第五十五話 せめて、自分らしく
神通力が使えなくなったことはさておき、青いご飯でお祝いされたのが悪夢過ぎて、その後は上の空で、誰から声をかけられても生返事を返しながら、ぼんやりと過ごしてしまった。
あたしの様子がどこかおかしいことに気がついたのか、暁姉上に促されて、大広間を抜け出して、自室に戻る。
周囲の視線からプレッシャーを受けて緊張状態だったのか、静かな部屋に入った途端に、座布団の上にへたりんでしまう。
暁姉上は、そんなあたしを黙ったまま、時折視線をこちらに向けながら、火の神通力を使ってお湯をしばらく沸騰させてから急須に注ぐ。
湯冷ましにお湯を入れ替えて、湯を冷ましてから、あたしと姉上それぞれの湯呑みにゆっくりと注ぎ分けて湯呑みを温めてくれる。
急須に茶葉を多めに入れてから、湯呑みから急須へと、ゆっくりお湯を入れ替えて急須に蓋をし、1分計の砂時計をひっくり返す。
砂時計の砂が落ちきると、急須から湯呑みへとお茶を静かに注いでくれた。
この間、二人共黙ったままだった。
お茶を口に含むと、甘いお茶の匂いにホッとする。
あたしが落ち着いたのを見計らってから、暁姉上が声をかけてくれる。
「もしかして、体のことで何か苦しい思いをしてるのかしら?」
頷いて肯定を返すと、暁姉上は、大きく目を見開いて驚いてみせながらも。
「そう、そういうこともあるのね。精通だけでなく、男の子の体になってしまったことも、嬉しくなかった?」
「はい……。みんながお祝いしてくれるのに、あたしには辛くて苦しくて。でも、みんな喜んでるのに、あたしだけが苦しいなんて、言いづらくて……」
「異世界から転生してきた朔には、ピンと来ないのかもしれないけれど……。この世界では、男女の性徴が入れ替わってしまう人はいくらでもいるし、それは自然なこととして受け入れることが、当然とされているのよ。
「当然、とは、あたしには思えなくて。一度も男の子の体になりたいなんて、考えたことがなかったし……」
やだ、話してるうちに、涙がポロポロ出てくる。
暁姉上は、あたしとの距離を詰めると、懐紙で涙を受け止めてくれる。
「その話、人前ではしないほうが良いと思うわ。これからも、苦しい思いをするようだったら、私にだけ話しなさい」
驚いて見返すと、暁姉上は何時になく真剣な瞳になり。
「月の女神さまは、男性であることを望む者は男性に、女性であることを望む者は女性に体が変容するように、この世界の法則を定めたと、伝承されてるの」
あー、月の女神さまが、そんなことを話していたような?
魂が男性なのに、体が女性な愛宕撫子にも、敵意剥き出しだったものね。
「心の性別と体の性別が一致しないのは、月の女神さまの教えでは異端なのよ。必ず一致するように、月の女神さまは法則を定めたのだから。もしも、誰かに朔のことを知られたら、異端者として、厳しく弾圧されるかもしれないの」
「だ、弾圧って……。そんなの、心と体の性別の不一致があっても、誰もそのことを他人に明かさないのかもしれないじゃない!」
向かい合ってる暁姉上には申し訳ないけれど、語調がついキツくなる。
「臭いものに蓋をしてるだけで、本当はあたしと同じようなことで、悩んでる人はいるのでは?」
暁姉上は、あたしの肩を優しくなでながら穏やかに語りかけてくれる。
「そうでもなさそうなのよね。伝承や書物から知り得る限り、男性だった人の心が女性的になれば、体も女性に。女性だった人の心が男性的になれば、体は男性へと自然と変わってしまうようだし」
「あたしは、例外中の例外ってことかしら? ……たしかに、性転換してしまったのは、昨夜の戦いで受けた敵からの攻撃が原因のようだけど」
陰陽流転灰身滅智撃という、陰陽の気を回転させる九頭龍奥義の説明をすると、暁姉上の瞳に理解の色が広がる。
「なるほど、心当たりはあるのね。でも、そんな話はなかなか信じてもらえないでしょうね。九頭龍は、月の女神さまの武術だから、月の女神さまの教えに反することは起こらないと考えるのが、この世界では普通でしょうし」
「禍津神にやられたって話は、こじれそうだし話せないよね」
暁姉上が出してくれた、落雁を口にすると、その甘さに癒やされる。
「朔がその奥義を使いこなせるようになれば、女の子の体に戻れるかもしれないのよね? まずは、そのことだけを考えて」
「うん……。目標が定まってるのは、正直助かってるかなって」
男の子の体になって紅葉ちゃんには嫌われちゃったかもだけど、九頭龍の修行を続けるには、彼女の協力は欠かせないのよね。
今度会うときには、上手く仲直りできるよう、頑張ってみよう。
「話は変わるのだけれど。訪い人として現れた彼女たち。前世の朔自身と、その友人たちよね。どうなっているのかしら?」
前世のあたしたちについては、リズちゃんから受けた警告も合わせて、簡単に姉上に説明すると。
「わかったわ。朝陽さまには申し訳ないけれど、秘密にしておくし、誰にも話さないようにするわね」
朝陽さまに、この話題を振られる前に、暁姉上と口裏を合わせる機会があってよかった。
【ティンダロスの猟犬】をまた招くわけにもいかないので、主君の言いつけを守れなくなるのは、現状では致し方ないもの。
夕食でまた、家族との時間を過ごす際に、大事な席を中座したことを詫びると、青嵐お爺さまは、
「しばらくは体調が不安定でも仕方あるまい。まずは養生せよ」
と、あっさり許してくれたし、心配もしてくれた。
青いご飯でお祝いされたのはショックだったけれど、非常識なのは、あたしの事情の方なわけで、わかってくれないなどと、家族を責めるのは筋違いなんだなと、暁姉上との話で納得できていたこともあり。
女の子の体に戻れば、こんなつまらないことで悩まなくても、もう良いものね!
男らしくなんてもってのほか、女らしくも振る舞えそうにないけど、せめて、自分らしさは見失わないように鍛錬を積もう。
そんな事を考えながら、食後の一服を自室で過ごしていると、部屋の外から朝陽さまの声が。
「朔、入ってもいいかしら? みんなで話し合いたいことがあるの」
タイミング的に、高雄のことかなあ。
探せって言われてたものなあと頭の中で反芻しながら、襖障子の中央の前に座り、「お入りください」と声をかけてから開けると、朝陽さまだけでなく、陽月さまと暁姉上が姿を現した。




