第三十四話 中伝
天井と壁が微妙に傾いていて、平衡感覚がおかしくなる。
床も平らではなく、前後左右に少しずつ傾斜しているのよね。
歩いていて落ち着かないわ。
周囲に刻まれた複雑な文様と、意味不明な数式みたいな何かを目にすると眩暈がしてくる。
……ここって、本当に図書館なのかしら?
「随分と歩いた気がするけれど、すれ違う人が居ないわね」
「危険を冒してまで、物騒な本を読みたいなんて物好きは、めったに居ないのよ」
周囲の陰鬱な空気を吹き飛ばすように、快活な笑い声を上げる五十鈴ちゃんの度胸に敬意を。
居並ぶ書架を通り過ぎながら、なぜ、延々と歩き続けているのか?
あたしのアホ毛が、何かにビンビンと反応して、こっちへ行けと言わんばかりに、行き先を指し示してるのよ!
まだ見慣れないのか、五十鈴ちゃんは興味深げに、あたしのアホ毛にチラチラと視線を向ける。
「髪の毛に【蜘蛛神】さまの恩寵を受けているなんて、朔ちゃんが羨ましいわ」
「……事情を知らない人から見たら、不審で不気味なだけだと思うんですけど」
「身体に守護神さまの分け御霊が宿るなんて、よっぽどのことなのよ?! 巫女である私ですら授かっていのに!」
「五十鈴ちゃんは、本当に【蜘蛛神】さまを信仰してるのね」
「……永劫に続く転生の繰り返し。【蜘蛛神】さまへの信仰が、あたしの心の拠り所だったの」
五十鈴ちゃんは表情を隠すように、うつ向いてしまう。
譲ってあげても良いんだけど、その場合は、あたしはハゲ頭になるみたいだから、残念ながら譲れない。
五十鈴ちゃんは、前世では無神論者だったのに、異世界では信仰に目覚めるなんて、よっぽど苦労したんだろうなあ。
そんな五十鈴ちゃんのためにも、教頭先生の行方も探さないと。
日向家の経緯を聞いてから随分と時間が経過したけれど、教頭先生の消息に関する手がかりは、何も見つかってないのよね。
「古い本が並ぶ書架って、カビ臭いイメージがあったんだけど、ここはいろんな臭いがして、長居すると鼻がおかしくなりそうね」
意識して話題を変えてみると、五十鈴ちゃんが乗っかってくれた。
「……そうね。刺激臭がする書架や、甘ったるい香りがする書架があったり。帰ったらお香を焚いて、鼻をリフレッシュしたいわね」
ダンジョンのような雰囲気だけど、ここは図書館。
お化けやモンスターにばったり遭遇することもなく、軽口を叩きながらアホ毛の誘導に従って歩く。
「ここだけでも広いし、沢山本が……。止まって!」
アホ毛が指し示す方向から、禍々しい気配をビンビン感じる!
五十鈴ちゃんの手を引き、手近な書架に回り込んで身を隠す。
心の中に、満月を観想すると、途切れがちな話し声が向こう側から聞こえてくる。
「誰かが話をしているようだけれど、まっとうな相手ではなさそうね。お喋りな本でもいるのかしら?」
「……あんまり想像したくないんだけど、魔導書を使って悪魔的な何かを召喚しようとしてるのかも?」
「図書館って非致傷設定なのよね? なら、正気度にだけ注意していれば良いのかしら?」
「ここは、最悪の場合、書物を全部焼き払えるように、非致傷設定にはなってないわよ? 気を緩めてると、朔ちゃんが強くても、死んでしまうから、気をつけて」
そんな話、事前に聞いてないよ!
仮想現実世界の図書館が、なんでそんなに危険なのよ!
大声を出しそうになるけれど、隠れている意味がなくなるので、ぐっと我慢するあたし。
五十鈴ちゃんは、懐から、【蜘蛛神】さまの神紋が描かれた守札を取り出してみせる。
「あたしは朔ちゃんのように、モンスターと殴りあう度胸はないけれど、神通力と守札で、援護と自衛は出来るから。離ればなれになると、何があるかわからないから、私も連れて行って」
【月光の聖域】の中で待っていてもらおうかと思ったんだけど、機先を制されてしまった。
「わかったわ。奥に何がいるのか、それとも、何が在るのかわからないから、慎重に忍び寄ることにするわ」
ひょいっと五十鈴ちゃんの身体を、いわゆるお姫さまだっこで抱える。
「舌を噛まないように、口を閉じていてね。じゃ、行くわよ」
五十鈴ちゃんを抱きかかえたまま、壁に駆け寄り、三角飛びで天井に飛び移り、そのまま天井を走り始める。
流石に驚いたのか、五十鈴ちゃんが大きく目を開くけど、言いつけを守ってくれて、黙っていてくれる。
今のあたしは、九頭龍の中伝の認可を得ている。
中伝の奥義は、壁や天井も足場とし、重力に逆らって走り回る事を可能とする。
頭の上を抑えれば、初見の強敵とも有利に接触できる。
アホ毛が指し示す書架目掛けて、あたしは影も残さない勢いで走り続けた。
本日二回目の投稿です。
第三十三話を先に御覧ください。




