第四十八話 亀、逃げ出したあと 表の弐
眼を開けると、心配そうにのぞき込む五十鈴ちゃんの顔が、目の前に。
「朔ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
五十鈴ちゃんが、身繕いしてくれたらしく、着衣に乱れはない。
気が遠くなっただけで、気絶してしまったわけではないみたい。
夢だったら覚めて欲しいと、股間に手を伸ばすと、むにゅっと嫌な感触が。
「朔ちゃん、しっかり! 男の子になったのが不満なら、また女の子に戻ればいいじゃない!」
「そ、そうよね。性転換しちゃった原因は、昨夜のことしか心当たりがないし!」
女神さまにお願いしたら、なんとかなるかもしれないじゃないの!
困ったときの神頼みって言うし!
念のため、義手になってしまった左手を確認してみると、ちゃんと月の女神さまの神紋が浮かんでるし!
「やっぱり、朔ちゃんは元気なのが一番だよ! そろそろ面会の人たちを案内しても良いのかな?」
「ありがとう、五十鈴ちゃん。みんなに心配かけただろうし、いつまでもクヨクヨとはしてられないよね」
生きねば。
一日でも早く、女の子に戻るためにも!
図々しく、生きねば!
最初に様子を見に来てくれたのは、現場にも居合わせた赤城家御一行様と、青嵐お祖父様だった。
「朔、よくぞ生きていてくれたっ!」
感極まった顔で、あたしの両手を握ってくれる青嵐お祖父様の姿に、あたしも胸が熱くなる。
城代という立場上、戦死者続出の今回の一件で、身内と言えど、あたしのためだけに涙をながすことはできないのね、と察する。
「ありがとうございます。精一杯のことはやりました」
顔見知りの御殿女中たちが、多数殺されてる現状では、どこまであたしが喜んで良いのかよくわからない。
「うむうむ、それでこそ、天城の男子よ! あっぱれ! さすが、男子は頼りなるのう!」
男子と連呼する優陽さまにツッコミを入れたいけど!
ツッコミを入れたいけど!
さすがに主君の上機嫌に、水を差すことができるような雰囲気ではなく!
そもそも、あたしが男の子になっちゃったこと、なんでみんな知ってるの!?
「此度の褒美として、朔を赤城家の婿として迎えてもよいのう」
ああ、睦月さままで、とんでもないことを!
「朔とは言え、男の子と結婚する気はないし、わたしじゃなければ、陽月かしら?」
朝陽さままで、追い打ちをかけてきて、涙目になるあたし。
あたしは、婿入りじゃなくて、嫁入りか、婿取りで結婚したいの!
この分国で一番偉い人たちの冗談は、シャレにならないから!
「わたしは、まだ幼性の身ですから、縁談は早すぎますよ」
恥じらいながらも、陽月さまは満更でもなさそうな?
だがしかし!
陽月さまに不満があるわけじゃないけど、同性婚は勘弁して下さい!
「朔に褒美を頂戴できますのであれば、訪い人たちの件をお願いしたく」
主君たちの歓談に割って入ってまで、強引に話題を変えようとしてくれる、暁姉上、ステキ!
「ふむ、暁の部屋に突如、現れたという、七人の訪い人たちも、最初に出会った天城の家に保護されることを望んでおったな」
思案げな優陽さまは、七人って言ったわよね?
「七人でございますか? あたしの記憶が間違っていなければ、六人だったと存じますが」
「七人で間違いないぞ。事態が事態ゆえ、数え間違っていたのであろう」
あれれ?
一人目は、たぶん前世のあたし自身であるところの、高雄朔。
二人目は、魔法少女の大鳳エリザベス。
三人目は、生徒会長にして柔道無差別級世界覇者、山城男山パイセン。
四人目は、生徒会副会長にして、フェンシング三種目世界覇者、従姉でもあるところの、大和玻璃先輩。
五人目は、剣道部の後輩、最上千鳥。
六人目は、剣道部の同級生、長門住吉。
……やっぱり、七人目の心あたりがないんだけどなあ。
「朔よ、片腕を失うほど消耗しておるのだ。しばらくはゆっくり休め。今は休むことが、お前の役目ぞ」
やば。
せっかくお見舞いに来てくださった皆さんの前で、暫く考え事にふけってしまったみたい。
優陽さまたちが辞去を告げると、皆さまご退出。
忙しいだけでなく、みんな昨夜で消耗してるわよね。
あたしも、暁姉上と、五十鈴ちゃんに世話を焼かれながら、その日はほとんど寝て過ごした。
そして、夜。
左腕の神紋に祈りを捧げてから眠りにつくと、夢の中では、不機嫌そうな月の女神さまと、上機嫌なルル皇太女があたしを待っていた。
邪気眼の姿は無かった。
タイトルを、『誰が為にサク、百合と薔薇』から、『誰がタメにサク、百合と薔薇』に変更しました。
漢字が一文字、カタカナに変わっただけですが、あらためてよろしくお願いいたします。




