第五十話 亀、逃げ出したあと 表の肆
これまでの経緯を、リズちゃんに説明したら、正座することになりました。
「サクちゃんってば、面倒だって感じたことなんでも先延ばしにし過ぎ~」
ジト目であたしを見つめるリズちゃんに何も言い返せないあたし、涙目です。
「身内が怨霊に、二回も襲われて、怨霊は、自分から名乗ってるのに、どこの誰だったのか調べてないとか~」
「えっとね。あたし、この世界ではまだ成人してないし」
「日本でも成人してなかったじゃん~。中学生だったんだし~」
「えっとね。中学生どころか、幼児扱いされてるわけで」
「赤城のお殿様から、ギャラ貰っちゃってるんでしょ~。ならお給金ぶんくらいは働かないと~」
「えっとね……」
「ぶっぶーだよ~。えっとね、は禁止~。ボクも手伝ってあげるから、ちゃんと怨霊と、赤城と、鳥海の間に何か手がかりがないか、ちゃんと調べる! かしこまり?」
「か、かしこまり」
このあとも、リズちゃんにダメ出しされまくりで、瑞穂内親王殿下の呪いの件や、正邪問わず、神々についてとか、この世界を侵食してるという【宇宙からの色】も、これからはリズちゃんと一緒に調べることが決定。
日向博士と五十鈴ちゃんの事情については、口止めされてるので、当事者同士が話せばいいよね、とスルーさせていただきました。
一段落ついたからか、リズちゃんが湯呑にお茶を入れてくれて、ちょっと一服。
「魔導師リズ、そなた、この部屋は初見であるのに、馴染み過ぎではないかの?」
リズちゃんのターンに圧倒されて、今まで黙ってみていたルル皇太女からツッコミを受けても、フフーンとリズちゃんは涼しい顔。
「この部屋は日本で何度も来てるし、夢の世界は初めてってわけでもないしね~。魔法少女にとって、夢の中ってのはホームグラウンドみたいなものだんだよ~」
「なるほどの。相当場数を踏んできた魔導師であるようだの。頼もしい」
フフーンと微笑みを交わし合う、リズちゃんとルル皇太女。
ルル皇太女も、異世界の人間見ても動じないので、似た者同士なのかもしれない。
「おっとっと。忘れるところだったよ。ルルちゃん、マテリアルをわけてくれて助かったよ~。本当にありがとうだよ~」
ピシッと背筋を伸ばしてから、深々とお辞儀するリズちゃんに対し、鷹揚に応えてみせるルル皇太女。
「くるしゅうない、くるしゅうないぞ。契約者だけでは、頼りなかったのでの。全員助かって良かったぞ」
「あ~。マテリアルがどうのって言ってたっけ。あのとき、何をやり取りしてたの?」
「マテリアルってのはね。魔法を行使するときに消耗する資源みたいなものなんだよ。ボクが持ってたマテリアルは、連戦で品切れになってたからね~。危うく全滅しちゃうとこだったよ~」
あたしが、よくわかってない顔をしてるのを見て、リズちゃんは魔杖アスクレピオスを片手に立ち上がり、魔杖に巻き付いているクスシヘビのクッシーを指さしてみせる。
「ほらほら、本当はおしゃべりなはずのクッシーが黙ったままでしょ? 貯め込んでたマテリアルを戦闘、治療、後片付けに使っちゃって、クッシーもダウンしちゃってるんだよ。おしゃべりすると無駄に疲れちゃうから、クッシーも黙ってるわけ」
たしかに、いらんことしか言わない、お邪魔虫なクッシーが喋ってるの、ずっと見てないかも!
改めて、クッシーを注視すると、魔杖に巻き付いたまま、身動ぎしないとか、こんなにおとなしくしてるの、初めて見るなあ。
「それで、ルル皇太女は、マテリアルってのを貯め込んでたの? 誰かとやり取りできるようなもの?」
「契約者が神話生物を倒したであろ? 魔導書は、倒された神話生物からマテリアルを奪い蓄積する。虫の息だった魔導師リズを見て、貯まったマテリアルは片っ端から我が提供して、自力で治療してもらったのだ」
あたしがキョトンとしているのを見て、ルル皇太女が説明を続ける。
「最初に襲ってきた【ティンダロスの猟犬】、御殿女中の死体を操って追った【妖蛆】、あの胸クソ悪い蛆のことだ。契約者が倒して、我がマテリアルを奪取したわけだ。これでわかるかの?」
「普通の魔物とは別格の、神話生物って呼称される連中がいて、倒せば魔導師にとっての資源になるって理解でいいのかしら」
「その通りだ。そして、神話生物は魔導師によって召喚されたり使役されることがあるものだ。魔導師相手の戦いでは必ず出てくるからの。契約者も、そのうち慣れるであろ」
そんなものに慣れたくないんですけど。
なんだか口の中が不味くなってきたので、湯呑のお茶を飲み直す。
「【妖蛆】は、【妖蛆の秘密】という魔導書と契約した魔導師が、召喚するのが定番。【妖蛆】は厄介だよ~。他人の体を乗取ったり、契約者を不死にしたりとか~」
「不死ってなにそれ、怖いんですけど」
怨霊と戦ったこともあるあたしが言うのもなんですけど、死なない相手はキモいし怖いんですけど。
「これまで赤城城内に敵の侵入を許したのは、【妖蛆の秘密】と契約した魔導師が暗躍してたってことかしら? 御殿女中を操ることができるなんて、良からぬことやりたい放題になるじゃない!」
考えてたら、頭が痛くなってきた!
「そんなの、防ぎようがないじゃん!」
「まあまあ、サクちゃん、落ち着いて~。これからは、神話生物による侵入は、このリズが許さないから~。どーんと任せてくれていいんだよ~」
あたしが癇癪を起こして、なだめてくれるリズちゃん。
このやり取りも、今となっては懐かしいわね。
そして、頼もしい!
「【ティンダロスの猟犬】も、【妖蛆の秘密】で召喚されたのかしら? あのとき、部屋にはあたしと、暁姉上しかいなかったんですけど。それに、なんで前世のあたしと一緒に、リズちゃんたちもやって来たの?」
あたしの発言を受けて、何やらアイコンタクトを交わし合う、リズちゃんとルル皇太女。
言いにくそうに、リズちゃんがおずおずと。
「えっとね。ボクたちが戦ってた【ティンダロスの猟犬】を結果的に呼び出してしまったのは、前世のサクちゃんなんだ。うっかり、魔導書を見てしまった拍子に……」
「全然、覚えてないんですけど……」
「こっちのサクちゃんのところにやって来た【ティンダロスの猟犬】は、多分、暁お姉さんだと思う……。前世のサクちゃんの話を聞いている間に、未来のなにかを見てしまったみたいで」
「ごめん、リズちゃんが何を説明しようとしてくれてるのか、よくわからないんですけど……」
「ボクも完全に理解してるわけではないんだけど、サクちゃんが前世の話を誰かにすると、それをきっかけに未来を見てしまう人がいるみたいなんだ。【ティンダロスの猟犬】は、過去や未来の時間の流れに逆らう人間の気配に敏感で、その人間を狙って、彼らの世界から時空間移動してくる神話生物なんだ。ここまではいいかな?」
首を捻りながら、あたしなりに考えをまとめてみて。
「あたしの前世の話の中に、なにか【ティンダロスの猟犬】を惹きつけてしまう要素があるってこと?」
そんなあたしを温かい眼差しでリズちゃんが見つめながら。
「そうだね~。具体的に、前世のどこに問題になる箇所があるのかは、わからないんだけどね~。これからはもう誰にも前世の話は、この部屋以外でしないほうが無難かなあ~」
「わかった。もうやめておく」
あんなのにまた襲われたら、今度は誰か死んじゃうかもしれないし、やぶ蛇にしかならない話題は、避けたほうが無難だよね。
「もうひとつ、わかったことがあるよ~。【ティンダロスの猟犬】が関わってるってことは、ボクたちは、単純に【異世界】に移動してきたんじゃなくて、もとの世界の過去か、未来か、どちらかはわからないけど、時間移動もしてきたんじゃないかな~」
今までおとなしくしていた、ルル皇太女が時間移動という言葉に、強く反応して。
「なんだと! 時間移動など、よほどのことがないと出来ぬぞ! 少なくとも、この世界の神通力と魔導では不可能だ!」
「ふ~ん、じゃあ~、神通力と魔導以外のなにかはないのかな?」
ある、すっごく、心当たりがある!
リズちゃんとルル皇太女の視線があたしの顔に集まるのを感じながら。
「【月の女神】さまが、九頭龍の奥義には、時空間を移動するものがあるって言ってた! 愛宕撫子も、九頭龍使ってたし、あたしと紅葉ちゃん以外にも、この世界には、九頭龍の使い手が、それも達人級がいるんだ!」
リズちゃんが、お茶を湯呑に入れ直してくれながら。
「【月の女神】さまには、ボクも会ってみたいなあ~。あと、【邪気眼】って堕天使も気になるなあ。サクちゃんが女の子に戻ったら、ボクも会えるチャンスが有るのかなあ~」
そう、それよ!
いろいろありすぎて、話題にできなかったけど!
「リズちゃんの魔法で、あたしを女の子に戻すことってできないかしら?! あたしが幸せな結婚をしないと、世界がヤバイそうなんですけど! 男として、結婚とか、まったく考えられないし!」
あたしの剣幕に、リズちゃんもさすがに苦笑いを浮かべながら。
「性転換の魔法は、ボクも使えるんだけどね~。地球人相手の魔法であって、異世界人にはどんな効果があるのかわからないし、ちょっとオススメできないなあ~。それに……」
「それに!?」
「陰陽流転灰身滅智撃って、九頭龍の奥義を受けるまでは、間違いなく、サクちゃんは女の子だったんだよね?」
リズちゃんの指摘を受けて、あたしは眉間にシワを寄せながら、記憶をまさぐってみる。
「そのはず、だと思う」
「それって、どんな技なのかな~?」
「陰陽の気を逆回転させることで、霊的にも物質的にも消し飛ばしてしまう大技なんだけど……」
それを聞いたリズちゃんは、フフーンと笑みを浮かべ。
「サクちゃんは、どうやって、その大技に対抗したのかなあ~」
「どうやってって、逆回転に抵抗するために、自分の気を正回転させたんだけど……。 あっ、そうか!」
陰陽思想では男性を象徴するのが、陽の気、女性を象徴するのが、陰の気。
今のあたしは、そのバランスがひっくり返ってる状態みたいだから。
「気がついたみたいだね~。サクちゃんが、今よりも、もっと九頭龍を使いこなせるようになれば、なんとかなりそうじゃないかな~」
思わず、リズちゃんに飛びついて、強く抱きしめてしまうあたしを、リズちゃんは優しく抱きとめてくれる。
「これまで通り、一心不乱に修行を続ければ、道が開けそう! ありがとう、リズちゃん、大好き!」
大変おまたせしまして申し訳ありません。
説明回は、これでひとまずおしまい。
次回からは裏側の事情について開帳して、物語が大きく動き始めます。
ご期待下さい!




