第三十話 女神さまたちがみてる
紅葉ちゃんと話し合う機会を作ることが出来ないまま、昼餉の時間となってしまった。
「約束通り、姉上と一緒に、明日は梓の別邸にお邪魔するよ」
「陽月さま、ありがとうございます!、皆も来てくれるとありがたい!」
ようやく陽月さまから、宴への参加の確約を取り付け、梓さんは朗らかに笑みを端正な顔に浮かべる。
吹っ切れたためか、猫を被っていた頃よりも、肩の力が抜けているし、笑顔も可愛くなったわね。
「梓、私もお邪魔するよ。良いかな?」
「おう、凪も是非来てくれ! 大歓迎だ!」
梓さんよりも、いろいろな意味で吹っ切れてしまった鳥海さん改め、凪くんは、もう以前のように物おじしなくなった。
今日も、女物の着物を着てるのね。
……お母さまの形見の着物って何着あるのかしら?
「暁、朔、百合! お前たちも来てくれよな!」
どうも、明日は葛城の別邸に、有力武家の子息が大集合という流れになったわね。
愛宕百合がマガツカミの繋がりがある証拠を掴むように、神命を受けていることだし。
明日は、愛宕がどのような言動をするのか、それとなく観察していよう。
「愛宕の別邸で、来週に宴を催そうと考えているのですが、朝陽さまと陽月さまをはじめ、今、ここにいらっしゃる皆さんも遊びに来てくださいまし」
この流れでは、愛宕の誘いを断れるはずもなく、皆が快諾する。
「悲しいことがあったけれど、それでも私たちは未来を見て歩いていかなければならないのよ。梓と百合の宴で、赤城国の次代を担う者たちの交流を進展させたいわね」
朝陽さまの締めの言葉で、食堂での昼食会は終わり、各々、次の授業がある教室へ向かうことになった。
次の授業は、書道。
凪くんと、紅葉ちゃんと一緒になるわね。
「朔さん、不甲斐なかった私に、以前から声をかけてくれてありがとう。これからも、友だちでいてくれるかな?」
「もちろんよ! 凪くん、これからもよろしくね!」
凪くんと談笑しながら廊下を歩いているうちに、紅葉ちゃんと出くわした。
紅葉ちゃんは、凪さんにお辞儀をすると、あたしの横まで歩いてきて、そっと耳打ちをする。
「ここで話すより、夢の中のほうが良いわ。今夜もあたしは、修行に行くから」
なるほど。
幼年学校の中では、誰が聞き耳を立てているか分からないし、あたしの夢の中の部屋なら、少なくとも人間が盗み聞きするのは不可能よね。
「わかったわ。待ってるから」
あたしも小声で返答をすると、何でもないよ、とアピールするために、凪くんに笑顔で会釈してから教室に入った。
そして、放課後。
久しぶりに、あたしの隠れ家で男子会が始まりました。
本日は、新しいお客さんとして、凪くんが来ております!
……そうよね。
凪くんは男の子になったし、陽月さまが誘ってもおかしくないわよね。
凪くんをそっと見ると、萌黄色の可愛い女物の着物を着ている。
……男子会っていったいなんだっけ?
「球磨はお手柄だったな。凪の屋敷で、鼠族を撃退したそうじゃないか」
陽月さまの素直な賛辞に、球磨は、ぴんとしっぽを立てる。
球磨は喜んでる時は、しっぽを立てるのよね。
「わははっ! 鼠風情など、オレの敵じゃねえ! 二匹はぶっ殺したが、残りに逃げられちまった! コンチクショウ! 必ず見つけだして、鼠族は根絶やしにしてくれる!」
球磨は牙を剥き出しにして、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
……球磨の目の前には、皆と同じように白玉あんみつが置いてあるんだけどね。
この世界の猫族は、甘いものも食べられるらしい。
日本の白玉あんみつは、昭和の時代に入ってから考案されたはずなんだけど。
戦国時代から江戸時代風のこの異世界に、何故、存在するのかしら?
これも、日本からの転生者が、この世界にもたらした産物の一つなのかもしれないわね。
「私の守り刀を取り戻すことが出来たのは、球磨と葵のおかげだよ。本当にありがとう」
鳥海の別邸に侵入した鼠族と球磨が激しく戦う隙をついて、葵くんが守り刀を奪還したんだとか。
葵くんは武術の心得は無いけれど、神職の家柄ということもあり、紅葉ちゃんほどではないけれど、強い神通力を持っているらしい。
「僕には、まだ戦うすべがないけれど。【月光加持】で、うまく鼠族の意表をつくことが出来てよかったよ。【月の女神】さまに感謝しないとね」
「葵が言うとおり、【月の女神】の慈悲のおかげだ。皆で、感謝の祈りを捧げよう」
陽月さまにならい、皆で【月の女神】さまにお祈りする。
……右手が少し熱くなる。
女神さまったら、もしかして少し照れてる?
なんてことは無いわよね。
夕方の稽古からは、素手の格闘技の型稽古が中心だったけれど。
これも、当然、あたしは基礎は出来上がっているわけで。
皆の賞賛は、ただただ、むず痒く。
長浜師範を観察して、分かってしまったことがある。
大人と子供の体格差はあるけれど、あたしは闘気を身に纏う事ができる。
この世界では、闘気を身に纏う事ができるかどうかで、戦闘能力に圧倒的な差がついてしまう。
戦う意志を具現化した闘気は、身体能力を強化するだけでなく、強い闘気は、直接攻撃にも防御にも活用することが出来る。
魔族や魔物が存在するこの世界で、防具が比較的軽装なのは、身に纏った闘気が、半端な攻撃など跳ね返してしまうからなのだ。
闘気で身を守ることが出来るのなら、軽装で身軽になった方が、色々な意味で負担が軽くなる。
今のあたしでも、全力で戦えば、一本ぐらいは師範から取れそうだけど、そんな目立つことをするのは不味いわよね。
【月の女神】さまからは、あまり目立つなと言明されているわけで。
でも、しかし!
現実のあたしの全力全開が、今どの程度のものであるのか、発揮してみたくてうずうずする。
力をひけらかしたいわけじゃないの!
自分に何が出来て、何が出来ないのか把握することは、鍛錬を積む過程で重要なことなのよ!
稽古で身体を動かせるようになったのは嬉しいけれど、不完全燃焼気味になるわね。
トホホ。
今夜も、夢の中で修行で、女神さまにボコボコにされた。
足かせで拘束されて、逆立ちして戦うなんて、無茶ぶりが激しすぎる!
でも、必要なことらしいので、歯を食いしばって耐えたけれど、どうしたら良いのか、活路が見えてこない。
アホ毛でビー玉を掴む練習もしているのだけれど、ビー玉を掴む以前の問題で、そもそも、アホ毛がピクリとも動かない。
……本当に、自分の意のままに、このアホ毛を動かすことができるようになるのかしら?
紅葉ちゃんは、ごくごく基本的な型稽古から始めている。
全くの素人だから、あたしと扱いが違うのは当たり前よね?
でも、紅葉ちゃんは、女神さまから名前で呼んでもらえるのに、何故、あたしはメスブタ呼ばわりなのかしら。
修行が終わった後、あたしの部屋の中で、ようやく紅葉ちゃんと話し合うことが出来た。
あたしが、異世界からの転生者であること、そして複数の転生者が、あたし以外にも赤城国に存在すること。
愛宕家は、どうもマガツカミと繋がりがあるらしいこと。
紅葉ちゃんは、時々、顔色を変えながらも、あたしの説明を黙って受け入れてくれた。
愛宕の件は、紅葉ちゃんの逆鱗に触れたようで、自分も百合をぶっ飛ばしてやりたいと、気焔を上げていた。
あたしは、社交における駆け引きは苦手だから、紅葉ちゃんに、愛宕の調査を手伝ってもらえるのは、本当にありがたい。
彼女にあたしの秘密を明かしたことは、良かったことだと信じたい。




