第五十一話 亀、逃げ出したあと 裏の壱
女の子なら誰もが信じる伝説。
それは、聖凰学院中等部にもあります。
終業式の日、校庭のはずれにある古代樹の下で、告白して生まれたカップルは、永遠の絆が約束されると――
いつもどおりの、特筆すべきことなど、なにもない日常のはずだった。
二学期終業式の朝に、高雄サクが、自分の下駄箱の中に、一通の封筒を見つけるまでは。
「も、も、もしかして! これってラブレターじゃないのかしら! ハートマークのシールで、封印がしてあるし!」
素っ頓狂な声を出しながら、興奮を持て余して、クルクルと下駄箱の前で、踊るような足取りでクルクルと回り始めるサク。
終業式の日には、部活動もないので、下駄箱の周りには、大勢の生徒がいた。
【百人殺し】と悪名高い、サクの奇行に巻き込まれまいと、一般の生徒たちは、そそくさと逃げ出し始める。
「高雄、オマエ、ウザいんだよ。高雄なんかに、ラブレター書くような物好きな奴なんているわけ無いだろ! どうせまた、果たし状だったってオチさ! バカじゃねえの?」
サクの奇行を目にして、長門住吉は、内心の動揺を気取られぬよう、表情を取り繕いながら、悪態を吐く。
(サクに興味を持つような物好きは、これまで、同性異性問わず、例外なく裏で処してきたはず! 誰だ? 誰の仕業だ!)
山城男山には、大和玻璃がいて。
大鳳エリザベスと、最上千鳥は、自分に告白してきて、それぞれ玉砕済み。
自分が声をかけても、上の空で相手にしようとせずに、ふしぎなおどりを続けるサクの姿を見せつけられて、住吉は、赫怒に頬を染めながら、犯人を探し始める。
(まさか、僕に振られたからって理由で、女に、しかもサクに乗り換えようってわけじゃ……)
住吉のもの問いたげな視線を受けて、エリザベスと千鳥は、二人お揃いで、ぶんぶんと首を横に振る。
企業の公式コスプレイヤーとして活躍するエリザベスと、読者モデルとして名高い千鳥は、聖凰学院の男子生徒の間で、もっとも人気がある二人ということもあり。
そんな二人から告白されても、受け入れなかった住吉は、ホモなんじゃね? と噂されている。
噂の発生源が、サクであることを突き止めた住吉は、噂を払拭しようと躍起になるも、その必死な様子から、さらに噂の信憑性が上がってしまい、住吉は、歯噛みしつつも、沈静化を待っている。
(ラブレターなんで舞い上がる程度のチョロいヤツのために、この僕が、こんなに悩まされるなんて、ふざけんなっ!)
サクは踊り回る中、住吉、エリザベス、千鳥は三すくみの状態で、アイコンタクトを飛ばしあう。
気がつくと、彼ら以外の生徒は、全員、校舎内に退避していた。
「おいおい、なんのお祭り騒ぎなんだ? みんな怯えて逃げていったじゃねえの」
医療用遮光メガネという名目のサングラスをワイルドにキメた巨漢、山城男山と。
「従姉の私から見ても、今のサクちゃんコワイかも。他の生徒たちが怯えてたから、踊るの、ちょっとやめてもらいたいかも」
【百人殺し】のサクでも歯が立たない【剣鬼】として知られる、大和玻璃が、呆れながら、サクに声を掛ける。
「男山パイセン、玻璃ちゃん、おはようございますっ! 二人共、見てください! あたし、ラブレター貰っちゃって、伝説になっちゃいます!」
「ここは、学校なんだから、玻璃ちゃんじゃなくて、玻璃先輩でしょ!」
「伝説の古代樹か。そういや、俺っちも、古代樹の下で玻璃から告白されたんだっけな」
ぷんすかと頬を膨らませる玻璃とサクの様子を鷹揚に見守りながら、惚気けてみせる男山。
「いやん~、ダーリンったら、恥ずかしいっ、恥ずかしいってば!」
くねくねと体を揺らしなが、男山の背中をバシバシと叩く玻璃。
【剣鬼】の膂力にもびくともしない、男山こそが、地球最強の中学生にして、エヴァンジェリストたちのリーダーであった。
「終業式も終わったことだし、どんなイケメンがサクっちを待ってるのか、古代樹の下に行ってみようじゃないの」
「オイオイ、男山パイセン! 野次馬がついていったら、待ってるヤツが迷惑するんじゃないのか?」
ノリノリの男山に対して、千鳥は太眉をへの字に曲げ、ツッコミを入れるも。
「サクっちに告白するなんて度胸があるイケメンが、野次馬程度、気にするわけないでないの!」
言い出したら聞かない男山は、気にする素振りも見せず。
「その発言はどうなのかな~ってボクも思うよ。デリカシーなさすぎるし。でも、やっぱりどんな子が待ってるのか、気になるよね」
「リズも止めないで、何を言ってんだよ。ワタシたちはお邪魔虫だから、先に帰ってようよ!」
そんな和気あいあいとした野次馬たちの様子に、住吉は苛立ちながら、厭味ったらしく、サクに毒を吐く。
「男山パイセン、僕たちは先に帰ろうよ。どうせラブレターじゃないんだし。ほら、高雄。その果たし状の中身、僕たちの目の前で見てみろよ」
有頂天のサクは、住吉の毒をあっさりスルーしつつ。
「さすがに、読み上げたりはしないけど! 果たし状なんかじゃなくて! ラブレターだって、みんなの前で確認します!」
鼻息荒く、でも指の動きは繊細に、そっとサクは封筒を開けて便箋を取り出すと、表情が凍りつく。
「ほら、みろ! やっぱり!」
「読まないで! サクちゃん! ナニも見ようとしないで!」
嘲笑しようとする住吉の前を遮り、瞬時に魔法少女に変身したリズが、魔杖でサクの手の便箋――に偽装された、魔導書の紙片を叩き落とすも、間に合わなかった。
下駄箱の角から、続々と殺到する【ティンダロスの猟犬】に、エヴァンジェリストたちは、まともに対処できず、全滅した。




