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誰がタメにサク、百合と薔薇  作者: 石橋凛
士官学校編
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第六十二話 魂魄のリフレイン

 道場の床と壁、そして空中を前後左右上下にと滑るように走る、三次元的な戦闘機動で必死に回避するあたしに対し、【豊穣の女神】さまは一歩も動かずに足元に広がる神紋から次々に雷光を放つ。


 「あらあら、まあまあ。雷属性攻撃は、貴方も得意とするところでしょうー? 避けてばかりいないで、たまには受け止めみてはいかがかしらー?」


 冗談じゃない。

 闘気による雷属性攻撃ならともかく、女神様からすれば戯れ程度のものであっても、魔法・・による攻撃など、素手で受け止めたら為す術もなく感電してしまう。

 【月の女神】さまのお力を借りる神通力が使えたなら対抗できたかもしれないけれど、今のままのあたしには、武術しか取り得る手段がないのだ。


 「契約者よ、もっと我と共に心を震わせよ! 我と早く本契約を結ばねば、我らはもろとも、消し炭になるぞ!」


 ルル皇太女は、あたしの腕の中で何度も叱咤激励してくれるのだけれど、異種族で、しかも魔導書になった彼女と心を震わせるというのは、とても難しい。

 心の奥底から共感することが第一歩だと訓示を受けていたけれど、ルル皇太女の身体からあたしに流れ込む彼女の心象風景は、荒唐無稽かつ奇々怪々なシロモノで。

 彼女の過去の経験を見せられているのであろうことは、なんとなく伝わってきたけれど……。

 なんて説明したらいいのやら。

 曇りガラス越しに他人の夢を見せられてるような感じ?

 ルル皇太女が感じた悲哀、抱えた苦悩、受けた苦痛が曖昧に伝わっては来ているんだけれど、明文化して理解できないみたいな?

 とても辛いことがあったことだけはわかるのだけれど、それでは本契約には手が届かないようで。

 我ながら、もどかしい。


 「『百人殺し』、『縛られた火之迦具土神ヒノカグツチ』、『聖凰学院攻めの七将』……。契約者の前世はなんと酷い……」


 ルル皇太女が掘り起こすあたしの黒歴史が痛い、痛すぎる!

 痛い! 痛い! 痛い!

 痛みに耐えながら、集中を乱さないように、縦横無尽に道場内に放たれる雷光を紙一重で躱しながら、少しずつ【豊穣の女神】さまへと間合いを詰める。

 痛い! 痛い! 痛い!

 引き裂かれた従者、連れ去られた家族、磔を晒された友人。

 ルル皇太女が受けた苦痛がより具体化されて見えてきた。

 ふと、何かが腑に落ちた。

 パチリと、パズルのピースが一つだけハマった感覚とともに、ルル皇太女から膨大な魔力があたしに流れ込んできた。


 「「【対抗呪文カウンタースペル】!」」


 ルル皇太女とともに唱えた魔法が、雷光を遮る!

 空中で縮地しゅくちを使うことで、【豊穣の女神】さまの死角へと一瞬で移動する。


 「バッチリ見えてます~! 【暴風雨粉砕撹拌モンスーンミキサー】!!」


 我ながら完璧なタイミングで不意をついたはずなのに、一瞬であたしに正面から向き直った【豊穣の女神】さまは、太く大きく歪んだ角をまっすぐに立てて猛突進をぶちかましてくれる。


 「ぶべらっ」


 我ながら無様に鳴いて、錐揉み状態で天井目掛けてふっとばされるあたし。

 腕の中のルル皇太女を庇ったため、背中から天井に叩きつけられて、隙きだらけになったところに、目の前で稲光が輝く。


 「ぎゃんっ」


 まともに雷光を浴びてしまったようで、全身が感電して、そのまま床に叩きつけられてしまう。


 「あらあら~。白兵戦なら得意分野じゃなかったのかしら~。無様ですわ~」


 グリグリと足蹴にされても何も言い返せない。

 舌の根まで痺れてしまって、悪態をつきたくても、何も言えないのだ。

 そのまま、サッカーボールのように無造作に蹴飛ばされて、今度は壁に叩きつけそうになったところで、身体が動くようになり、間一髪で壁に着地して再び宙に駆け出そうとしたところで、


 「今夜はここまでにしておこっかな~。ようやくさくたんも魔法を使えるようになったみたいだし~。では、あたしの前に来て、気をつけの姿勢~」


 この世界で女神さまたちに逆らうとロクデモナイことになることは骨の髄まで叩き込まれている。

 秒で【豊穣の女神】さまの前まで駆け寄り、背筋を伸ばして正面に立つ。


 「ざーんねん、朔たんの負けで~す」


 男は全員メス落ちだのといった風説は、あたしに成りすましていた【豊穣の女神さま】の言動が発端だと聞かされて、反抗的な目つきになってしまったあたしを見咎めた女神さまは、「文句あったらかかってこいや(意訳)」とあたしを挑発して勝負してみたわけだけど。

 

 「天城あまぎさくは、触れた男は全てメス落ちさせてきた男の中の男です! はい、復唱!」


 勝てないどころか、全く歯が立たなかったあたしは、言いなりになるしか選択肢がなく。


 「あ、天城あまぎさくは、触れた男は全てメス落ちさせてきた男の中の男ですうぅ゛ぅ゛……」


 涙で視界が歪んで見える。

 悔しい、悔しい、悔しい!

 ドヤ顔の女神さまの命令に従って、みんなの前でこんな屈辱的な宣言をさせられるなんて!

 もっと、もっと、もっと!

 強く、強くなりたい!


 「朔た~ん。スマイル、スマイル! 笑顔が足りないのはダメダメかも~。はい、復唱やり直し~!」


 「天城あまぎさくは、触れた男は全てメス落ちさせてきた男の中の男です!」

 

 この屈辱をバネにして、絶対に逆襲してやると、決意しながら歯を食いしばるあたし。

 【豊穣の女神】さまそんなあたしの心中をお見通しなのか、余裕を湛えた笑みを見せながら、


 「では~、朔たんだけでなく~観客のみんなも~、あたしの前に座って拝聴するように~」


 安全圏に退避していた皆が、あたしと【豊穣の女神さま】を中心に車座になって道場の床に座り込む。


 「ここからは、ボクから説明しよう。朔ちゃんの現状について」


 【邪気眼じゃきがん】から、あたしが昏睡していたあいだの経緯について聞かされる。


 日向ひゅうが博士と五十鈴いすずちゃんが、前世のあたし、高雄たかおさくを連れ去って出奔したこと。

 【蜘蛛神くもがみ】さまが【月の女神】さまを裏切り、離反したこと。

 現在の【蜘蛛神くもがみ天網てんもう】は、【邪気眼】が掌握していること。

 仮面の女は、あたしから守り刀と、お腹の中にあった子宮を強奪していったこと。

 あの時のあたしは、すでに男の子だったけれど、この世界では男子にも子宮があるんだとか。

 

 「なぜ、わざわざ命を奪わずに子宮を持っていったのかしら?」


 「朔ちゃんの子宮を悪用したいってのが一つ。もう一つの思惑としては、【九頭龍くずりゅう】をマスターさせたくないんだろうねん」


 紅葉もみじちゃんが【月の女神】さまから受けた説明によると、子宮がないと修得できない技が多数あるんだとか。

 あたしが女の子の身体に戻るためには、禍津神まがつかみから受けた陰陽いんよう流転るてん灰身滅智けしんめっちげきで調和が崩れた陰陽の気を元通りにするために、あたし自身が受けたのと同じ力で同じ技を使わないと駄目らしく。

 陰陽いんよう流転るてん灰身滅智けしんめっちげきの習得にも、子宮が必要なんだとか。


 「朔ちゃんが志熊と暁ちゃんの両方に襲われたのは、この世界とは別の可能性を持つ平行世界での出来事でね。リズちゃんは日向五十鈴と朔ちゃんの可能性を奪い合って勝ち取ってくれたから、朔ちゃんは意識を取り戻すことができたんだ。リズちゃんに感謝するようにね」


 エヴェレットの多世界解釈。

 世界は可能性の数だけ分岐して、それらの分枝同士はお互いに干渉できないまま常に並存している。

 観測者のうちのひとつの分枝の主観では、それと相関した分枝のみが観測可能な世界であって、相関していない他の分枝は観測できない。

 ただし、魔導師は魔法を使うことで、相関していない他の分岐を観測できるそうで、リズちゃんは五十鈴ちゃんが先に観測したあたしの意志を魔法で観測し直して取り戻してくれたんだとか。

 量子力学の話題に魔法が関わってきて、あたしの脳みそでは何が何やらよく分かっていないのだけれど、暴力的な志熊と、こちらでは若干大人しく振る舞っていた志熊は、そのように可能性の差異があったからなんだとか。

 理解が追いついてなくて申し訳ないけれど、リズちゃんが助けてくれたのは間違いなさそうなので、あとでちゃんと謝意を伝えよう。

 

 「朔ちゃんの神通力が使えなくなってるのは、左腕の義手に神通力を吸い取られてるからだね。義手が成長しきるまでの間は、一切神通力は使えないみたいだよ」


 「この義手、日向博士と五十鈴ちゃんがつけてくれたものなんですけど」


 神造の武器を材料に使ってることもあり、この義手は違和感なく使えて気に入ってるのだけれど。


 「そもそも、日向親子が赤城あかぎ国に来たのは、朝陽あさひちゃんの夢の中での怨霊との戦いの後、朔ちゃんが高熱出して寝込んでたのを診察に来たんだよね。最初から計算尽くだったってことさ」


 「最初からって、まさか怨霊ともグルで、あの襲撃の時点から計画してたってこと? 前世の幼馴染だからって無条件で信じちゃったあたしが悪かったのかな? って言うか、【邪気眼】には全てお見通しだったんでしょ? なんで教えてくれなかったのよ!」


 四方から人間たちからの叱責目線を受けながらも、【邪気眼】は、いけしゃあしゃあと、


 「そんなこと、朔ちゃんが聞かなかったでしょ? 聞かれなかったことまでわざわざ説明するほど、堕天使は親切な存在じゃないのさ」


 こいつ、ぶん殴ってやりたい!


 「では一つ質問をするよ」

 

 今まで黙っていたリズちゃんが口火を切る。


 「仮面の女の正体は、教頭先生なんじゃないの? この世界に、先生も転生してきてるんでしょ?」


 【邪気眼】は我が意を得たりと言わんばかりに、ニンマリと笑いながら、


 「半分だけ正解~! あれは【蜘蛛神】が創り出したした、量産型の日向ひゅうがあやの一体だよ。肝心の中身が空っぽだから、日向彩本人とは言い難い存在なんだけどねん。本人の居場所は【蜘蛛神】だけが知っている。だからこそ日向親子は【蜘蛛神】には逆らえないのさ」


 「教頭先生を人質にして、あの親子を言いなりにさせてるってわけでもないんでしょ? 日向五十鈴はそんな玉ではないもの」


 二人のやり取りを聞いて、あたしは五十鈴ちゃんたちに同情心が湧いてきたのに、リズちゃんはとことん辛辣だ。

 リズちゃんの表情には、ありありと五十鈴ちゃんに対する嫌悪感が浮かんでいる。


 「現状では、日向親子が死んだ後じゃないと、朔ちゃんは日向彩その人には会えないはずだからね。いろいろと人間関係が複雑なんだよ」


 「【邪気眼】は、教頭先生の居場所知ってるんじゃないの?」


 「知ってるよ。でも教えたくないから、聞かれても教えないよ。日向親子はそのために、何度もこの異世界での転生を繰り返してるのに、その努力に水を差すような言動はしたくないんでねん」


 あたしの疑問に対してまともに答える気がないみたいで、露骨にそっぽを向く【邪気眼】、まじムカつく。


 「日向親子については、現状では打つ手が無いのですね?」


 暁姉上が水を向けると、【邪気眼】は露骨に機嫌を直して相好を崩してみせる。


 「そだねん。朔ちゃんは学生なんだから、今はまず、無事に士官学校を卒業することを目標にするべきだ。学校生活に並行して、魔法の習得を進めれば、いざとなったら自分で魔法を使って性転換して女の子に戻ることもできるかもねん」


 「魔法で性転換って……。性転換しても魔法が解けたらどうなるのよ」


 ニマニマと気持ち悪い笑顔になり口笛を吹き始める【邪気眼】に噛み付こうと思ったのに、暁姉上はそっとあたしの肩をたたいて、「止めておけ」と伝えてくる。


 「朔が男性もしくは女性とエッチしても、陰陽の気を調整することはできるのですよね? 実際、子供ができない範囲内で、【豊穣の女神さま】はそのように朔を扱ってきたのですから」


 何か言おうとした【邪気眼】を手で遮って、【豊穣の女神】さまが艶やかに微笑みながら、


 「そだね~。朔たんは、女の子に興味がなかったみたいだから、心優しいあたくしは、男の子中心にモーションをかけたわけだけどね~」


 暁姉上は、【豊穣の女神】さま相手にも気圧されることなく、まっすぐに見つめ返しながら、


 「志熊しぐま殿は女性ですが?」


 「彼女はワケありでね~。朔たんと子作りしてくれたほうが、色んな神様にとって都合が良いのよ~」


 「天城家次期当主として、天城家の人間が神様方のご都合だけに合わせるような恋愛を強いられるのは認められません」


 決然とした表情を崩さない暁姉上を見て、【豊穣の女神】さまは、頭に生えた捻れた角を逆立てながらも微笑みは崩さない。


 「あら? では貴方が朔たんのお相手をしてあげても良くってよ?」


 暁姉上は、静かにかぶりを振りながら、


 「妹ならともかく、可愛い弟と一線を越える気は毛頭ありません」


 アッハイ、妹ならいいんだ。

 暁姉上、やっぱり怖い。


 「朔が自分の意志で伴侶を決めることができるように、わたくしが朔の性根を叩き直してご覧に見せます」


【豊穣の女神】さまは口角を上げて微笑んで見せてるおつもりなんだろうけど、大きな牙が口元から覗いていて、かなり怖いお顔になる。


 「人間風情が、女神相手によく吠えて見せたわね~。感心しちゃったから、試練を与えてあげるわね~。天城朔は、士官学校卒業までの間に、謎の鉄仮面志熊と親友になるように~。性愛ではなく、固い友情で二人が結ばれたなら、その大言壮語たいげんそうごを許してあげるわ~。できなかったら、覚悟を決めておくことね~」


 笑顔とは、本来は威嚇の表情だったとか。

 紛れもなく、【豊穣の女神】さまのそれは、威嚇以外の何でもなく。

 それでもなお、気圧されることなく、暁姉上は、深々と頭を下げることで、恭順の意を示して見せた。

2019/4/12ちょっと加筆。

次話のプロットはできてますので、もう少々続きはお待ち下さい。

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