第六十六話 ソルジャー・ドリーム
入浴後から昼食までの間は、土木工事に関する座学だった。
日本の武士たち同様に、この世界の武士たちにも、普請役に相当するものがあるから、士官学校では当然のように土木工事の基礎についても叩き込まれるわけで。
ああ、普請役というのは、城郭の築城とか、河川の堤防などの土木工事のために、家臣や領民に賦課される課役のこと。
課役とは、元々は中国の言葉で、課は仕事を割り当てる、役は、労役に徴発する意味の動詞だったらしい。
頭があまり良くないあたしには、かなり高度な内容だったので、講義に集中したかったのだけれども。
ルル皇太女が、講義室の片隅の空中で胡座をかくような姿勢で、ぷかぷか浮きながら講義を聞いている姿が視界にちらついて、何度か教官殿から叱責を受けてしまった。
休憩時間の間にルル皇太女とコンタクトしようとすると、彼女は姿を消してしまい、現在のところ、彼女の意図は理解できない。
あたしにしか、ルル皇太女の姿が見えないのは、あたしと彼女との間に結ばれた契約の影響なのかしら?
昨夜の夢の中の修行で、契約の繋がりが強化されたから、現実世界にルル皇太女が姿を現すことができなくなったのかしらん?
とまれ、これ以上、挙動不審な振る舞いを続けると色々と不味いので、夜寝るまでの間は、ルル皇太女の事は忘れることにしよう。
昼食後は、分隊ごとに分かれて、隊員同士の白兵戦訓練。
赤城国軍における、戦力の最小単位が二人組なので、指揮官として先頭に立つあたしは、視野が広く夜目が効き、危機感知能力が高い川内さんとパートナーを組んでいる。
その他の二人組は、妙高と吹雪、清滝さんと桂川さんのカップルで決まっていて。
昨日まで、我が第五十九訓練分隊は、合計七人と変則的な編成だったことため、戦闘力が突出している志熊は単騎で行動していたんだけれども。
今朝からは、紅葉ちゃんが合流してくれたから、紅葉ちゃんと志熊で組んでくれるとありがたいなあ。
でも、親友になるなら、志熊とはあたしが組んだほうがいいのかなあと迷っている間に、紅葉ちゃんと志熊はお互いに歩み寄り、ガッチリと握手を交わし合う。
「そろそろ朔さんと組んでみようかとも思いましたが、分隊長の補佐に最適任なのは、時雨さんでしょうし。仕方がありませんから、紅葉さんと組んであげますわ」
ぎちりぎちりと、握手しているだけのはずの二人の右手から嫌な音が聞こえるんですけど!
「あら、意外にあたしたちって気が合うのかしら? 足手まといにならないのであれば、志熊さんで妥協してあげるわ」
ミシリミシリともっと嫌な音が聞こえてくるんですけど!
他の隊員たちも見てるんだし、ここはあたしがビシッと決めないと。
「二人共、そこまでよ!」
割って入ったあたしに、皆の視線が集中する。
「遺恨を残さないように、お互いの力量を理解することで親善を深めるため、志熊と紅葉で手合わせするのはどうかしら?」
「面白いですわね。当然、勝つのはあたくしですけれど」
「望むところだわ。ボコボコにしてあげるから覚悟なさい」
二人は握手をやめて、威嚇するように歯をむき出して睨み合う。
あれ?
親善を深めるためって聞こえてないの?
どうしてそんなに仲悪そうなの?
「清滝殿、どちらが勝つか、今夜のおかず一品を賭けるのはどうっすか?」
「あら、殿方は野蛮ですこと。そうですわね。では私と伊万里は紅葉さんに賭けることにします」
「なら、俺たちは、志熊に賭けよう」
なんだか賭博が始まってるけれど、賭けてるのは、おかず一品と可愛いものだから、目くじらを立てずに黙認しようかな。
「ルールはどちらかが降参するか、審判のあたしが勝負あったと判断した場合に決着とする! 制限時間は、教官たちがやって来るまで! 二人共、準備はいい?」
紅葉ちゃんは猫足立ちで志熊から距離を取り、九頭龍独特の腰を深く落とした構えを取るんだけれど。
その拳の構えは、中高一本拳と殺意高すぎでは?
中高一本拳は、中指を突き出すような拳の構え方で、尖った形を利用して、急所を的確に射抜くことが出来る。
仮面の眉間を狙って滑っても、左右どちらかの眼球に突っ込んじゃうんですけど!
どう見ても手合わせ向けじゃないんですけど!
一方の志熊は、低く構えた姿勢で、両腕は頭部を守るように上げて、身体は前後に左右に大きく揺らしている。
地球のカポエイラの基本的なステップであるところの、ジンガに似た動き。
紅葉ちゃんは微動だにしない間も、志熊は身体を揺らしている。
素人には、何も始まっていないように見えるかもだけど、二人はお互いの呼吸、体幹と重心の動きなどの気配を探り合い、どちらが先の先と取るのか、あるいは後の先を取るのか、見えない攻防をしている。
「二人共、睨めっこしてるじゃ、勝負にならないっすよ!」
妙高が野次を飛ばした瞬間、二人が動き出した!
志熊が、円運動による遠心力を生かして放った回し蹴りを、紅葉ちゃんは、空中にあると見立てた足場に飛び乗ることで躱してしまう。
九頭龍の奥伝の最初の極意は空中歩行。
それは、空中に足場を闘気で作り出し、そこを歩くことで空中歩行と可能する。
中伝の極意では、壁床歩行を習得していることから、九頭龍の奥伝に達した九頭龍拳士は、足場を空中の足元だけでなく、頭の上であったり、前後左右に自在に足場を見立てて飛び跳ねることで、三次元的な空中殺法を駆使することが出来る。
志熊の円運動がどれだけ鋭く速くても、紅葉ちゃんに、文字通り頭を押さえられてしまったら、キツイんじゃないかなあ。
視認が難しいほどの速度での拳と足技の応酬が続く。
志熊の動きは、遠心力を利用するところから、蹴りによる上段への攻撃は得意とするところなんだけれど、若干攻めあぐねているように見える。
それでも、決して紅葉ちゃんを自分の半径二メートル以内に近寄らせないあたり、志熊強いなあ。
「あたしを近寄らせたくないなら、こちらから遠くに飛んで行ってあげる!」
紅葉ちゃんは、月の女神さまの神通力を行使し、その背中に二対四枚の【月光の翼】が現れる。
かつてのあたしでは、左右一対の二枚しか出せなかったので、当時のあたしとは段違いに紅葉ちゃんの神通力は強力だ。
翼の揚力と空中歩行により、その姿はあっという間に上空に飛び上がってしまう。
「あら、ご親切に痛み入りますわ。お礼に、あたくしのとっておきを披露させていただきます!」
志熊は。紅葉ちゃんを見上げながら、右腕を高々と上げながら絶叫する。
「変・神!!」
あたしには、志熊の右腕を中心に、光の大爆発が起きたように見えた。
紅葉が展開する翼の枚数が間違っておりましたので訂正しました。
正しくは四枚です。




