第三十九話 ロリババア?
目を開けると、見慣れた天井が。
前世では十四年間、この世界に生まれ変わって三年目に女神さまの弟子となり。
そこからは女神さまが、夢の中だけの時間を三倍に加速させたから、七歳のあたしの精神年齢は、実質的にアラサーに。
地球に居た頃よりも、異世界で、夢の中で過ごす時間の方が長くなっちゃった。
「おい、何時まで寝てるんだ! 早く助けろ!」
あたしが、ベッドに寝そべったまま感慨にふけっていると、ルル皇太女の悲鳴が聞こえる。
主君や家族に無断で、魔族の魔導書なんて危険物を、赤城城に持ち込むわけにもいかず。
今夜は、五十鈴ちゃんの家に泊めてもらい、寝る前に魔導書を右手に握りしめて、女神さまに祈りを捧げると。
あたしの夢の中に、ルル皇太女を連れ込むことに成功したようで。
「早く! 早く! 頭が! 頭が割れてしまう!」
ルル皇太女の方には、視線を向けることが出来ない。
月の女神さまの怒気が、室内の空気をビリビリと振動させて、室温を真夏日のように上げている。
あたしは、脂汗を流しながら、現実逃避中。
だって、あんなに怒ってる女神さま、はじめてなんだもの!
「朔ちゃ~ん。拾ってきた以上は、彼女に対して責任を持たないとダメなんじゃないかな~」
あたしの視界を遮るように、ぬるっと顔を突き出してきた【邪気眼】。
「……あんたに説教されるとは、思わなかったわ。でも、あんたの言う通りだわ」
女神さまを畏れたまま、現実から目を背けちゃダメだ。
腹筋の力だけで跳ね起きて、居住まいを正し、ベッドから飛び降りる。
足がガクガクと笑ってる。
やっぱり、女神さま怖い。
「何だ、メスブタ。オレサマに意見でもするつもりか。良いだろう。言いたいことがあれば、言ってみろ」
眼光鋭く、あたしを睨みつける女神さま。
はい、喜んで、では会話にならないので、ありがたい。
「女神さまは、何をお怒りなのでしょうか? ルル皇太女を、ここに連れてきたのは、あたしです。落ち度があれば、お怒りをぶつける相手は、あたしではないでしょうか?」
女神さまは、鼻を鳴らすと、頭をわしづかみにしていたルル皇太女をポイッと床に投げ捨てる。
「弱い者いじめをしていたわけではない。アク抜きをしていただけだ」
アク抜きって、野菜じゃあるまいし。
それに、女神さまは、ルル皇太女をお召し上がりになるつもりなのかしら?
「何か、失礼な事を考えているようだが、勘違いをしているぞ。マガツカミが古本にかけた呪いを、絞りとっただけだ」
視線を床に落とす女神さまに倣い、あたしも床を見ると……。
あれ? ルル皇太女が縮んでいる!
肉食系女子らしいボンキュッボンなナイスバディだったはずなのに、貧相な身体にと言いますか、肉感的な大人だったはずなのに、中学生ぐらいに若返っている?!
「アイタタタッ。【月の女神】は乱暴だな。まだ頭がガンガン割れるように痛むぞ」
首筋からガキゴキッと危ない音を立て、頭と首を撫でさすりながら、立ち上がるルル皇太女。
大柄な大人の女性体型だったのに、今は高雄朔のJCボディと、背丈が変わらなくなってる。
「感謝しろ。二千年もの間溜まった呪いの一部を祓ってやったのだ。これ以上を求めるなら、自力でなんとかしろ」
豪然と胸を張る女神さまを、怯えた目で見つめながらあとずさると、ルル皇太女は、あたしの背中に隠れてしまう。
呪いで見た目が変わってたの?
今の姿が、ルル皇太女の本来の姿なのかしら?
「おい、おまえが我の保護者なのだ! しっかりと守れ!」
魔族の皇太女って弱い。
といいますか、女神さまが最強すぎるんだけどね。
「あたしが連れてきた以上は、あんたの世話はするから。ここは、あたしの隠れ家。とりあえず、あたしのベッド……じゃわからないか。そこの寝台にでも腰掛けて」
「ベッドなら分かるぞ。……ふむ。弾力があって、なかなか座り心地が良いな」
衣擦れの音を立てながら、ルル皇太女の気配がベッドへと移動する。
地球製のベッドは、彼女のお眼鏡にかなったらしい。
「見たことがない様式の部屋だが、ここは一体どこだ? そして、何故、女神が複数存在するのだ!?」
【月の女神】さまだけでなく、【蜘蛛神】さまもいらっしゃるし、おまけに【邪気眼】もいるものね。
魔族から見ても、カオスな部屋に違いないわ。
「ここは、あたしの夢の中。人間だけでなく、魔族も無断で入ってくることは出来ないから、あんたを匿うには最適な場所でしょ? 女神さまがいらっしゃる以上、万が一侵入者がやってきても、返り討ちになるでしょうし」
「夢の中だと? ……夢の中に、何故、二柱の女神が?……」
ぶつぶつと独り言をつぶやき始めるルル皇太女を余所目に、あたしは【月の女神】さまから、目を離せない。
まだ、お怒りのようで、余所見すると、スゴイパンチが飛んできそうなんだもの!
「【豊穣の女神】の末裔に、生き残りがいたとは。前衛社会民主労働党は皇族を皆殺しにしたものだと思い込んでいたが。……匿った魔族が居たのか?」
「前衛社会民主労働党では、扶桑人との間に、まともな話し合いは不可能でしょ? 魔導帝国の後継者が生きていたなら、彼女を旗印に、魔族を“開放”すればよろしいのではなくて?」
「ナクア、面白い冗談だな。前衛社会民主労働党が、抑圧者たる皇家から、人民を“解放”をしたことになっているのだぞ? 今度は、皇家が、解放者たる前衛民主労働党から、人民を“解放”するというのか?」
【月の女神】さまと、【蜘蛛神】さまの話題が難しすぎて、ついていけないんですけど。
……ファンタジー的異世界に、労働党とか人民なんて単語が出てくるとか、意味不明なんですけど。
「朔さんの百面相は、愉快ですわね。気になることがあれば、教えて差し上げてよ?」
言葉による会話の相手は、【蜘蛛神】さまの方が、正直助かります。
【月の女神】さまの場合は、肉体言語で一方的にあたしが、ボコボコにされるだけなんだもの。
「魔族の国は、魔導帝国ではないんですか? 帝国ってコトは、皇帝さまが一番偉くて、貴族たちが魔族の国を治めているのではないのですか?」
ふるふると【蜘蛛神】さまは、首を横に振り。
「【悪しき女神】が現れて、やりたい放題始めるまでは、【豊穣の女神】の末裔が皇帝として君臨する、魔導帝国が魔族の国家だったのですけれど。前衛社会民主労働党が革命を起こした結果、今の魔族の国は、前衛社会民主労働党が支配して、民主集中共和国を名乗っておりますの」
「名乗ってると仰られても、扶桑国にはそのような話は伝わっていないようですが。……あれ? 革命が起こったのが、そんな大昔なら、ルル皇太女は何歳なんでしょうか?」
「“革命勢力”から見た、反革命的な勢力は、粛清の対象であって、交渉相手にはならないそうですの。労働党は、扶桑人や先住の民を捕虜にしないし、労働党は、扶桑人の捕虜になりませんのよ。……捕虜になることが出来ないように、敗北した際は、死んでしまう呪いをかけられているようですの」
何それ、すごく怖いんですけど。
……おかしいな、【邪気眼】から、この世界は、日本の戦国時代から江戸時代あたりの文明だって聞いてたけど。
労働者による革命って、もっと近代的な概念じゃなかったかしら?
「ルル皇太女の名前は、【豊穣の女神】から聞いたことがありますわ。最低でも、二千年以上は生きてることになりますわね。魔導書に姿を変えている状態を、生きていると言えるのなら、って注釈がついてしまいますけれど」
「ば、バカな! 二千年だと! 我はまだ十四歳だぞ! 二千年、二千年! それほどの歳月が過ぎてしまったなら、妹たちはっ! ナコトやセラエノたちはどうなったのだ!」
激高しながら、ルル皇太女があたしの背中に飛びついてくる。
……月の女神さまが怖いようで、あたしの背中から前には出たくないみたいだけど。
「ナコト皇女とセラエノ皇子の行方については、わたくしにもわかりませんの。ルルさんのように、魔導書に姿を変えていれば、あるいは……」
魔導書になっていなければ、粛清されてるってことか。
あたしの肩が、熱い何かで濡れ始める。
あ、あれ?
ルル皇太女が、泣いてるんだ。
あたしの背中にすがりついて、声にならない嗚咽を噛み殺すルル皇太女。
なんと言って、慰めたら良いのかしら?
「見た目は、十四歳! 実年齢は、二千歳オーバーッ! ロリババアキタコレ!」
奇声を上げながら、ふしぎなおどりをはじめた【邪気眼】が、しんみりとした空気を台無しにした。




