第三十一話 赤飯と青飯
これといった大きな収穫もなく二年の歳月が経過した。
朝陽さまと暁姉上は九才に、陽月さまとあたしは七歳になりました。
最後の七五三は、アホ毛の為に選択肢がなくなり、陽月さまと一緒に蜘蛛神さまの加護を得ることになってしまった。
二年の間は、朝陽さまたちに連れられて、様々な社交場に出入りしたり、お城で武術の鍛錬だけでなく、礼儀作法や茶道なんかも習ったりしたけれど。
茶道とは、前世から相性が悪いのよね。
茶碗を右から回そうが、左から回そうが、美味しくいただければ、どっちでもいいじゃないの!
鼻息を荒くした紅葉ちゃんと、葛城家や愛宕家に何度か出入りしたけれど、子供に見つかる隙を作るほど、愛宕は甘くはなかったみたい。
そもそも、この国の重鎮たちが、無能というわけでも無いはずなのだ。
大人たちが見抜けない何かを、あたしたちが見抜けるようになるには、まだ経験と力が足りないのでしょうね。
女神さまから急かされることもないので、じっくりとチャンスを待とう。
さて、本日は優陽さまと睦月さまご夫妻だけでなく、何故か、青嵐おじいさまと、泉母上と響母上まで揃って、夕餉を戴くことになりました。
見慣れない赤と青のお櫃には、豪華な金箔と繊細な彫り物が。
何かのお祝いなのかしら?
どちらのお櫃のご飯を食べたいか? と御殿女中に聞かれたので、とりあえず赤と青の両方を戴くことに。
朝陽さまと、暁姉上の二人は、選択の余地なく、赤飯(みたいな何か)と青いご飯を半分ずつ、茶碗に盛られております。
それぞれ、赤い豆と青い豆で、ご飯を着色しているようだから、赤いのはお赤飯で、青いのはお青飯とでも呼べば良いのかしら?
……。
お赤飯はともかく、なんで青いご飯があるの?
こんなの、初めて見るんですけど。
「朝陽と暁が、同じ日に初潮と精通を迎えるとは、これも乳姉妹の絆なのかもしれぬな」
とってもご機嫌な優陽さまのトンデモ発言に、思わず吹き出してしまいそうになるあたし。
……初潮は、女の子のアレよね?
……精通って、男の子のアレなんじゃないの?!
「朔や。何を百面相をしておる。今日は朝陽さまだけでなく、暁まで性徴のお祝いを、優陽さまが開いてくださったのだ。近侍となった以上、祝いの場ではそれらしく振る舞え」
青嵐お爺さまは、あたしにお説教しながらも、ご機嫌なご様子。
成長のお祝いってことは、この世界でも、女の子が初潮を迎えると、お赤飯でお祝いするのね。
では、青いご飯は何なのかしら?
男の子が精通を迎えると、青いご飯でお祝いするの?
でも、朝陽さまと暁姉上は、二人とも女の子だし。
……陽月さまは、あたしと同じ七歳だから、精通を迎えるにはちょっと早いわね?
百聞は一見に如かず。
わからないなら、質問した方がいいわね。
「青嵐お爺さま、大変失礼いたしました」
「よいよい、祝いの席で、儂もつまらん説教をしてしまった。許せ」
「ハハハッ。青嵐は固すぎるぞ。朔よ、お前はお前らしくあれば良い。今夜は身内しか集めておらぬゆえ、細かい礼儀など心配するでない。何か気になっておるのか?」
せっかくお声をかけて頂いたので、優陽さまにお尋ねしても良いのかしら?
「朝陽さまと暁姉上が、同時に初潮と精通を迎えたと耳にしましたが」
「うむ、その通りだ」
「朝陽さまと暁姉上は、二人とも女の子なので、初潮だけで、精通はないのではありませんか?」
あたしの素朴な疑問に、優陽さまの目が点になる。
……お殿さまをこんな顔にさせてしまうなんて、あたしったら、何か非常識な発言をしてしまったのかしら?
咳払いする青嵐お祖父様を片手で制して、優陽さまが。
「初潮と精通。これは男女問わず、片方、あるいは両方を成長とともに迎えることになるぞ。朔はまだ知らなかったのか。おぼこい娘よな。ハハハッ」
……。
……。
男女問わず?
片方、あるいは両方?!
すると、なに?!
朝陽さまと、暁姉上は、女の子なのに、雌しべだけでなく、雄しべがあるのか!
……よく考えてみたら、あたしの母親は響母上で、父親は泉母上なのに、暁姉上の母親は、泉母上で、父親は響母上。
つまり、両親は女性なのに、雌しべと雄しべを両方持っていたと。
あまり深く考えていなかったから、そこまで考えが至ってなかったわ!
朝陽さまの陽月さまのご両親である、優陽さまと睦月さまは、二人とも男性。
朝陽さまと陽月さまは、二人とも優陽さまが産んだと聞かされているから、優陽さまには雌しべがあるの?
……だって、どこから見ても男性じゃない!
男性の身体のどこに雌しべが生まれる余地があるの?!
いやいや、待て待て!
女性の身体のどこに、雄しべが生まれる余地があるのよ!
ソッチのほうが、もっとあり得ないでしょ!
……両親と暁姉上とは、何度も一緒にお風呂に入った経験がある。
三人のデリケートゾーンには、雌しべはあっても、雄しべなんて無かったじゃない!
「……朔、朔!」
気が付くと、朝陽さまが、あたしの隣に座っていて、右手の人差し指で、あたしの頬をつついていた。
「あら、やっと気がついたの? 凍りついた顔をして固まってしまったから、お父さまたちは医者を呼んでしまったわよ。大丈夫なの?」
「あ、はい。別に体調が悪くなったわけではありません!」
うわー、医者のキャンセルをお願いしないと!
朝陽さまが視線で促すと、御殿女中の一人がそそくさと立ち去る。
あ、朝陽さまに尻ぬぐいさせてしまった!
「うふふ、良いのよ。朔は本当に、見てて飽きないわね。あたしの中指がキュンと来ちゃったわ」
頬を染めて潤んだ瞳であたしの顔を見つめる朝陽さま。
……九才には見えないぐらい、艶っぽいといいますか……。
……中指?
そんなものが、キュンとするようなことってあるのかしら?
何気なく、朝陽さまの右手を見ると、手袋をしている。
……手袋なんて、朝陽さまが身につけてたことなんて、無かったわよね。
マジマジと、朝陽さまの右手をガン見してしまう。
「あら、朔。女の子の右手をそんなに凝視しちゃダメよ。もう、おませさんなんだから」
コロコロと笑う朝陽さまの笑い声が、耳に入らない。
まさか、まさか!
「朝陽さまが仰るとおりです。朔、はしたない真似は止しなさい」
真顔であたしにお説教を始めた暁姉上の右手にも、見慣れない手袋が!
手袋!
響母上と泉母上の二人も、いつも右手に手袋してた!
そして、中指?
この世界の女性の中指は、第二次性徴で、雄しべに変わる可能性があるってわけ?
あ、頭が痛くなってきたわ。
なんだか、気が遠く……。
「朔、しっかりしなさい!」
あたしを案じて下さる、朝陽さまの声が、なんだか遠く聞こえる。
あたしの中指は、雄しべになんてならないわよね?
だって、女の子に興味なんて無いんだもの!
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