第四十一話 男子会(釣り)
奥伝の印可を受けてから、およそ1年が経過した。
この短期間で、紅葉ちゃんも奥伝の印可を受けている。
夢の中の時間を3倍に加速しているとはいえ、紅葉ちゃんの成長ぶりは著しい。
武器の扱いなどには、前世の経験の分だけ、あたしに一日の長があるけれど、このままだと紅葉ちゃんの方が、あたしより強くなるんじゃないかしら?
女神さま相手の組手だと、一方的にサンドバックにされるだけなので、紅葉ちゃんと手加減抜きの組手が出来るようになったのは、ありがたいのだけれど。
紅葉ちゃんが、伝説の九頭龍を、【月の女神】さまからの啓示を受けて復活させたことにして世間に公表したので、たちまち、彼女は時の人となった。
弟子入り希望者が続々と現れたけれど、紅葉ちゃんは、自分の年令を理由に全て断っている。
あたしが唯一の弟子ということになっているので、一部の人から妬まれるようになっちゃったのは、仕方がないのかなあ。
ルル皇太女も、道場での鍛錬に参加している。
魔族――本当は、魔人という種族らしい――には九頭龍は習得できないとかで、彼女は自分の魔導書に記録されている魔人の戦い方について自習中。
関を越えないと、魔人と戦う機会がないので、模擬戦とはいえ、ルル皇太女に相手をしてもらえるのは、良い経験になっていると思う。
魔導書の研究については、進捗は芳しくない。
ルル皇太女の心象世界に入ってみたけれど、名状しがたい冒涜的な何かが無数に蠢いていて、奥に進むためには、そいつらを蹴散らさないといけないんだけれど……。
どうしようもないほど、キモいのよ!
触れた時の感触を思い出しただけで、怖気立つし!
魔導書が正気度を削るって、こういうことなのかと、身を持って知りました。
そんなこんなで、瑞穂内親王殿下との月イチのお手紙のやり取りは、近況報告だけとなってしまい、申し訳なく。
陽月さまは、釣りを趣味として、たしなむようになった。
今日も、放課後は男子会のメンバーと一緒に、河川敷で釣りを楽しんでいる。
この世界の治水工事の技術はなかなかのもので、大雨が降っても、滅多なことでは水害が発生することはないのよね。
「朔は、今日も入れ食いだな。釣り竿でここまで釣果が変わるものとはなあ」
極自然に、あたしの側に腰掛けた陽月さまは、呆れ顔で今日の釣果を入れた”クーラーボックス”に視線を向ける。
この世界には、何故かクーラーボックスが存在するのよね。
とある魔物の素材が、半永久的に使用できる保冷剤になるんだとか。
クーラーボックスの中には、元気よくピチピチと跳ねる川魚がたくさん入ってる。
また、当たりが来た。
釣り竿を、何かに強く引っ張られて、あたしは負けじと、強く竿を引き戻す。
丸々とした、美味しそうなアマゴ(に似た魚)がまた釣れた。
陽月さまが、釣れたアマゴの口から毛針を外して、クーラーボックスにそっと入れて下さる。
男子会の中で、何故、あたしが一番たくさん釣れるのか?
理由はシンプルで、この釣り竿は! あたしがふくびきで当てた! 特等の”武器”だったはずの、トネリコの枝が成熟したものなのだ!
……武器のはずなのに、まさか釣り竿になってしまうなんて、と一時は落ち込んだんだけれど。
女神さまたちの見立てでは、この釣り竿は、あたしの技量次第で、何でも釣れるようになるらしい。
何でも――人間の魂や、人間の中に潜むマガツカミですら、あたし次第で釣れるんだとか。
つまり、この釣り竿をあたしがうまく使えば、愛宕の正体を露見させることが出来るはずなのだ!
四海浪静に武士も釣りを垂れ――という川柳が日本にあったように、この世界でも、釣りは武士の趣味の1つとしてアリみたいなのよね。
愛宕を釣りに釣り出すことが出来れば、ワンチャンある! と、紅葉ちゃんと一緒に喜んだけれど、魚しか釣れない現状では、作戦を決行することも出来ず、今は釣りの腕前を磨くことにしてるのよ。
「陽月さまも、この竿を使ってみます?」
「良いのか? 大切な竿なのだろう?」
「大丈夫ですよ。問題ありません」
この竿は、”嫉妬深くて”、あたし以外に触れられるのを嫌がるんだけれど、今日は沢山釣れたためか、機嫌が良い。
暫くは、あたしの友だちに使われても良いよ、と心に囁いてくれたのだ。
……釣り竿に意思があって、嫉妬深いなんて、わけがわからないけれど、現実に適応するしか無いじゃないの。
嬉しそうに表情をほころばせ、あたしから釣り竿を受けると、表情を真剣なものに改め、釣りを始める。
あたしが釣り竿を貸すのは初めてのことなのが珍しいのか、他の皆も、あたしの側に集まってくる。
「お、陽月に貸したんなら、当然、俺にも貸してくれるよな?」
あたしが断るとは、微塵とも考えていないのか、オレ様発言をする球磨。
この世界の猫族は、背中に触手が生えているので、なんと、釣りも出来るのよ!
球磨自身は、あまり釣りは上手ではないようだから、よく釣れそうな、この竿には興味があったんでしょうね。
あたしが快諾すると、葵くんや凪くんも、順番待ちで釣り竿を貸す流れに。
葵くんと球磨は、普通? に成長してるんだけれど、凪くんは、男の子になったはずなのに、未だに女の子にしか見えない。
しかも、相変わらず、女の子の着物を着てるし。
……女装子になってしまったのかしら?
でも、元々が女の子だったから、まだ着物までは男物を着る気になれないのかもしれない。
きっとそうに違いない、と思い込むことにする。
流石は、神造の武器だっただけのことはあり、皆で代わる代わるに大物を釣り上げ、そのたびに歓声が上がる。
そうよね。
釣りはゆっくりと楽しむものかもしれないけれど、入れ食い状態で次々に釣れたら楽しいわよね。
あっという間に、皆のクーラーボックスは釣果でギッシリと埋まってしまった。
「こんな気持ちが良い釣りは初めてだった。朔、ありがとう」
皆が喜んでくれて、あたしも嬉しいわ。
もう十分釣れたので、帰り支度を始める。
たくさん釣れたから、お城の皆にも新鮮な川魚を振る舞えるし、大家族の球磨も、「今日はご馳走だぜ!」と上機嫌。
この世界の猫族も、お魚は大好物なのね。
「陽月さま、朝陽さまの誕生記念会の贈り物は、もうお決めになりましたか?」
この世界では、1歳の誕生日の次は、10歳でお祝いする。その後も10年単位で、お祝いする風習になってるのよ。
朝陽さまが1歳の時は、あたしは産まれていなかったから、今回は、初めて朝陽さまのお誕生日を祝うことが出来る。
暁姉上は、朝陽さまより1週間早く生まれただけなので、今回の誕生記念会は、二人の合同として催されることになっている。
他にも似たような時期に産まれた有力士族の子弟は居るんだけれど、乳姉妹だと別格みたいね。
特別扱いされることで、余計な嫉妬を招かねければ良いのだけれど。
「いや、まだ決めかねている。朔はもう、決めたのか? 暁にも用意するのだろう?」
「あたしは、【蜘蛛神天網】の武器屋に、ふくびきの当選品を預かってもらっているので、その中から、二人に使えそうな武器を探そうと考えています」
「そういえば、この靴は、ふくびきの景品だったな」
あたしが持ち帰った靴は、大好評で、皆は今も大事に使ってくれてるのよ。
きちんと手入れすれば、一生ものになるんだとか。
「姉上には、球磨の伝手で、珍奇な花の種を手に入れたので、それを贈るつもりだ。暁には、これも球磨の伝手で、珍しい御香を。本来ならば、私自身の手で入手したかったが、幼い身では自由が効かなくてな」
あたしと陽月さまは、まだ8歳にもなっていないから、冒険みたいな真似は許されてないのよね。
……ところで、珍奇な花って、何?
パッ○ンフラワーみたいなのだと、怖いんですけど。
ツッコミを入れられる雰囲気じゃないので、スルーするしかないわね。
「十歳の誕生記念会は、あたしたちで見つけた何かを贈りましょう」
「うむ、そうだな。その時は、頼りにしてるぞ」
悩ましげだった陽月さまも、未来への希望を胸に抱かれたのか、明るく破顔する。
「とりあえず、あたしが贈る品については、陽月さまのご意見も伺いたいので、【蜘蛛神天網】まで、ご一緒いただけませんか?」
あたしの提案に、陽月さまは思案げに眉を寄せる。
「靴ならともかく、命を預ける武具となれば、本人が事前に確認したほうが良いかも知れぬぞ? 何を贈られるのか、楽しみにすることは出来なくなるが」
サプライズを選ぶか、実用性を選ぶか、悩ましいけれど、武具はやっぱり、本人に選んでもらったほうが良いかなあ。
「ご意見ありがとうございます。では、4人で【蜘蛛神天網】へと参りましょう」




