第三十五話 くっころ?
前傾姿勢になり、気配を殺しながら、アホ毛が指し示す書架の真上にたどり着いた。
床に本や巻物、粘土っぽい板状の何かが散乱している。
誰も居ないように見えるけど、満月を観想したあたしを誤魔化すことは出来ない。
アホ毛をくの字型に曲げ、闘気を集中させる。
「アホ毛ブーメラン!」
くの字型となったアホ毛が、縦回転しながら、弧を描いて飛んでいき、何もなかったはずの空間を切り裂き、あたしの頭上に戻ってくる。
……手がふさがっている時の切り札なんだけど、この姿は誰にも見せたくない。
抱きかかえている五十鈴ちゃんには、よく見えなかっただろうから、セーフよね?
アホ毛が切り裂いたそこには、黒い官服を身につけた豚頭と、露出過剰で、半裸にしか見えない鎧的な何か? を身につけた女騎士が、火花散らす戦闘の真っ最中。
女騎士は、怒涛の勢いで斬撃を繰り返し放つも、豚頭は足取りも軽く斬撃を躱し、鉄扇で女騎士の短剣を受け流す。
あたしが結界を解いたのに、二人共気がついてないのか、こちらに注意を払う余裕が無いのかしら?
おしゃべりする元気はもう無いのか、お互いに呼吸を荒げながら、黙々とぶつかり合ってるわね。
……どちらの味方をしたらいいのかしら?
先住の民に、豚獣人が存在するとは聞いたことがない。
なら、魔族なのかしら?
でも、あの官服は、扶桑国の宮廷貴族のものよね。
一方の女騎士は、よく見ると、頭には、歪んだ螺旋状の角が二本生えている。
しかも、どうやら足が蹄のように見える。
なら、彼女も魔族なのかしら?
「朔ちゃん、倒れた書架に誰かが下敷きになってるみたいよ」
五十鈴ちゃんの囁き声で、あたしも気がついた。
散乱した書物や書架の隙間から、青い官服を着た人影が。
「青い官服って、王族か、それに準ずる地位の人しか着ることを許されてなかったわよね?」
「その通りよ。あの人を助けてあげないと」
五十鈴ちゃんが守札を二人の頭上に投げつけ、祝詞を奏上すると、守札が破裂する。
破裂音を耳にした眼下の二人に、隙が出来た!
「電磁スパーク!」
「拘束せよ!」
アホ毛の先端から、雷属性の闘気を放射したのと同時に、破裂した守札から粘糸が網状に広がり、豚頭と女騎士を拘束。
さらに、放電を受けた二人は、大きく身体をのけ反らせて、粘糸にまみれながらバタリと倒れてしまった。
「朔ちゃん、やり過ぎじゃないの?」
「感電死しないように、手加減したわよ?」
天井からひらりと舞い降りると、あたしの腕の中から五十鈴ちゃんが飛び出し、青い官服目掛けて走りだす。
あっちは五十鈴ちゃんに任せて、あたしは目の前の惨状をどうしたらいいのかしら?
「くっ! キサマッ! 不意打ちとは、卑怯なり! 人間とは、畜生にも劣る存在だな! 恥を知れ!」
意識が残っていたのか、あたしに気がついた女騎士が罵声を浴びせてくる。
「不意を打たれたとはいへ~。わたくしを一方的に打ち倒すとは~。あっぱれ至極~。さは~。勝利者の権利を行使したまへ~」
豚頭は、顔に似つかぬ間延びした、ゆるい声を上げる。
「……勝利者の権利って? あたしは別に勝ったつも……」
豚頭は、あたしの台詞を遮り。
「姫を倒した~。悪漢は~。言葉には出来ないような~。辱めを~。野獣のように~。酒池肉林~?」
のんびりしてるようで、マイペースな豚頭ね!
姫って、この豚頭が?
よく見ると、官服に隠された身体は、女性らしい丸みを帯びてるけど、まだ子供よね。
豚頭の口上を聞いて、女騎士は真っ青から真っ赤へと顔色を激変させて。
「おのれ、おのれ、おのれ! 恥知らずな畜生め! 神聖な決闘を汚しただけでなく! 高貴な我を陵辱するつもりか! くっ、殺せ!」
「エロスはほどほどに~。野獣のように~。姫を辱めるなら~。先に殺して~。死体を好きにしたまへ~」
豚頭と女騎士の二人から、冷たい視線と、耳汚い言葉が飛んでくるけれど、負け犬の遠吠えなど気にしない。
一見、女騎士に見える彼女は、角と蹄を考慮すると、多分、魔族よね?
不意打ちしたのは間違いないけれど、ここまで言われる筋合いは無いと思うんですけど。
「で、殿下! ただいま、お助け致します!」
背後から掴みかかってきた、青い官服の手首をぬるりと絡めとり、相手の内側に身体を捌いて、肘関節を極めながら、相手をうつ伏せに押し倒す。
「失礼ね! あたしはまだ、七歳の子供なのよ?! えっちなことなんて、するわけないじゃない! バカじゃないの?! バカじゃないの?!」
「無礼者! そこのお方を、どなたと心得る!」
あたしに押し倒されて動けないまま、青い官服の少年が、怒りで赤くなった顔で咆哮する。
「どちらの、どなた様なの?」
「……くっ、殺せ! 死んでも、殿下の素性を、キサマなどに明かせるか!」
ふむ。
殿下ねえ。
素性は明かせないけど、青の少年より身分が上の豚頭は、扶桑王家の姫君なのかしら?
豚頭になってしまったのは、何か事情があるのかもしれないわね。
「三人とも、殺せ、殺せと、物騒ね」
【月光の聖域】と【月光の癒やし手】を同時に発動。
これで、結界と、癒やしの神通力で、全員を保護したことになるかな?
少年が驚いた隙に、あたしは身を離し立ち上がると、五十鈴ちゃんが駆け寄ってきた。
「あたしは、赤城国、天城領城代、天城青嵐の孫娘、天城朔。三人とも、名乗る名前があるのなら、堂々と名乗りなさい! あんたたちが身元を明らかにしたら、こちらも相応の礼儀で報いることを約束するわ!」




