜘蛛神】に厳重に管理されており、万が一侵入を許しても、必ず侵入経路を洗い出し他の神々や人間と連携して、侵入者を追跡し処断する。
その【蜘蛛神】にして、『未知の経路』と言わしめる前例のない事態。
雷電から齎された続報を受けて、一同押し黙る。
「扶桑人でもなく、先住の民でもなければ、予想できる答えは一つ。彼女は訪い人なのではないでしょうか?」
沈黙を保ち、成り行きを見守っていた、優陽の妻、赤城 睦月。
灰色がかった金の巻き毛に、瑪瑙色のつぶらな瞳。
幼い美貌から、少女の様に見えるが、年齢三十五歳の男性である。
彼は、分国王の妻として、外交と内政の両面で夫を支えている。
武家貴族の妻は、夫の家臣として遇せられる。
これは妻の家系からの無用な干渉をさけるために生まれた慣習である。
ほとんどの武家貴族の妻は、睦月と同様に何らかの重責を負っているが、放蕩三昧で国の財政を傾ける例外も存在する。
「訪い人であるなら、神通力を当然のように持っていよう。伝説の通りであるのであればな」
合点がいったのか、優陽は顎の髭をひと撫でしてから、言葉を続ける。
「少女が何者であろうと、我が腹を痛めて産んだ、朝陽と陽月を窮地より救った恩人である事には違いはない。草には、高雄なる少女の捜索にも当たらせよ」
御意、と青嵐は平伏して応じる。
「民草を動揺させぬよう、此度の事件は公には出来ぬ。他国にも事の次第が漏れぬよう、慎重に事を運べ」
評定衆は揃って、平伏して応じる。
他国による干渉を許せば、赤城家の恥となるのだ。
「陽月の誕生祝は、予定通り執り行う。扶桑国からの使者の歓待の用意も万事、怠るな。……青嵐、汝の孫娘の朔はまだ意識を取り戻さぬか」
優陽は表情を緩めると、青嵐を案じるように穏やか声を投げかける。
青嵐は平伏したまま応じる。
「あの晩から、不肖の孫娘は昏睡状態にあります。乳姉妹としての責務を果たせず、朔に代わり、お詫び申し上げます」
青嵐の謝辞に、優陽は苦笑交じりに応える。
「汝は頭が固すぎるぞ。幼子に何も責など有りはせぬ。むしろ我は朔の身を案じているのだ。万が一、朔の身に何かあれば、朝陽も陽月も悲嘆に暮れよう。榛名国より、あの医者を呼べ。あやつは偏屈ではあるが、扶桑国随一の医者である事には変わりない」
優陽の発言に、青嵐は、慌てて顔を上げ、その双眸を大きく見開く。
「なんと! あやつは、扶桑国から、御殿医になれとの勅命をも従わなかった傾奇者ですぞ! 榛名国から離れるとは思えませぬ!」
「私が父上と、日向と交渉いたしましょう。このような事もあろうかと、これまで伏せておいた、二人の弱みを揺さぶります」
睦月は鈴が転がる様な声で、悪い笑みを見せる。
彼は、榛名家より赤城家へと嫁いできたので、実家との交渉においては手練を見せる。
榛名国では、前代未聞の悪童として、その悪名を轟かせていた経緯を持つ。
「朔は、私にとっても掛け替えの無い存在なのです。……青嵐、朔の事は私に任せ、其方は職責を果たしなさい」
青嵐は滂沱しながら、平伏して応じる。
「有りがたき幸せ! この御恩は決して忘れませぬ!」
「不破関への魔族の襲撃があったばかりのこの時期に、我が子を狙うとは。何処かの勢力が、魔族と呼応しておるかも知れぬ。皆の者、職責を意識し、綱紀を一新せよ」
その後も評定は続き、人材登用を推し進める為に、士官学校と幼年学校への入学資格を緩和する事で一致。
具体施策は文官でまとめ、改めて評定にて審議することとなった。
7月4日にかなり加筆しました。
医者の名前は、加賀ではなく、日向が正しいです。




