第六十五話 サムライハート その弐
「何でござるか? 朔殿は、そんなに拙者の頭が気になるでござるか?」
黝い髪をベリーショートスタイルにしただけの陽月さまは、シンプルかつ、こざっぱりとしていい感じ。
その一方で、橋口さんの場合は、ギャルというよりキャバ嬢の様にアップに大盛りに持った盛り髪で、何故、浴槽に入っている今も髪をほどかないのが気になるのは間違いないのだけれど。
あたしが本当に気になってるのは、橋口さんの頭じゃない。
橋口さんの背後に立って、興味津々という趣で、彼女の髪型を覗き込んでいるルル皇太女の姿が、どうもあたしにしか見えてないらしいことが気になってるのよ!
まさかこの場で、ルル皇太女に話しかける訳にはいかないだろうし、スルーしたほうがいいのかなあ。
「波風さんの傾いた御髪、素敵ですもの。朔さんが目を奪われても仕方がありませんわ」
「志熊殿の鉄仮面も、相当な傾きぶりでござるよ」
志熊と橋口さんは、お世辞ではなく、本気でお互いに称賛しあっているように見える。
この世界にも傾奇者文化ってあるんだ。
うちは両親ともに比較的優等生だったこともあり、正直良くわからない世界なのよね。
志熊の鉄仮面にカッコ良さを感じることがないあたしが野暮なだけなのかなあ。
でもなあ。
浴場で鉄仮面ってどうなのよ?
鉄仮面の中が、蒸したり錆びたり、とんでもないことになるんじゃないかしら?
入浴中の土佐さんは、一言もしゃべらない。
瞳を閉じているので、寝ているようにも見えるんだけれど、呼吸音が寝息とは明らかに違うので、起きてるんだろう。
「ところで、今日の朔は、どうも様子が変だな。遠目に見てただけだが、男子あしらいがずいぶんと下手になってないか? 普段はもっと、男心を掌の上で転がしていたのに、今日は妙にまごついていたな」
切れ長の目からじっとりとした視線であたしを見やる陽月さまに対し、返答に窮する。
「言われてみれば、いつもの朔さんなら、三馬鹿を持ち上げてから落とすように、弄んでおられましたよね」
追撃を加えてきた志熊を制するように、紅葉ちゃんが割って入ってくれる。
「昨夜の志熊さんが余計なことしたから、朔も調子を崩してるんじゃないかしら?」
昨夜のことを思い出したのか、鉄仮面越しにも、志熊の目が泳ぎだすのがわかる。
「昨夜とな?」
陽月さまは、紅葉ちゃんの失言を見逃してくれなかった。
あー、昨夜のことは、人前で話せない!
夜這いはともかく、昨夜の前後であたしの『中の人』が変わってる件について、根掘り葉掘り探られたら、色々と不味すぎる!
「え~とですね。志熊さんがどうこうというお話ではなくてですね。あたしとしても、これまでの行いについて思うところがありまして。分隊の統率のため、指揮官としてどう振る舞うか構築し直すことにしたのです」
我ながら、苦しい言い訳だ!
自覚できるくらい上気した自分の顔に、皆の視線が集まるのを感じてしまってツライ。
「我が第五十九訓練分隊は、個性的な面子で編成されておりますので。そんな皆の手前、これまでの男子に対する振る舞いも、改めたほうが良いのではないかと、試行錯誤中でして」
陽月さまは口角を釣り上げながら細めた目であたしを見据え。
「やましいことがあると、人は多弁になると聞くが、朔の場合はどうなのかな」
今のあたしは、猛烈に冷や汗をかいている!
そんなあたしを見かねたのか、橋口さんが、
「陽月さま。あまり朔殿を苛めないで欲しいでござる。そもそも、これまで朔殿は、多少言動が奇妙であっても、実績を積み上げてきたお方でござる。しばし、様子を見守って頂けるように、具申するでござる」
「あたしとしても、しばらくお時間をいただければと思います」
橋口さんの援護射撃に感謝しつつ、浴槽の中で頭を下げるあたしに対して、陽月さまはため息混じりに、
「子供の頃から、朔は不安定になることがあったものな。とりあえず今は大目にみるが、一週間後までには調子を戻しておけよ。いよいよ、我らにも軍馬獲得への試練を与えられるのだからな」
と矛を収めてくださる。
「腕が鳴るでござるな」
「あたくしに相応しい馬がいるといいのですけれど」
「試練は、挑戦者それぞれに相応しい難易度に調整されるらしいからな。志熊の強さに見合った試練となる代わりに、貴様に見合った軍馬を得られることになるだろう」
現在、四十八存在する分国―赤城国もその中の一つに過ぎない―を従える扶桑王家の財源の一つが、軍馬資源の管理。
地球でも、馬を軍馬として扱うには、特別な調教が必要だったのだけれど、この世界の軍馬は、一般的な馬とは、そもそも全く別の生物なのよね。
この世界でも、普通の馬は草食なんだけれど、軍馬は雑食。
調教しなくても魔物には食らいつき、その血肉を貪るくらい攻撃的な猛獣なのだ。
馬の走破力と、空腹時の熊の獰猛さとパワーを足して二で割らないような、動物よりも魔獣っぽいナマモノをイメージして欲しい。
そんな危険な猛獣を野放しにできるはずもなく、軍馬は扶桑王家が治める天領で厳重に管理されており、分国はそこから購入して軍に編成している。
購入単価が高額なだけでなく、維持費もそれなりに必要で、おまけに分国ごとに割り当てられる軍馬数にも制限があるため、他の分国よりも比較的裕福な赤城国であっても、軍馬の数を無闇に増やすことはできずにいる。
本当は、分国相手にしか軍馬は売買してくれないはずなんだけれど、有力な傭兵団は特別に売ってもらえることがあるみたいで、分国正規軍騎馬部隊に見劣りしない武装を揃えた傭兵団もあるんだとか。
優秀な傭兵への報酬は高額になるので、軍馬を有するような傭兵団なら、ガッポガッポ稼げるので維持費には困らないんだとか。
それはさておき、これまでのあたしたち三号生訓練分隊には、軍馬は与えられておらず、士官学校で管理されている軍馬を交代で借りる形で、騎乗戦闘の訓練をしていたのだけれど。
いよいよ、一週間後に、軍馬獲得のための試練に挑むことになるのだ。
その試練では、士官学校の裏山で赤城国が管理している、地下迷宮最深部への分隊単位での到達が課題として設定されている。
紅葉ちゃんは、今のあたしよりも間違いなく強く、手の内をすべて明かしていない志熊も、紅葉ちゃんに匹敵する強さなのかもしれない。
他の分隊員たちが決して弱いわけじゃないんだけれど、あたしたち三人の個人としての戦闘能力に合わせて、試練の難易度が上がるのであれば、分隊員全員が揃って最深部に到達するには、訓練頑張って分隊としての地力の底上げ頑張らないとだめだろうなあ。
あたしと【豊穣の女神】さまとが、あたしの『中の人』を交代したタイミングとしては、出来すぎているような気がする。
人馬一体となるためには、軍馬と寝食を共にするぐらいの意気込みで訓練が必要なんだけれど、【豊穣の女神】さまが飼いならした軍馬が、あたしに懐いてくれるとは、到底思えないわけで。
そもそも、【豊穣の女神】さまに合わせて試練の難易度が上がってしまうのであれば、分隊全滅しちゃうような難易度HELLモードになってしまってたのかも。
軍馬を与えられることは、とても誇らしいことなので、試練の話題になると、あたしへの追求はそっちのけになり、集まってきた他の分隊員たちと共に、一週間後に対する期待を口々に語り合い、あたしはホッと一息つくのであった。
ルル皇太女の姿は、他の分隊員が姿を見せた頃には、消えてしまっていた。
なんだったのかしら?
夜になったら夢の中で、問い詰めないといけないなあ。




