第七話 カノッサ機関の残照
異様な風体の男が、寒々とした荒野に腕組みして仁王立ち。
紫色のアフロヘアに、金銀糸が惜しげもなく編まれた、ド派手な陣羽織。
額から垂らされた、学問の神の神紋が描かれたお札に隠されて、顔は見えない。
変質者にしか見えない男が、耳障りなばか笑いを上げている。
「わはははっ! 響ちゃん! 逃げてばかりじゃ、俺に勝てないぜぃ!」
変質者が右手に持っているのは、筆なのかしら?
彼が筆で、虚空に記号のよう何かを『一筆書き』するたびに、地面から空を向けて槍のような巨岩が次々に突き上がる。
変質者に対峙するのは、金髪を鉢巻きでしばり、朱袴に白襷姿の響母上。
「君は、馴れ馴れしい男だねえ。ちゃんづけで呼ばれる筋合いは無いんだけどなあ」
響母上は、のんびりした口調で変質者に応じながら、巨岩の刺突を文字通り宙を舞うように、ひらりひらりと躱して見せる。
舞うようにではなく、本当に舞踊らしい。
この世界の剣扇舞は、武術なのだ。
地球人ではあり得ない軌道を描き、響母上は、両手に一つずつ持った舞扇で要返しを繰り返し、自らを突き立てんとする巨岩を蹴り続け、変質者を目指して優雅に舞い進む。
扶桑人と地球人との膝関節の構造の違いが、何をもたらすのか?
響母上の剣扇舞が、何よりも雄弁に物語る。
踏み込みが、体重移動が、跳躍が、まるで地球人とは異なる。
あんなでたらめなアクロバットは、地球人には絶対に無理!
凛花と名乗った怨霊が、もしも剣扇舞の使い手だったらとゾッとする。
あたしは呆気なく敗北してたでしょうね。
地球人の常識から外れた武術に、初見で対抗するのは難しい。
前世からの思い込みは捨てていかないと、駄目ね。
あたしが物思いにふける間も、二人の戦いは続く。
「俺のこの手が、光って唸っちゃうぜぃ!」
変質者は左手にも筆を持ち、器用に右手と左手で異なる記号の一筆書きを始める。
左手が描く記号は赤く、熱く燃えるように。
右手が描く記号は青く、冷たく凍えるように。
何時の間にか、筆を持っていたはずの変質者は光り輝く弓に矢をつがえている。
「極限ぇん! 消滅ぅう! 加持ぃい!」
変質者の弓から放たれた光の矢は、響母上が足場にしていた巨岩を次々に貫いていく。
矢の射線上に存在したものは、全て綺麗さっぱり消滅してる!
この変質者!
あたしの母上になんてことしてくれるのよ!
響母上は、両手に持つそれぞれの扇を大きく広げると、その上に舞うように飛び乗る。
響母上の舞いに合わせ、扇が空中の足場になるように、母上の足元を追いかける。
風の神の加護を受けた剣扇舞の使い手の奥義なんだとか。
我が母上ながら、デタラメね。
「やっぱ、大技は隙を作らないと当たらないにゃー。よーし、パパはちょっとだけ本気出しちゃうぜぃ。【開眼】!」
変質者が左手で額のお札をぺりっとはがすと、眉間が縦に浅く割れて――あれは、第三の眼?
変質者の第三の眼を見た瞬間、あたしの左手がひどくうずき始める。。
【邪気眼】が反応しているという事は、あの変質者は――やはり、そうなのね。
変質者の第三の眼が強く輝きはじめると、響母上は懐から、木製らしき円筒を取り出し、右手に握ると――円筒からは、青く輝く光の刃が伸びるって、何それ!
ビームサーベルとか、ライトセイバーみたいなものが、何で戦国時代レベルの文明に存在するのよ!
変質者の眼から立て続けに青い光線が放たれるけれど、響母上は、光の剣で光線を受け流し、逸らし、弾きながら舞い続ける。
変質者から放たれる光線の数、速度が増すと、響母上の舞いも加速していく。
そして遂に、響母上は、変質者の眼前まで辿り着く!
「幾重にも舞いぃい! 愛知らぬぅう! 屍築くぅう! 秘剣、七花八裂!」
響母上の嵐のような荒々しい剣舞から放たれる青い剣閃が、幾重にも変質者を切り刻む。
変質者は粉微塵に寸断され、爆散。
ここで、壁一面に貼られた大鏡に映された「動画」が終了した。
「どう、朔ちゃん! 響さんは、朔ちゃんの為に、こんなに頑張ったんだから!」
胸を張り、ドヤ顔を決める泉母上の「耳の穴」と、壁面の大鏡の横にあいている穴がコードのような紐でつながっている。
耳の穴に入れるものは、綿棒、耳かき、耳栓だけだと思うんですけど。
泉母上の説明によると、扶桑人の耳は、様々な道具と接続する機能もあるとか。
この大鏡は、限りなく大型ディスプレイに近い何かみたい。
この世界には、蜘蛛神様が管理する【蜘蛛神天網】という巨大なネットワークが存在する。
【蜘蛛神天網】は、この大地と月を結び、魂のやり取りをするだけでなく、地球におけるインターネットのような機能も備えているんだとか。
先ほどの「動画」は、響母上と変質者が、【蜘蛛神天網】の内部に用意された、闘技場での模擬試合の記録だったのだ
。
バーチャルリアリティーまで存在するとか、この世界のどこが、戦国時代から江戸時代程度の文明レベルなのよ!
あたしも使ってみたいけど、一歳児の身では何もできないし、両親からのお許しも出ないでしょうね。
「俺様に勝ったのは、委員長じゃなくて、響ちゃんなんだけどにゃー。事前の約束通り、響ちゃんとの模擬試合に負けた俺が、朔ちゃんを治療してあげたってわけだにゃー」
「日向殿、我が娘を治療してくださった事には感謝いたしますが、何時まで赤城城に御滞在を続けられるおつもりですか? それと私は、委員長ではございません!」
赤城家は、突然、昏睡状態に陥った、あたしの治療の為に、榛名国に住む、天下一と名高い医者である変質者を招聘して下さった。
変質者が出した条件は一つ。
娘を助けたければ、産みの母親が、自分と戦い勝って見せよと。
先ほどの動画の通り、響母上が勝利。
変質者は約束通り、赤城城を訪れ、あたしを治療してくれた。
こうしたいきさつから変質者でも、娘の恩人である事には違いなく。
泉母上は怒りながらも、言葉遣いは改めている。
動画で素顔を確認するまでは、半信半疑だったけど。
あたしが相手の眼を見ることで、転生者かどうか、あたしの左手に同化した【邪気眼】が判定できるとか。
姿かたちは見違えてしまったけれど、間違いない!
日向博士は、泉かあさんの事を委員長と呼んでいた!
彼の前世は、泉かあさんと、響かあさんの元同級生。
人工多能性幹細胞の実用化に、革命的な貢献を果たした天才科学者。
二つ名は、【カノッサ機関の残照】。
あたし以外の転生者が、二人も居たなんて!
しかも、身近な知人とか、どうなってるのよ!
「泉、落ち着きなさい。日向先生は、母上が引き続きの御滞在をお願いしたのです。朔の病気は治療は出来たものの、原因がよく分かっていないのです」
愉快そうに、泉母上と変質者のやり取りを見守っていた朝陽様が、泉母上を、やんわりとたしなめる。
「日向先生! 朔を救ってくださり、本当にありがとうございました!」
陽月様は、あたしが寝ていた間に第一次性徴をを迎え、今は男の子。
うりざね顔には、紫水晶のようなつぶらな瞳が優しい光を宿している。
髪の色は黒いので、日本人的な美少女の様に見える。
成長したら、眉目秀麗な若君になりそうね。
性格も温厚で、優しげな微笑みを絶やさない。
将来有望な男の子と、乳兄弟なんて、あたしってばラッキー。
「朔ちゃんは、何の前触れもなく二週間も昏睡状態だったにゃー。原因が分からないと再発するかもしれないっしょ」
泉母上は難しい顔のまま、黙り込んでしまう。
「俺様としても珍しい症例は、研究せざるを得ないぜぃ。つーわけで、原因究明と再発防止の為の治療法を確立するまでは、朔ちゃんからは離れられないにゃー」
泉母上は説明を聞いているあいだに、て色々と吹っ切れたのか、諦め顔をしながら日向博士に頭を下げるという器用な真似をする。
「天城さま、どうか、頭をお上げ下さい。父上は医者として当然のことをしたまでですのよ」
ゆっくりとした口調で、紫色の髪をおさげにした少女が、変質者のお尻を平手打ちにする。
「五十鈴ちゃん、パパ、痛いにゃー。癖になったら、責任取ってくれるのかにゃー?」
彼女の名前は、日向五十鈴。
あたしが目覚めた時に、最初に見たのが彼女の顔。
その瞬間に、左手が酷く疼いた。
つまり、彼女も日本からの転生者なのだ。
前世では、あたしの幼馴染として、親しく交流していたのよね。
生まれ変わっても、幼馴染に再会できるとは思わなかったわ。
彼女は、おっとりのほほんとした風情とはウラハラに、毒もはくし、男性にはよーしゃなく武力行使する勝気な少女だった。
この世界に生まれ変わっても、その気性は変わっていないらしい。
まだ三歳なのに、テキパキとあたしの看病をしてくれたとか。
日向博士は、どうでもいいけど、五十鈴ちゃんには感謝の気持ちしか浮かんでこない。
でも、転生してきたって事は、二人とも地球のどこかで死んでしまったのよね。
二人に何があったのか、全く思い出せない。
日本からの転生者であることは、お互いにまだ言い出せないでいる。
「父上、馬鹿な事を言わないでください。そんな有様ですから、あたしも父上から目を離せないのですよ。仕方がないので、あたしは赤城国の幼年学校に入学いたします」
三歳の幼女に説教される父親って、二人とも前世とぜんぜん変わってないなあ。
幼年学校というのは、この世界における年少者向けの教育機関である。
試験に合格すれば、身分も年齢も関係なく入学可能。
成績優秀者には、奨学金も出るとか。
幼年学校で基礎素養を身につけ、自分の適性にあった進路を選ぶ事が出来た者が、この世界では成功していくらしい。
「五十鈴と机を並べて学業を始められるとは、望外の喜びね。ともに切磋琢磨し、高みを目指しましょう」
暁姉上は、すっかり五十鈴ちゃんとも仲良しになっている。
姉上も、あたしの看病をしてくれていたみたいで、家族に恵まれて幸せだなあ。
「朝陽さま、陽月さま、昼餉の用意が整いましてございます。どうぞ、こちらへお越しください」
昼食の手配をしていた響母上が、大鏡の間(この部屋)に入って来る。
もう、そんな時間なんだ。
あたしもお腹が空いたなあ。
「折角だから、ここにいる全員で昼餉としましょう。皆とはもっとお話をしたいの」
響母上は、朝陽様に恭しくお辞儀してから返答する。
「朝陽さまなら、そうおっしゃると思いました。別室にて、全員の昼餉の用意が出来ております」
赤城城はお城だけあって、様々な部屋が無数に存在する。
響母上の案内で、食堂の一つに朝陽様を先頭に入っていく。
食堂は三十畳はありそうな大広間になっており、大きな机の上に、美味しそうな料理が並んでいる。
この世界には、限りなく日本の畳に近い畳が存在するのよ。
材量はイグサではないようだけど、見た目は畳とたいして変わりない。
日本と色々と違うのに、妙にこの国は日本的なところがあるのよねえ。
朝陽さまと陽月さまを上座に、全員が座布団! の上に座る。
「各々の守護神に感謝の祈りを捧げてから召し上がりましょう。いただきます!」
朝陽さまと陽月さまが食べ始めるのを待ってから、全員が食事をはじめる。
多種多彩な姿と文様に扶桑食器の数々に、海の幸、山の幸が並ぶ。
和食器とは微妙に文様が違うけれど、日本人じゃないと区別がつかないでしょうね。
味噌や醤油、豆腐まで存在するので、この世界の料理が口に合わなかった事はない。
お魚とか、野菜の色や形は、みたことがないものばかりだけれど。
一歳児が二人、器用に箸を使っても誰もツッコミを入れません。
陽月様も、地球人の一歳児では考えられない言動をするし、どうやら扶桑人の幼児期の成長はかなり早いみたいね。
「かのっさ商会が開発した、新食材の数々。今ではすっかり日常に欠かせないものになったわね」
しみじみと語る朝陽さまの前で、危うく味噌汁を噴き出しそうになる。
嫌な予感がするなあ。
「朝陽さま、かのっさ商会とは? 新食材と仰りましたが、珍しい食材が使われているのですか?」
あたしは平然を装いながら、朝陽さまに解説をお願いすると、朝陽さまは微笑みながら教えて下さる。
「私達が産まれる数年前までは、味噌、醤油、豆腐などは存在しなかったそうよ。私達だけでなく、庶民にもお馴染みになっているけど。十年ほど前から急速に拡大した、かのっさ商会が以前は存在しなかった、画期的な商品を次々に世に送り出しているのよ」
この世界の人達は気が付いていないみたいだけど、カノッサって、全然隠す気が無いじゃん!
あたしのジト目を、日向博士はシカトして、美味しそうに料理を食べている。
このおっさん、あたしが産まれる前から、調子に乗ってNAISEIしてたのね。
異世界への順応性が高すぎでしょ!
地球では有数の科学者だったんだから、少しは自重しなさいよ!




