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誰がタメにサク、百合と薔薇  作者: 石橋凛
幼年学校編
63/78

幕間 ミライのシシャ。

 ほとんど一方的に打倒され、拘束された紅葉もみじとエリザベスは、歯噛みしながら、その光景を見た。

 仮面の女による、手刀の一撃で下腹部を貫かれて、死んだように動かなくなったさくが、二本の腕を、振り上げて叫ぶ姿を。


 「危険な奴らがいる――

  美しいこの月に――

  い寄る黒いきり――

  さあ、目覚めのとき――

  ミライのシシャ、ナイアー!!」


  朔の全身から真っ黒い霧が、放射線状に吹き出す。

  仮面の女は、朔を突き飛ばして、その反動を利用して後退しながら、朔の守り刀を足で蹴り上げると、器用に右手で受け止めて、中段の構えを取る。


  「やっと消してやったはずなのに……。やはり、出てきたわね。死を司る大天使サリエル! 橙火とうかは、く撤退なさい!」


  仮面の女の声に応えるように、霧が収束して、人形ひとがたかたどる。


  聖凰学院せいおうがくいん指定のセーラー服。

  左腕で朔を抱え、右腕は、黒光りする大鎌を握りしめている。

  その背には、七色に輝く六枚の翼。

  人間であるのなら、頭があるはずの場所には、黒い霧が渦巻いている。


 「怨霊おんりょうとは、相性が悪すぎる相手だな!」


 橙火は、飛刀を牽制に投げつけながら、慌てて身をひるがえそうとする。


 堕天使(?)は、朔を抱えたままの体勢で、大鎌を横薙ぎに振るうことにより、飛刀を弾き返しながら、橙火の背中を目掛けて飛びかかるも、仮面の女が、その間に割って入る。

 大鎌と守り刀の刃が何度も交錯し、その度に火花が散り、ダンジョンの床と壁に亀裂が入る。


  「バスター! バスター! バスター! ボクは、堕天使!」


 堕天使(?)は、大鎌を縦横無尽に振るいながら、朔そっくりの声色で何やら唱えると、頭部の渦巻く霧の中央から、黒炎こくえんが噴き上がる。

 回避することも、受け止めることもできない至近距離の攻撃。

 しかし、仮面の女が守り刀を一閃すると、黒炎は呆気なく打ち消されてしまう。


 「あちゃー。とんでもないものを盗まれちゃったなあっと! でも、こっちが本命!」


 堕天使(?)は、大きく羽撃はばたくことで、翼から黒い衝撃波が放たれる。

 仮面の女は、衝撃波の圧力に抗しきれず、壁に吹き飛ばされると、無数の御札へとその身を変え、消えてしまう。


 「逃しちゃったか。ボクが出てきちゃった以上、二度とここに足を踏み入れることは出来ないけどねん」


 そう呟きながら、堕天使(?)が紅葉とエリザベスに歩み寄ると、二人を拘束していた蜘蛛の糸が消えてなくなる。


 体が自由になった二人は、飛び跳ねて態勢を整えると、警戒心をあらわにするエリザベスを庇うように、紅葉もみじが一歩前に出て。


 「確か、貴方は邪気眼じゃきがんだったわよね? 消えてしまったんじゃないの?」


 「紅葉ちゃん、この堕天使のことを知っているの?」


 「魔導師のリズちゃんが、ボクを警戒する気持ちはわかるけどねん。敵の敵は味方って言うっしょ? 色々と説明したいことがあるから、朔ちゃんの部屋の中に戻ろうか」


 いつの間にか大鎌を手放した右手をパチンと鳴らすと、紅葉とエリザベスの視界が歪み、気がつくと、朔の夢の中の自室に戻ってきていた。


 部屋の中で待っていたのであろう、ルル皇太女が、紅葉とエリザベスの元に駆け寄る。


 「二人共、無事であったか。良かった。遅かったから心配したぞ。……朔はどうした? 何故、邪気眼じゃきがんに抱きかかえられておるのだ?」


 ルル皇太女が訝しげな視線を、邪気眼じゃきがんに向けるも、邪気眼は気にすることもなく、朔の身体を、ベットへと運び、横に寝かせてしまう。


邪気眼は、皆の方を振り返り、


 「紅葉ちゃんは、お茶でも淹れてくれるかな? そこのちゃぶ台に座って皆に話したいことがある」


 「……わかったわ」


 不承不承ながらも、紅葉は急須でお茶を淹れ始める。

 ルル皇太女とエリザベスが座るのを待ってから、邪気眼も器用に背中の翼をたたみながら、ちゃぶ台の前へと座る。


 「改めて自己紹介をしよう。ボクは、サリエルと呼ばれる堕天使だ。朔ちゃんには、邪気眼と名乗ったことだし、出来れば邪気眼と呼んでほしい」


 「死を司る大天使サリエルって、たしか、人間に月の秘密を教えた罪を問われて、堕天使になったんだっけ? いつから、サクちゃんに関わってるのかな?」


 ジト目で問いただそうとするエリザベスに対し、邪気眼は首をすくめながら答える。


 「朔ちゃんが日本人だった頃からだよ。朔ちゃんのおばあちゃんが、純血種の吸血鬼だってことは、リズちゃんは知ってるだろ? 地球最古の吸血鬼は、ボクの直弟子でね。だから朔ちゃんが産まれる前から見守ってきたし、ボクは朔ちゃんの守護天使みたいなものさ」


 「鬼族なら、先住の民の少数部族にいたような? つまり、前世の朔は、地球でも少数部族だったのかしら? リズたち人間が、地球でも多数派民族なんでしょ?」


 「サクちゃんのおばあさまが、最後の純血種の吸血鬼だって聞かされてるからねー。少数部族と言うよりは、絶滅危惧種みたいな感じー? 紅葉ちゃんが邪気眼のことを知ってるってことは、この世界の月の女神さまとも、面識があるんだよね?」


 エリザベスは、紅葉が淹れてくれたお茶を飲みながら、地球の吸血鬼事情について、紅葉とルル皇太女に説明してから、邪気眼に水を向けると、

 

 「面識があるどころか、ヌトスたんに月の秘密を教えて、月の女神さまに仕立て上げたのは、ボクだからねん」


 「「「はあぁぁ?」」」


 邪気眼の爆弾発言に対し、三人娘たちは、三者三様に面白い顔になって唖然とする。


 「そもそも、貴様は消えてしまったのではなかったのか? 何故、唐突に登場したのだ? 順番にわかりやすく説明してたもれ」


 「量子力学の多世界解釈について、異世界人にわかりやすく説明するにはどうしたものかなー。では、皆さん、お願いがあります。両手を上げて、バンザイしてくれるかな?」


 邪気眼のお願いを三人娘はスルーして、誰も手を挙げなかったことに対し、邪気眼はこう語った。


 「今、誰も手を挙げなかったよね? ボクのお願いする前から現在の世界は、お願いをスルーされて誰も手を挙げない世界に分岐したことになる。でも、もしかしたら全員が両手を上げてくれたかもしれないし、誰か一人、あるいは、二人、手を上げてくれたかもしれないよね? こうした可能性の数だけ、未来は分岐することになる」


 「可能性の数だけ、未来が存在し得るという説明はなんとなく把握したが、消えたはずの貴様が何故ここにいるのかの?」


 ルル皇太女の訝しげな視線を、邪気眼は肩をすくめて見せ、


 「ボクは、ボクが消失しない可能性から分岐した未来から、現在の時間軸に朔ちゃんに召喚された邪気眼なんだよ~ん。ボクを消失させても、朔ちゃんが別の未来から、ボクを観測しちゃったら何度でも舞い戻ってくるなんて矛盾したことをやってのけるとは、流石の五十鈴いすずちゃんも予期してなかったみたいだねん」


 「言葉の意味はよくわからないけれど、とにかくすごい自信だってことだけは伝わってきた。うまく説明できないんだけれど、私たちの目の前にいる貴方は、本来の未来とは別の未来から朔に呼ばれた存在だと認識したら良いのかしら? それと、五十鈴って、もしかして日向ひゅうが五十鈴いすずのこと? 何故、彼女の名前が出てくるの?」


 邪気眼に向けた紅葉による問いかけに、エリザベスは血相を変えて、


 「ちょっと待った―!! 日向五十鈴だって? なぜ、あの魔女のことを、紅葉もみじちゃんが知ってるのー?!」


 エリザベスの剣幕に、紅葉は目をパチクリとさせ、


 「魔女ってなんのこと? お医者さまの日向博士のご息女で、朔やあかつきさんと親しくしてる少女なんだけれど」


 「日向父娘については、ボクから説明しよう」


 邪気眼が、紅葉の言葉を引き継ぎ、


 「リズちゃんが知っている、あの日向父娘も、朔ちゃん同様に、この世界に転生してるのさ。朔ちゃんは、口止めされてたから、リズちゃんに教えることが出来なかったし、日向父娘もリズちゃんたちとは顔を合わせないように振る舞っていたから、今の今まで、リズちゃんも知らなかったってことさ。まあ、いろいろ手遅れなんだけどねん」


 「今すぐ、現実に戻って五十鈴の身柄を確保しないと! 手遅れってなんのことなのさ!」


 マイペースを崩さないでいたエリザベスが逆上するのを見て、邪気眼は穏やかな口調で語りかける。


 「どうか落ち着いて聞いて欲しい。悪い知らせを順番に教えよう」



 日向父娘たちは、一刻前に、エリザベスと一緒にこの世界に転移してきた高雄たかおサクを誘拐して、出奔したこと。


 蜘蛛神くもがみナクアが、他の神々に対する反逆を扇動し、赤城あかぎ国だけでなく、扶桑ふそう国中が、大混乱に陥っていること。


 蜘蛛神の反乱を予期していた月の女神ヌトスは、蜘蛛神くもがみ天網てんもうの管理者権限を即座に取り上げて、その権限を邪気眼じゃきがんに移譲したこと。


 どれも酷く悪い知らせのため、三人娘たちの顔色が変わる。


 「ルル皇太女の心象世界へ、怨霊を連れてきた仮面の女についても、紅葉もみじちゃんの手引きだろうねん。今のボクは、蜘蛛神天網の管理に大きなリソースを取られてるから、追撃できなかった。謝っても許されることではないれけれど、申し訳ないとしか言いようがない」


 深く頭を下げる邪気眼を胡乱げに見やりながら、紅葉は、


 「あんたのことはいまいち信用できないし、月の女神さまに直接状況を教えていただけないと、納得出来ないかも」


 「ヌトスたんは、男の子になっちゃった朔ちゃんの夢の中には顕現けんげんできないからねん。紅葉もみじちゃんは、自分の夢に戻ったら、ヌトスたんに話を聞くと良いだろうねん。ルルたんに対しては、スペシャルゲストをお招きしまーす」


 邪気眼が、「いあ、しゅぶ=にぐらす!」と叫びながら指をパチンと鳴らすと、その背後に、ルル皇太女をより成熟させたような容姿の、妖艶な神気を帯びた神格が顕現する。


 「ルルたん、おっひさー! その他の人間どもには、はじめましてー。豊穣の女神こと、シュブ=ニグラスでーす。シュブさまって気安く声をかけても良くってよー♪」


 遠いご先祖さまの顕現に恐れおののいたルル皇太女は、平伏して頭を床にこすり付ける。


 「面を上げなさい。再会できて嬉しくってよー」


 「こうして、再びお会いできるとは……」


 感極まったように頬を上気させたルル皇太女を、豊穣の女神は優しく両腕で包み込むように抱擁する。


 エリザベスは、本物の神格を目の当たりして、身体を強張らせながら、


 「ボクはそろそろ現実に帰って、朔ちゃんの行方を追わないと」


 「異世界の人間、お待ちなさいな。闇雲に探しても見つかるはずはないわ」


 エリザベスは、豊穣の女神の静止を振り切ろうとして、自分の身体が動かないのに気が付き、顔色が真っ青になる。

 

 「ご存知なかった? 人間は、女神からは逃げられないということを……。この部屋で寝ている高雄朔が目覚めるまでの間、色々とお願いしたいことがあるの。協力してくれたら、助けてあげる」


 「ボクからもリズちゃんにお願いしたいことがあるし、地球に戻るために必要な手がかりも提示できる。ボクたちの話をちゃんと聞いてから、現実に戻ったほうがオトクだと思うよん」


 堕天使と豊穣の女神、二種類の頂上の存在に迫られて、語られたことを、エリザベスは、この先、生涯忘れることはなかった。

今度こそ、幼年学校編は終了です。

登場人物一覧を投稿してから、新章を開始します。

ご期待下さい。

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