第三十七話 詫び石
「天城。魔族と軽率に契約するなど……。その、なんだ。大丈夫なのか?」
秋津洲少年が、気遣う面持ちで、あたしの右手の魔導書そっと視線を落とす。
ふむ。
改めて見直すと、線が細いイケメンだわ。
まさしく、貴公子って雰囲気ね。
心遣いに報いるために、カードを一枚、見せておいてもいいかな。
右手を掲げ、月の女神さまに祈りを捧げると、手の甲に、月の女神さまの神紋が浮かび上がる。
「あたしの右手には、月の女神さまの分け御霊が宿っております。魔族や魔導書に触れても、女神さまのご加護が、あたしを守ってくださります」
保証されたことはないけれど、その程度の御利益はあると思うの。
秋津洲少年だけでなく、瑞穂内親王殿下も、目を輝かせて、神紋をガン見する。
「貴方は~。さぞかし~。月の女神さまに~。愛されている様子~。わたくしからも~。お願いしたいことが~」
愛されてるのか?
泣いたり笑ったり出来なくなるくらい、可愛がりをされてるけれども。
「内親王殿下、拝謁賜り、恐悦至極に存じます。私は、蜘蛛神さまの巫女、日向五十鈴と申します」
あたしがぼんやりしてる間に、五十鈴ちゃんが、恭しく臣下の礼を取りながら、内親王殿下の前に進み出る。
「立ち話もなんでしょう。閲覧室に移動して、続きは、そちらでいかがでしょうか?」
「うむ、魔族の魔導書には、我々が望む知識があるやもしれないな。毒を食らわば皿まで。殿下、場所を変えましょう」
内親王殿下の手を取り、秋津洲少年はスタスタと歩いて行ってしまう。
黙ってついて来いってことかしら?
五十鈴ちゃんと顔を見合わせてから、大人しくついていくことにする。
書架の列を通りぬけ、廊下を右に曲がると、ここが閲覧室なのかしら?
広い空間に、縁台が並んでおり、そのうちの一つに、内親王殿下と秋津洲少年が腰掛ける。
あたしと五十鈴ちゃんも、二人の正面にある縁台へ。
「さて、内親王殿下のお顔について。お前たちは、何も言わずとも、気になっているだろう。これは、呪いによるものだ」
呪いかあ。
女の子の顔を、豚顔にしてしまうなんて、酷すぎる呪いだわ。
安っぽい慰めの言葉をかけるわけにもいかず、黙って話を聞くことにしよう。
「呪いを解呪するための知識を求めて、危険書籍公開書架室に定期的に調べに来ているわけだ。これまでは収穫がなかったが」
秋津洲少年は、あたしの手元の魔導書をしばらく見つめてから。
「魔族の――しかも皇太女とやらの魔導書にならば、何か手がかりがあるやも知れぬ。内親王殿下の為に、力を貸してくれ」
尊大だった態度を改め、深々と頭を下げる秋津洲少年の、あたし的な好感度がアップ!
宮廷貴族が、無位無官の小娘に頭を下げるなんて、あり得ないらしいけれど。
秋津洲少年の、内親王殿下への忠誠には、報いてあげないと、って気持ちになってきたわ。
「頭をお上げください。あたしたちに、何が出来るかわかりませんが、お力添え致します」
「天城は、赤城城に近侍として出仕しており、蜘蛛神天網を訪れるのは今日が初めて。次は何時になるのかわかりません。私が連絡役として、橋渡しいたしましょうか?」
五十鈴ちゃんの提案に、秋津洲少年は、少年らしいはにかんだ笑顔を見せて、首肯を返してくれる。
「現実世界の手紙のやり取りでは、迂遠となろう。日向は、蜘蛛神さまの巫女ならば、霊子手紙を使えるな?」
秋津洲少年が懐から勾玉を取り出してみせると、五十鈴ちゃんも同じように、勾玉を取り出して、二つを重ねあわせる。
二つの勾玉が明滅する。
蜘蛛神天網の利用許可証のうち、勾玉は最上級のもの。
一般の許可証にない機能があるようで、察するに、電子メールのようなものを使えるのかな?
「天城と~。日向~。二人には~。百万の~。感謝を~。感謝と~。お詫びの印に~。手持ちの詫び石を~。進ぜませう~」
詫び石ってなんだろと思いつつ、内親王殿下を見守っていると、ジャラジャラと音がする巾着袋を秋津洲少年に手渡し、少年があたしに差し出してくる。
「受け取れ。3000個の詫び石が入っているから、100連詫び石ふくびきを回すことが出来る」
……。
詫びるふくびきってなんなのかしら?
あたしの疑問に、誰も答えてくれる空気じゃない。
五十鈴ちゃんが、明るい声で。
「朔ちゃん! 100連だと、特等が2個以上確定、4等以上が、50個以上確定だよ!」
100回も回すふくびきで、特等が、たったの2個で、喜ぶような話なの?
どんだけ、当たらないふくびきなのよ!
「五十鈴ちゃん……。特等の次は、1等なのかな? 1等から、どこまでふくびきの当たりがあるのかしら?」
「1等の下は、9等まであるけれど。なにか気になることがあるの?」
当たりの判定に、10段階あって、特等が全然当たらないなんて、そんなケチくさいふくびき、正気度を削りながら回すなんて、文字通り、正気の沙汰じゃないわよ!
「……話が前後してしまいますが、どのような状況から、ルル皇太女との戦闘になったのでしょうか?」
ふくびきのことは、心の棚に上げておいて、聞き忘れていた疑問をぶつけてみる。
「たまたま手にした魔導書から、突風が巻き起こり、次の瞬間に、私は気絶してしまったようだ」
秋津洲少年は、護衛対象であるはずの内親王殿下をお守りできなかった失態を思い出し、血がにじむほど唇を噛みしめる。
「ルル皇太女~? 彼女が~。自分に力を示せと~。一騎打ちを申し出て~。返答も待たずに~。斬りかかってきた模様~?」
「不意を突かれたでしょうに、お身体に傷は見当たりませんでした。内親王殿下は、お強いのですね」
秋津洲少年に嫌味を言ってるんじゃないから、そんな渋い顔をしないでちょうだい!
「このような顔となり~。それでも~。許婚であるわたくしに~。尽くしてくれる~。正義のためにも~。わたくしは~。強くならねばと~。鍛錬を~」
なるほど、秋津洲の御曹司になら、内親王殿下が降嫁する話が出てもおかしくないわよね。
豚さんなお顔になってしまっても、内親王殿下に尽くす秋津洲少年は、心もイケメンだわ。
これは、損得勘定抜きで、助けてあげないとね!
「今夜から、この魔導書を読み解いていきます。何かわかったことがあれば、必ず、お伝え致します」
「一月に一度は、進展がなくとも、連絡がほしい」
「承知いたしました」
定期連絡も必要だろうから、引き受けておこう。
「では、我々は、現実世界へと戻ることとする。また会おう」
秋津洲少年が、内親王殿下の手を取り立ち上がると、二人の姿が消えてしまう。
「五十鈴ちゃん、ここって封印されたと思うんだけど、あんな出入りの仕方が出来るの?」
「貴族や王族の特権なのかもしれないね」
右衛門佐としての、職権なのかもしれない。
天上人の特権について、考えても仕方がないか。
「朔ちゃん、まだ時間があるなら、武具屋に行って、ふくびきを回しておいたほうが良いと思うよ。魔導書を持ち歩くなら、蜘蛛神天網の中と、現実世界の両方で使える装備が必要でしょ?」
ふむ。
あまり考えたくないけれど、武器や防具が必要になることもあり得るわね。
100回も回すなら、使い切れない武具が出てくるだろうし、余った分は、母上たちに預けて、天城軍で使ってもらえばいいし。
図書館からの、魔導書の持ち出しは、五十鈴ちゃんが、蜘蛛神さまの巫女としての権限で、特別に許可をもらってくれた。
こんな怪しい物を赤城城に持ち込むのは不味いから、あたしの夢の中に持っていけないかな?
帰ったら、試してみよう。
五十鈴ちゃんの案内で、商店街へ。
立派な店構えの大店もあれば、露天もありと、なかなかの活況ぶり。
人でも多く、五十鈴ちゃんの案内がなければ、武具屋を探すのに時間がかかったでしょうね。
五十鈴ちゃんが、この店の特等が凄いのよ! と豪語するので、ちょっと興味が湧いてきたわ。
むさ苦しい荒くれ者や、上品な身なりのおサムライが出入りする、ひときわ立派な武具屋の中へ、巾着袋を握りしめて、入っていった。
何が当たるのかしら?




