第五十七話 侵入者
ルル皇太女の心象世界の中は、まるっきりダンジョンにしか見えなくて。
床、壁、天井は、いずれも傾斜していて。
でも歩いてる感じは、真っ直ぐで平らな踏み心地で。
鍛えているあたしたちでも、微妙に平衡感覚が狂ってしまう。
全身が鉛のように重くなり、体がダルい。
どうやら、心象世界に力を吸われているっぽく、闘気と神通力、そしてリズちゃんの魔力が大幅に出力低下している様子なのが、目下の問題になりそう。
いつもより、あたしたちが弱くなっている状態で、【神話生物】たちと戦うのは、正直しんどい。
それでも、リズちゃんが魔法でマッピングしながら誘導してくれてるおかげで、以前来た時と比べたら、探索が格段に楽になってるんだけどね。
現在地は、まだまだの第一階層。
先程から、石から削り出したような姿をした小人の群れと、何度も遭遇して、そのたびに粉砕しているけれども。
広範囲をまとめて攻撃するのに必要な力が封じられているため、倒すのに手間取っており、なかなか先に進めない。
それに、なにやら、敵の様子がおかしいのよね。
「出てくる敵が、どいつもこいつも、あたし目掛けてまっしぐらに向かってくるのは何故かしら?」
「やっぱり~? どっからどう見ても、サクちゃんが狙われてるよね~」
「ルル皇太女と契約してるのが、朔だからかしら?」
紅葉ちゃんのもっともな疑問に対する、リズちゃんの答えは、
「それもそうだけれど、フェロモンの影響もありそうかな~。目の中が、ハートマークになってる神話生物もちらほらいたしね~」
「【神話生物】にまで、フェロモンとやらが効いてるの? やだなあ」
一階層でこれだけ集中攻撃されるようだと、もっと下の階層に潜ったらどうなることやら。
ゾッとしないなあ。
「話の途中だけれど、気をつけて! 霧が出てきたし、寒くなってきたような? ちょっと待って……。その先に、何かいるわよ!」
紅葉ちゃんが発する警告の声に、あたしとリズちゃんは、それぞれの得物を握り直して構えると、通路の向こうから、鱗に覆われた球体がゆらゆら浮遊しながら接近してくるのが見える。
見てるだけで、背筋が凍えるような印象の大きな複眼。
球体から生えている、ヘビのような触手がウニョウニョと蠢いていて、とってもキモい。
「あれは、【侵入者】だよ! 冷気を噴出してくる相手だけど、サクちゃんたちなら、避けることも出来るはず! 【対抗呪文】!」
【神話生物】は魔法で攻撃してくることがあるので、接敵する前にリズちゃんが、相手の魔法を打ち消す魔法を使ってくれる。
「……【月輪斬】!」
紅葉ちゃんが祝詞を奏上すると、彼女の右手側に、縦回転しながら光り輝く大きな輪が現れて、【侵入者】目掛けて、空中を疾走する!
その疾走を追いかけるように、あたしは大きく踏み出してから天井へと駆け上がり、槍を構えて吶喊する!
あたし目掛けて、次々に殺到する触手たちを小刻みにステップを踏んで掻い潜り、避けきれないものは、回転させた槍で叩き落として、天井へと駆け上がる。
紅葉ちゃんの【月輪斬】は、【侵入者】の触手をいくつか斬り落としたけれど、やはり威力が落ちているためか、本体には届かない。
「【龍突衝】!】
槍の刺突から放った衝撃波で、【侵入者】の複眼を狙うも、【侵入者】は魔法を使ったのか、見えない防壁を展開して、衝撃波を受け止めてしまう。
反撃とばかりに、冷気を四方に放射したようだけれど、九頭龍の機動力は伊達じゃない。
あたしは、【侵入者】の頭上を駆け回ることで、難なく回避。
「追い打ちの、【電磁スパーク】!」
あたしがアホ毛から放出した電撃は効果があったのか、【侵入者】は大きく身を捩り、苦しんでいるように見える。
お口がついてないからか、苦悶の声を上げないみたいね。
【侵入者】の全身から瘴気みたいな黒い靄がゆらゆらと立ち上るけれど、リズちゃんの【対抗呪文】の魔法陣に遮られて、あたしたちには届かない。
「【星光砲撃】!!」
間髪入れず撃たれた、リズちゃんの魔力砲撃が、【侵入者】の複眼を吹き飛ばす!
「【月光の清浄】!」
紅葉ちゃんの祝詞に応えるように、【侵入者】の周囲に展開された、月の女神さまの神紋から、火柱が噴き上がり、【侵入者】を焼き尽くした。
「やったね! いやあ~、このパーティーは、なかなかバランスが取れてるね!」
フェロモンとやらで、あたしが【神話生物】のヘイトを集め、中遠距離からリズちゃんと紅葉ちゃんが、魔法と神通力で決着をつける、必勝の布陣?
「朔の負担が大きいように見えるけれど。大丈夫? 無理してない?」
紅葉ちゃんの心配はありがたいけれど、
「今のあたしは、神通力が使えないから、自己治癒できないのよね。ダメージ受けたときのために紅葉ちゃんのバックアップがあった方が安心なのよ」
「【神話生物】は呪詛を使うこともあるから、ボクもバックアップ役の方が良いんだよね。今の【侵入者】も【退化】の呪詛を武器にしてたしね~」
「……その【退化】を受けてたらと、どうなってたの?」
あたしの素朴な疑問に対してリズちゃんは、何でもないことのように、
「人間をも、原始的な生物へと退化させてしまう、恐ろしい呪詛だったよ。もっとも、治癒や回復の魔法に長じたボクなら、簡単に解呪できちゃうけれどね~」
エヘンと胸を張るリズちゃんの姿は可愛いけれど、呪詛ってば怖い。
ミジンコとか、ゾウリムシみたいなのにはなりたくないなあ~。
「リズちゃんが居てくれて、本当に良かったよ」
「本当だよね。解呪は、私の【月光加持】では、まだ無理なんだよね」
だからこそ、瑞穂内親王の呪いを、あたしたちにはどうすることもできなかったのだけれども。
リズちゃんなら、なんとかできるのかしらん?
でも、訪い人のことを国外に知らせるのは、禁止されてるのよね。
どうしたものか。
おしゃべりしながらも、あたしたちは警戒を怠らずに通路を進み、やがて、地下へと潜る階段を見つけ出した。
「セーブポイント、ゲットだぜ!」
リズちゃんは歌い踊りながら、階段手前の床を魔杖で叩いて、何やら魔法陣を描く。
「マーキングしておいたから、次回からは、ここにサクちゃんの【跳躍】で直行できるよ。紅葉ちゃんの時間が押してるようだし、今日はここまでにしようか?」
あたしがリズちゃんに返事をする前に、
「そうつれないことを言うでない。少し、我らと遊んでいけ」
何者かが、あたしたちの背後から声をかけてきた!
三人それぞれ、臨戦対戦で振り返ると、ざんばら髪に青白い炎の目をした怨霊と、仮面で顔を隠した巫女装束の女性の姿が!
「橙火とか言う怨霊だったかしら? どうやって、この世界に入ってきたのわけ?」
「我が名を覚えてきてくれたか。久しいな。腕をどの程度上げたか、我に見せてみよ!」
橙火はあたしに、仮面の女性はリズちゃん目掛けて間合いを詰めてくる。
「ふんぬ!」
大喝とともに、橙火が大上段から振り下ろした大刀の一撃を、あたしは槍で弾き返すけれども、速いし重い!
以前倒した、凛花とは、実力が段違いだ!
それに、弱体化してるのが大きなハンデになってる!
あたしたちの剣戟は、五合目までは互角だったけれど、六合目以降は、あたしが力負けし始める!
仮面の女性も強敵みたいで、紅葉ちゃんとリズちゃんの二人がかりでようやく防戦できているみたいで、援護は期待できそうにない!
「カカカッ! 健気にも頑張るではないか。では、一つ手の内を見せてやろう!」
頭が三つに割れるだけでなく、橙火の肩が盛り上がり、そこから二対の腕が新しく生えてくる!
阿修羅像のような三面六臂!
しかも! 六本の腕のうち、一つは、凜花に奪われたはずのあたしのだ!
「さあ、凌いでみせよ!」
大刀を床に突き刺すと、六本の腕を器用に振るい、いかにも毒が塗られてそうな飛刀を矢継ぎ早に次々と投げてくるけれど、これは逆にチャンスだ!
あたしが修得している、高雄流古武術の奥義には、【矢返しの極意】がある。
最小限の槍の動きで、全ての飛刀を、橙火の元へと打ち返してやる!
視界内から放たれる全ての飛び道具は、高雄流には通じないのよ!
橙火が慌てて大刀を構えなおそうとしても、逃がすものか!
縮地で一気に間合いを詰めて、
「【龍焦塵槍】!!」
槍の穂先に収束させた闘気を灼熱に変えてから放つ、あたしのとっておきで、橙火の大刀と二本の腕を破壊する!
「遊びすぎたか!」
バックステップで逃げようとする橙火を追いすがろうとしたけれど、殺気を感じて、サイドステップで壁に張り付くと、
「流石ね。今度は、私と遊んでくださいな」
教頭先生そっくりな声をかけられて、不覚にも動揺してしまうあたしの隙きを見逃さず、仮面の女性は、
「【電磁トルネード】!!」
頭頂部から、雷属性の竜巻を放つ、長浜流の超奥義!
まだあたしには使えない必殺技に巻き込まれて、天井に叩きつけられて、槍を取り落としてしまう!
「【電磁回転投げ】!!」
竜巻に巻き込まれて、逃げられないあたしは、部屋の奥の壁へと飛ばされて、そのまま床に投げ出されてしまう。
痺れる全身を叱咤して立ち上がり、予備の武器として持ってきた守り刀を構えようとしようとしたところで、
「拘束せよ!」
仮面の女性が投げつけた御札から、蜘蛛の糸が放射線状に広がり、あたしの体を絡め取ってしまう。
これって、蜘蛛神さまの神通力じゃないの!
リズちゃんと紅葉ちゃんも、同じ術で拘束されているのが目に入り、愕然とする。
「頑張ったご褒美に、一撃で眠らせてあげましょう」
仮面の女性の手刀が、あたしのお腹を深く貫いて、悲鳴を上げる間もなく、あたしの意識は闇に飲まれてしまった。
(追記)
新章開始前に幕間入れることにして現在執筆中です。




