第五十弐話 亀、逃げ出したあと 裏の弐
大鳳エリザベスは、忍者である。
大鳳エリザベスとは、仮初めの名前。
本名は、扶桑東雲と言う。
扶桑家では、双子は忌み子とされ、双子の次男として生まれた彼は、母方の親戚筋であるところの、大鳳家の“養女”として育てられた。
大鳳家は、明治維新後は英国の化粧品メーカーと縁故を結び、世界最大の化粧品メーカーの一つとして飛躍したことで知られるが、元々は、代々、扶桑家に仕えた忍者の家系であり、次期当主は元服までの間は、女として生きるという奇妙な仕来りがある。
また、実父である扶桑正義より魔法少女の証であるところの、魔杖アスクレピオスを家族の証として与えられ、くの一兼任魔法少女として、研鑽を積んできた。
忍の字は、刃の下に心を書く。
魔法で性転換しているだけの男であること、偽名を名乗っていることは、刃の下の心の棚に上げていても、忍者だから問題ないと、エリザベス本人は思い込んでいる。
しかし、ツッコミを入れなかった人間が、今まで居なかったわけではない。
その人間の名前は、日向五十鈴。
彼女は、高雄サク周辺の、幼馴染ネットワークの中で唯一、小学校からアメリカへ留学している少女であり、魔導書【金枝篇】と契約した魔導師でもある。
魔杖だけでなく、魔導書【象牙の書】とも契約したエリザベスにとって、五十鈴は、サクを巡る最大のライバルであった。
五十鈴自身が、国際連盟直属非公開組織カノッサ機関の暗黒面に関わる後ろめたさから、エリザベスの秘密を暴露するようなことはなかったが、陰日向で衝突を繰り広げた。
エリザベスと五十鈴の対立は、五十鈴と彼女の実父であるところの日向裕也が登場していた飛行機の墜落事故――に偽装された暗殺――で終わったはずだった。
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下駄箱の前で【ティンダロスの猟犬】による襲撃を受け、またたく間に倒されたはずのエヴァンジェリストたちは、気がついたら異世界の城内に転移してしまい。
根っからの『ガンガンいこうぜ!』主義者の男山ですら、呆気にとられて後手後手に回った。
立ち直りの早さは、メンバー随一のサクとエリザベスのコンビが、異世界現地人と共闘を開始、城内の反乱騒ぎを鎮めて、現地人からの信頼を得てしまい。
騒動が一段落がついたあとに、城内の一室で休むように言われて、一息ついたとたんに、住吉とサクが、部屋の真ん中で並ぶように土下座を始めた。
「「ごめんなさい」」
「おいおい、お前さんたち。わけがわからない土下座はヤメてくれ。謝りたいことがあるってんなら、俺っちたちにも理解できるように、テーマを明確にしてくれよ」
「ダーリンの言うとおりね。頭がフットーしそうなくらい、私も混乱してるし! 謝るよりも状況を整理してから説明してほしいかも!」
男山と玻璃に促されると、住吉とサクが頭を上げ、お互いの顔を見合わせると、まずはサクから口を開く。
「あ、あ、あ、あ、あたしが、浮かれて……。よく確認しないで封筒を開けて、みんなを巻き込んでしまってごめんなさい」
そして、また深々と頭を下げる。
「サクちゃんは、魔法には疎いんだから、あれに気が付かないのは仕方がないと思うよ。むしろ、“本職”のボクが事前に察知できなかったことこそ、責められるべきで」
「まさか、学校の下駄箱に罠みたいなものを想像しろってのが無理があるだろ。リズも謝んなくていいよ。悪いのは、ワタシたちをハメた誰かだろ?」
視線を落としながらサクを庇う発言をするリズを気遣うように、千鳥がリズの肩をポンポンと叩きながら。
「住吉先輩も、らしくないぞ。普段は簡単に謝ったりしないじゃないか」
傲岸不遜、我儘放題で知られる、住吉が土下座するなんて、エヴァンジェリストたちも初めて見るわけで。
皆の注目が、住吉の渋面に集まる。
「【ティンダロスの猟犬】ってのか? 本来なら、このメンバーが戦って、遅れを取らなかったんじゃないのか? 物理攻撃が通じない相手にも、魔法少女のリズならなんとかしただろうし。僕が謝らないといけないのは、大事なことを今まで隠し通してきたことだ」
「隠し事なら、みんなそれぞれあるんでないの? ワケありのメンバー揃いだかんな」
男山の執り成しにも、住吉は首を横に振り。
「みんなが一番ダメージを受けた原因は、敵の攻撃によるものじゃない。僕の血が原因だ」
血との発言に、皆の注目が今度は、玻璃とサクに集まる。
なぜなら、この二人の祖母、望月マルレーネは、吸血鬼として、仲間内では知られているから。
「私とサクちゃんは、人間なんだけど? マルレーネお婆さまだって、人の生き血は吸ったりしないし。代わりに輸血用パック飲んでるみたいだけど」
「あたしは、その。今回の騒動で体が先祖返りしちゃったみたいで、体質的に吸血鬼に近くなっちゃったような。天井を逆さまに歩いてて気がついたんだけど、これ、人間業じゃないよね」
「問題は、そこじゃないんだよ……。僕の母親は、人間じゃない。父さんが愛用していた【聖剣】なんだ」
住吉の父親が、異世界の“ゆうしゃ”だったこと。
彼の母親は、父親が異世界から連れ帰った“パートナー”だったことは、周知の事実だったため、白けた雰囲気になる。
「ダーリンのお母さまだって【異世界の女神】だったわけだし、住吉くんのお母さまが【聖剣】だからって、問題ないんじゃないの?」
玻璃の疑問は、皆の疑問でもあった。しかし。
「大和先輩、血統の話をしてるんじゃないんだよ。僕の血は、【聖剣】が追加ダメージを与える対象には、猛毒なんだよ。みんなの体、溶けかけてたんだろ? あれは俺の血液や体液を浴びたのが原因なんだよ!」
混ぜっ返されて、短気な住吉の声音に怒気が混じり始めるのを見て、リズが割って入る。
「落ち着いて。体が溶けかけてたのは本当だよ。【ティンダロスの猟犬】の仕業なのかなって思い込んでたんだけど、住吉がそう証言するなら、僕が魔法で調べてみるよ。体液っていっても唾液程度なら問題ないんだよね? 普段会話してるときでも唾液ぐらい飛んでただろうし」
「……少しなら問題ないと、母さんからは教えられてる。量が多すぎると、あらゆる体液が、神性や魔性に縁がある対象に猛毒なんだとか」
「なら、僕が魔法である程度は対策するよ。今まで大丈夫だったんだし、日常生活は大丈夫だよ。任せといて! だから、もう謝んなくていいよ。全員、こうして無事だったんだしね」
粘膜接触で、体液交換するような行為は、NGなんだろうなあと、察しつつも、リズはあえて想像を口にしないだけの分別はあった。
「みんなも疲れてるだろうし、今夜はそろそろ休もうよ。雑魚寝になっちゃうけど、僕が魔法でみんなのパーソナルスペースを確保する、隔て板作ってあげるし」
「休むのは構わないがよ。あの女の子の様子、俺たちで観てやらなくてよかったのか?」
エヴァンジェリスト以外の七人目。
彼女は、身元を明らかにできるものは、特に身につけておらず。
意識もないことで、彼らとは別室にて、赤城の者たちに身柄を預けている。
「見るからに地球人と言うか、日本人だったよね。見たことがないセーラー服着てたから、聖凰学院の生徒じゃなさそうだけど」
サクとリズが戦っている間に看病していた玻璃が、腕組みして考え込むポーズに。
「魔杖で診断してみたけど、血液型がボンベイ型のO型だったから、ここが日本だったら、すぐに身元がわかったかもしれないんだけどねえ」
「ボンベイってそんな血液型があるんだ」
千鳥の興味津々な視線を受け止めながら、リズが応じる。
「ボンベイ型ってだけで、百万に一人いるかいないかって珍しい血液型なんだよ。万が一に備えて、自分自身の血液を血液バンクに預けてないと危ないからね。血液バンクに問い合わせたら身元がわかったと思うよ」
残念ながら、異世界には、日本の血液バンクに照会する術がない。
「明朝、ボクがもう一度様子を見に行ってみるよ。ボクたちも大ゲガを治療したばかりだから、さすがに、そろそろ休んだ方がいいよ」
リズの提案に異論を挟む者はおらず、寝支度を済ませた順番に、それぞれ床についた。
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愛宕撫子だったモノは、恐怖に凍りついていた。
なぜ、自分の隠れ家に、魔族が待ち構えていたのかと。
撫子は知らない。
眼前に顕現した魔族が、魔族の国である、民主集中共和国を支配する、前衛社会民主労働党第二位 ヨツソ=スターリソであることを。
全身を金属鎧で覆ったその巨漢の二つ名は、【鋼の科学的社会主義者】。
「同志レーニソの名にかけて。全ての反動に、革命的鉄槌を!」
ヨツソは、撫子と会話する価値もないと見なしたのか、有無を言わさずに、鋼の手刀を撫子の頭蓋に叩き込み、両断する。
死体から噴き上げた血糊を振り払うと、そのまま姿を消した。
「あれが、魔族……。どうやって関を越えてきたのか」
身震いする百合を嘲笑う声を響く。
「さっきのは、ただの影よ。まだ実体をこっちに持ってこられるほどの“縁”を結んでいないんだもの。今度しくじったら、あなたもこうなるのよ」
「禍津神の神威をその身に下ろしていた、撫子を鎧袖一触するような魔人など。相手にするのは御免だね」
百合は、背後の声に振り返らずに、肩をすくめて見せることで応える。
「【屍食教典儀】と【妖蛆の秘密】。改めてあなたに預けましょう。行きなさい」
足元に投げつけられた、二冊の魔導書を拾い上げると、百合は返答もせずに、荒れ果てた東屋を立ち去った。
「本当に、これで良かったのか?」
少女は、薄い笑みを浮かべることで、父親に応えてみせた。




