第二十九話 長浜流
昨日は、色々とありすぎて、目が覚めても疲れが取れてない。
【月の女神】さまから、教わった情報を反芻してみる。
あたしが不本意な結婚をした結果、あたし自身か、あたしの子どもや子孫から【悪しき女神】が生まれるですって?
……今のあたしは、まだ結婚していないのに、この世界の【悪しき女神】は、いつ、どこで生まれたのかしら?
【悪しき女神】と戦うために、【月の女神】さまは、月と一緒にこの世界に現れたと言い伝えられているけれど……。
【月の女神】さまは、いつの時代のどこから、過去のこの世界にやってきたのかしら?
あたしの結婚次第で、【悪しき女神】か、それに匹敵する善性の存在が生まれるというのも、訳がわからない。
あたしが、女神なんかになれるとは、思えないし。
じゃあ、子供か子孫が女神になるのかしら?
【悪しき女神】は、九頭龍の使い手みたいだけど、誰から教わったのかしら?
【月の女神】さまから?
それとも、【月の女神】さまから教わった、あたし自身か、あたしの子孫とか?
考えれば考える程、頭の中が混乱するわね。
【色】の存在が、魔族を戦争へと駆り立てる原因になっているという情報は、使い方次第で、すごく有用だとは思うけれど。
……魔族の領土内に存在する【色】を、あたしと紅葉ちゃんでなんとかしないといけないなら、二人揃って魔族の領土内に侵入しないといけないわけで。
少なくとも今のあたしたちに、そんな無茶なことが出来るとは思えない。
高雄朔と、前世の家紋について、もっともらしい説明は受けたけれど。
【月の女神】さまは、異世界で暮らしていた前世のあたしについて、何をどこまでご存知なのかしら?
「……朔、朔! 起きなさい!」
暁姉上に、身体を揺さぶられて、目が覚めた?
あれ? 二度寝しちゃってた?
「朔。赤城城に出仕しながら、寝坊するとはどういうつもりかしら? 早く身支度をしなさい!」
暁姉上に一喝されて、飛び起きたあたしは着替えと身づくろいを始める。
手鏡片手に、頭の寝癖を直そうと櫛を入れるけれど、やはりアホ毛が直らない!
「朔! 身だしなみぐらい、ちゃんとなさい! お手本を見せるから、あたしの膝の上にあたまを乗せて!」
正座した暁姉上が、ポンポンと自分の膝の上を叩くので、寝そべりながら、頭を膝の上に乗せる。
「いあ! くとぅぐあ!」
【火焔加持】の祝詞で、暁姉上の右手が熱くなるって言いますか、熱い! 熱い! あたしのアホ毛から、ブスブスと煙が上がってるんですけど!
「あら、【炎の神】さまの神通力を使っても、やはりこの寝癖は直らないのね。どうしたものかしら」
「あ、暁姉上! あたしの寝癖の考察は、もう結構ですから! 熱いので、その燃える手のひらを、どけてください!」
「あら、二人とも、今朝はちょっと遅かったわね。明日からは、もう少し早く来るように。いいわね?」
「朔がなんだか焦げ臭いのだが。何かあったのか?」
暁姉上に連れられて、朝食を用意された部屋に入ると、朝陽さまも陽月さまも既にいらっしゃった。
……何度見ても、朝陽さまのドリルな巻き毛には圧倒されるわ。
どうやって、お手入れしているのか、いまだにさっぱりわからないんですけど。
「おはようございます。遅参につきましては、申し訳ございません。明日からは仰せの通りに、早めに参ります」
「朝陽さま、陽月さま。あたしの身支度が遅くて。申し訳ございません。以後、注意致します」
暁姉上は、あたしが原因で誰かにお叱りを受けることになっても、絶対にあたしのせいだとは弁明しない潔さがある。
精神年齢では、あたしの方が上のはずなんだけれど、人間としては、暁姉上のほうがよく出来ている。
自慢の姉上なのだ。
ただ、時々あたしを見る目つきが怪しくなるのは勘弁してほしいなあ。
四人揃ったので、御殿女中たちが、お膳に朝食を乗せて運んでくる。
「食べ始める前に、今日の予定を確認しておくわ。食事の後は、武術の朝稽古。軽く身体を動かしてから、幼年学校へ向かうわ。朔はまだ武術の手ほどきは受けていなかったわね?」
少なくとも、この異世界における現実世界では、武術に関わったことはない。
「朝陽さまのご指摘の通りでございます。あたしも、長浜流に入門できるのでしょうか?」
「そうね。私たちの近侍となったのですから、最低限の武術は身につけてもらうわ。いいわね」
「仰せのままに」
嘘はついてないんだけれど、真実を詳らかにしているわけでもなく。
後ろめたい気持ちがあるけれど、秘密を守るためには、どうしようもないわね。
お揃いの道着に着替え、やってきました、武道場。
いよいよ、現実のあたしも武術の鍛錬が出来る!
生まれ変わってから今日まで、かつて感じたことが無いほどの興奮!
やはり、あたしが生きる道は、武道の道しか無いわね!
「吾輩が、長浜嵐! 長浜流の師範である! 天城朔と言ったな? 青嵐の孫といえど、手加減はせんぞ! 守破離という言葉の通り、最初は吾輩の教える型を守り、いずれは型を自分流へと破り、ゆくゆくは型を離れて、己の武とは何か突き詰める。まずは、吾輩の指導に、我武者羅について参れ! 吾輩の許しなく、型を破ることは許さん! まずは徹底的に基本の型を、己の身体に刻みつけろ!」
武道場であたしたちを出迎えたのは、赤城城の武術師範である、長浜嵐どの。
長浜流の正統継承者の一人なんだとか。
武道家らしい、いかつい顔をした大男で、全身から、燃えるような闘気がゆらゆらと揺らめいている。
長浜流は、赤城国ではもっともポピュラーな総合武術であり、特に拘りがない武士は、とりあえず長浜流から武術の鍛錬を始めるんだとか。
武術の場合、他流派への入門は禁止されてしまうことが多いのだけれど、長浜流は、守破離の言葉に忠実で、師匠を超えたと認められたら、他流派への入門も許されるらしい。
そのようなゆるい教えから、最初は長浜流から武術を始めるのが一般的になったとか。
「剣術の基本は、素振りの呼吸法を身につけることから始まる! 吾輩が木刀を振るう姿を、まずはよく見ておけ」
どうやら、今朝の朝稽古は、あたしにあわせて下さるらしい。
ありがたいお話です。
長浜師範は、素振り用の木刀を構えると、基本に忠実な右上段からの素振りを繰り返す。
このあたりは、日本の剣術と大きな違いはないから、あたしもすぐに出来るわね。
「朔! しっかりと、吾輩の素振りの姿を見たか?!」
「はい! 拝見致しました!」
「では、どの程度、キサマの身体が出来上がっているのか見せてもらおう。見よう見まねで良い! 吾輩が見せたように、素振りを見せてみろ!」
子供用に軽く短く作られたらしい、素振り用の木刀を長浜師範から渡される。
握りしめて、木刀のバランスを確認してみるけれど、これなら問題なく、振るうことが出来そう。
「よし、では、はじめ!」
長浜師範の号令に合わせ、右上段からの素振りを始める。
木刀から聞こえる、風切音が心地よい!
ああ、やっぱり、素振りって最高だわ!
「よし、やすめ! 朔! キサマ、本当に素人か?! なかなか筋が良いぞ!」
長浜師範からお褒めいただくけれど、前世だけでも、軽く十万回以上、生まれ変わってからの夢の中の修行では、もはや数えきれないほど、素振りを繰り返していたわけで。
基本が出来なかったら、逆に恥ずかしいんですけど、事情を説明できない以上は、褒められて嬉しそうな顔をするしか無いわね。
「お褒めいただき、ありがとうございます!」
「うむ、鍛えがいがあって、吾輩も嬉しいぞ!」
あら、長浜師範ったら、笑うと可愛い感じになるのね。
全くの初心者であるはずの、あたしに合わせた稽古だったはずが、基本的な稽古は問題なくクリアしてしまうあたしの姿を見て、皆の眼の色が変わっていく。
「むう。見事なり! 朔! キサマには類まれな武の天凛があるように見えるぞ!」
「うふふ、朔が強くなってくれるなら、頼もしいわね」
「師範どのと、姉上がおっしゃる通りです。私も朔には負けておられませぬ」
口々にあたしを褒めそやしてくださるのだけれど、あたしは別に天才というわけじゃなくて、皆さんが知らない場所で、淡々と鍛錬を積んできただけなのです。
暁姉上は、あたしが褒められて、満更でもないご様子。
こ、この空気は、なんだかむず痒いわ!
稽古のペースをあたしに合わせる必要なし! と長浜師範のご裁断があり、夕方の稽古からはいつも通りになるとか。
着替え終わったら、幼年学校に登校することになるわけだけど。
紅葉ちゃんと、今後どうするのか、まずはきちんと話し合ったほうが良いわね。




