第三話 幼女、襲来
気が付くと、見慣れた天井が見えた。
ってか、あたしの部屋の天井じゃん!
腹筋の力だけで上半身を起こして、周囲を見渡す。
見慣れたタンス、本棚、鏡台、その他色々。
……どうやら、制服を着たままベッドで寝てしまったようね。
でも、あれは夢だったのかしら?
部屋の中には、邪気眼はいないみたい。
よかった、やっぱり今までのは、夢だったんだ。
ベッドを降りて、改めて部屋の中を見渡してみても、誰もいない。
時計を見てみると、デジタル表示の液晶画面は真っ暗。
電池切れかしら?
机の上に置いてある、スマートホンに手を伸ばしてみる。
……おかしい、電源が入らない。
あたしの部屋には、パソコンやテレビは置いていない。
腕時計を身につける習慣もないので、リビングにでもいくしかないかな。
これだけ部屋の中が不自然に静かだと、不安になって来るわね。
部屋の扉のドアノブに手をかける。
……おかしい、開かない?
鍵はかかってないはずなのに。
「泉かあさん! 響かあさん! 誰かいないの!」
不安から、大きな声で両親を呼んでしまった。
閉じ込められてしまったのかしら?
「朔ちゃん、そんな大声を上げては、はしたないわよ」
背後から、泉かあさんの声がする!
慌てて振り返ると、ベッドの上に、あたしがニヤニヤとイヤらしく笑いながら腰かけている。
あのイヤらしい目は、あたしではなく、【邪気眼】!
「あはははっ! どうだい? ボクの声帯模写は? 前世のキミの母親そっくりだったかな?」
がっくりと肩を落とすあたしを見て、耳障りな笑い声を上げる【邪気眼】。
なんだか、色々と疲れてしまって、怒る気力も湧かないわ。
「どうしたんだい? 黙り込んだりしちゃって? せっかく異世界に生まれ変わることが出来たんだよ? 素直に喜ぼうじゃないか」
【邪気眼】がパチンと指を鳴らすと、例の卓袱台が唐突に床の上に現れる。
卓袱台に載っているのは、モンブランと、マグカップに満たされた牛乳かしら?
「キミはモンブランを食べる時は、一緒に牛乳を飲んでたよね。疲れた時は、甘いものを食べると元気になれると思うよ」
突っ立ったまま、【邪気眼】を睨みつけていても、らちが明かないわね。
言われるがまま、卓袱台の前に正座して、マグカップの牛乳に口をつける。
牛乳のほのかな甘さが、口の中に広がる。
これだけ鮮明な味覚があるのに、ここはあたしが見ている夢の中なのかしら?
「正直な話、ボクも驚いたよ。まさかキミの新しい両親が、前世のキミの両親にそっくりだったのはね。まあ、名前と外見が似てるだけで、全く別の存在なんだけど。魂が違う。これは嘘じゃないからね」
フォークでモンブランを突きながら、邪気眼の発言を頭の中で反芻する。
「全く別の存在? じゃあ、他人のそら似ってわけ? 何故、あんなにピンポイントで、二人揃ってそっくりなのよ! 名前まで一緒だなんて、そんな偶然あるわけないでしょ!」
あたしの怒声を、【邪気眼】は聞き流している。
ちょっと、パクパクとモンブラン食べてないで、答えなさいよ!
「キミは死んでしまってから、短気になってしまったねえ。前世でもアレだったのに。そんなんじゃ、異世界に転生しても、モテないよん」
アレ呼ばわりされて、落ち込んでしまうあたし。
どーせあたしは、イロモノ枠でしたよ!
モンブランに噛みついてやる。
悔しいけど、美味しい。
牛乳を飲み直して、改めて邪気眼に向き直る。
「響と名乗る女性が、自分があたしの母親と名乗り、泉かあさんそっくりな女性が父親と名乗ったのよ。この世界では、同性間でも子供を作ることが出来るのかしら?」
何故、前世のあたしの両親が、泉かあさんと、響かあさんの女性二人なのか?
あたしは、人工多能性幹細胞を利用して作られた受精卵から産まれた、最初の人類だったのよね。
あたしを産んでくれたのは泉かあさん。
でも女性の響かあさんを「父さん」と呼ぶのもおかしいので、二人ともに「かあさん」と呼んでいたのよ。
二人の初めての子供だったから、太陰暦で、月のはじまりを意味する、朔と名付けられたのだけれど。
新人類壱号の意味もあったのかもしれない。
人工多能性幹細胞は、あたしたちの世界でも最先端の技術。
戦国時代から江戸時代程度の文明世界に存在するとは考えられない。
「魔術なんて使わなくても、この世界の『人類』は異性間だけでなく、同性間でも子供を作ることが出来るんだよ。日本人と、扶桑人とでは、身体の構造がかなり違うんだよ~」
同性間で、自然に子供を作れる『人類』?
そんなの、現実では有り得ない話だけれど、異世界なら有り得るのかしら?
あたしがあれこれ考えている間も、邪気眼の説明は続く。
「キミは今回、天城泉と、旧姓・愛鷹響の二人の女性から、天城朔として産まれたのさ。前世のキミの両親と似ているかもしれないけれど、本当に別人なんだ」
前世の響かあさんは、高雄家に養子縁組して、高雄姓になったのよね。
泉かあさんが、高雄家の一人娘だったから、後継ぎは手放せなかったわけで。
そして、生まれ変わったあたしの両親の名前は、天城泉と、天城響?
前世と似たような名前で、自分でも混乱してしまうわ。
「ちなみに、今のボクたちの会話は、日本語じゃなくて扶桑語だよ。胎児から赤ちゃんに育つ間に、ボクが与えた知識が身についてきたみたいだね。成長に伴い、これからも色々と『想い出す』ことになる。期待しててねん♪」
あたしの顔で、ウィンクして見せる邪気眼。
こんな奴に、頭の中をいじられたなんて。
言いなりになっていて大丈夫なのかなあ。
「前世にはこだわらずに、新しい人生を頑張りなよ。扶桑国には、日本人には想像できない脅威が存在するからね」
真顔になり、真剣な語り口になる邪気眼。
あたしを嘲笑していた相手とは思えないぐらいの豹変ぶりに驚いてしまう。
「キミに簡単に死なれては、ボクも困るんだよ。両親に守られるだけじゃなく、お姉ちゃんと一緒に両親を守るつもりの気概を持って欲しいかな」
お姉ちゃん?
今回のあたしは、一人娘ではなくて、お姉ちゃんがいるんだ。
でも、さっきは見かけなかったわね。
あたしの様子を見て、邪気眼は微苦笑を浮かべる。
「キミのお姉ちゃん、天城暁は、まだ二歳だからね。キミが目覚めた時は、お昼寝してたみたいだよん」
天城暁。
あたしのお姉ちゃん。
どんな子なのかしら?
一人娘だったから、お姉ちゃんが出来たのはちょっと嬉しいかも。
「ずいぶんと、あたしたちのことをよく観察してるわね。しかも、あたしがまだ知らないことまで、やたらと知ってるみたいだし」
「キミがみているものは、ボクもみてるし、キミがみてないものもよくみてるよ。人間と堕天使では、視野の高さも広さも、ケタが違うからねん」
こんなふざけた言動を繰り返していても、人智を超えた存在なのね。
こいつをどこまで信じていいのか、さっぱり見当がつかないけれど。
他に情報源が無い現状では、大人しく話を聞いておくしかないわね。
せめて、小学生並に成長したら、あたしがこれから暮らすことになる新世界について、自分でも調べる事が出来るようになるでしょうし。
「さて、キミもそろそろ、お目覚めの時間のようだね。ここはキミの魂がみてる夢の世界。寝てたらいつでも、ここに来ることが出来る。忘れてはいけないよ。この部屋は、とても大事な場所なんだ」
気が付いたら、まだ見慣れない天井が見えた。
どうやら、目が覚めたらしいわね。
人の気配を感じて、視線を向けると、あたしの寝床のバリケードのような何かに、しがみ付いている幼女が二人いた。
「朔ちゃんが、私を見てくれたわ! 朔ちゃん、私が貴女のお姉ちゃん、暁ちゃんだよ!」
などとかわいらしい声を上げる、金髪ツインテールの幼女が、暁お姉ちゃんのようね。
顔立ちには、響かあさんの面影があるかな。
二歳とは思えないぐらい、ませた話し方してるわね。
もう一人は誰かしら?
「私が貴女の主君となる赤城朝陽よ。以後、見知り置きなさい」
幼女から、文字通り上から目線の挨拶をされるなんて!
この子も金髪だけど……ドリルみたいな巻き毛なんて、はじめて見るわ。
幼女とは思えない、強い目力。
覇気のようなものを感じさせる。
幼女にして、既にタダモノじゃない雰囲気を醸し出してるわね。
でも、朝陽さま、赤ちゃんにそんな発言しても、普通は理解できないと思いますわよ。
「あら、この子、私たちのことを認識しているようよ。暁、貴方の妹は、将来有望かもね」
えらそーに、あたしのお姉ちゃんに話しかける朝陽さま。
この子も二歳ぐらいにしか見えないんですけど。
「恐悦、至極に存じます」
などと、かしこまって応じるお姉ちゃん……。
この世界の幼女って、随分とおませさんなのね。




