表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰がタメにサク、百合と薔薇  作者: 石橋凛
幼年学校編
32/78

第二十八話 神語り

 今夜の修行が終わったので、ようやく足かせから開放され、道場からあたしの部屋に戻ってきた。


 「……あんた、あれだけ女神さまから厳しくご指導を受けた後でも、終わってしまうとケロッとした顔をしてるのね。人知れず、ここまで厳しい鍛錬を積んでいたなんて、見なおしたわ」


 恐らく、あたしの一番の取り柄は、どんなに辛いことがあっても、辛い時間が過ぎてしまうと、萎えた気力も元通りになるところだと思う。

 武道は単調な訓練の繰り返すことで、少しずつ自分を磨いていく道だから、心身をどれだけ虐めても後に引きずらないあたしには、一番向いている道だと思う。


 「この程度で音を上げるようでは、オレサマの弟子の資格なし! どうした、紅葉もみじ。臆したか?」


 「滅相もございませぬ! 天城あまぎさんに負けぬよう、私も精進致します!」


 「いいだろう。では、右手をオレサマの前に差し出せ」


 紅葉もみじちゃんは跪くと、恭しく女神さまに右手を差し出す。

 女神さまが紅葉もみじちゃんの手のひらを指でなぞると、【月の女神】さまの神紋しんもんが浮かび上がる。

 歪んだ五芒星の内側に、赤く燃える炎の目。

 ……なんで、五芒星が歪んでるのかしら?


 「この神紋しんもんが入門のアカシだ。毎晩欠かさず拝め。さすれば、夢の中に、この部屋へと通じる扉が現れる。毎晩、修行のために、この部屋へ通うように」


 「ご神命、確かに拝命いたしました!」


 紅葉もみじちゃんは、あたしの部屋に直接やってこれるわけじゃないのか。


 「立ち話もなんですから、お茶の時間としませんか?」


 ちゃぶ台の上には、【蜘蛛神くもがみ】さまが淹れて下さったらしいお茶が入った湯呑が並んでいる。


 「じゃあ、僕はお茶菓子を用意するよ」


 【邪気眼じゃきがん】が、どこからともなく取り出した羊羹をナイフで切り分けて、小皿に一切れずつ乗せていく。


 【月の女神】さまが、ちゃぶ台の前に座ったので、あたしたちも続いて正座する。

 紅葉もみじちゃんは、あたしの隣りに座ったので、ちゃぶ台だとちょっと狭いわね。

 黒のアカシの力で、天城あまぎさくの幼女ボディへと変身する。

 座高がちょっと低くなるけれど、狭いよりは良いわよね。

 突然、変身したあたしを見て、紅葉もみじちゃんは、ギョッとした顔になり、あたしをマジマジと見つめる。


 「……あんたには、驚かされっぱなしね。自分から話してくれること以外のことは詮索しないわ。約束通り、女神さまへの弟子入りの口利きの話を叶えてくれてありがとう。感謝してるわ」


 「感謝されるほどのことじゃないわ。あんまり修行が厳しくて、紅葉もみじちゃんに恨まれるかもしれないしね。それより、いつまでも天城あまぎさんじゃなくて、さくとでも呼んで頂戴」


 「分かったわ。さく。これから、よろしくね」


 咳払いをして、【月の女神】さまが、皆の注目を自分に集める。


 「ナクアだけでなく紅葉もみじまでもがここにやってきたので、世界の現状について説明しておこう。【悪しき女神】とは何者なのか? 何故、魔族は人間との戦いを止めないのか? 人間には伝えられていない真実を話そう」

 

 唐突に、壮大な話を始める女神さまに、皆が一様に驚きの表情を浮かべる。


 「【悪しき女神】とは、天城あまぎさく。そこにいるメスブタが不本意な結婚をした結果、生まれた邪悪な存在だ。メスブタ本人なのか、メスブタの子供か、あるいは子孫なのか? 詳細はオレサマにも分からないが、原因となったのはメスブタの所業だ」


 「……ヌトスさん。そんなお話、今まで聞いてませんでしたわよ?」


 「誰もオレサマに質問しなかったからな。質問されなければ、オレサマが打ち明ける気になるまで、神々も知らなくて当然だろう」


 【蜘蛛神くもがみ】さまが、凄まじい眼光がんこうで【月の女神】さまを睨みつけるけれど、【月の女神】さまは涼しげな顔で受け流す。


 「女神さま、質問してもよろしいでしょうか?」


 あたしがおずおずと【月の女神】さまに切り出すと、続きを促すように、【月の女神】さまは頷き返してくださる。


 「あたしが、幸福な結婚をしないと世界が滅亡するというお話は、あたしが不本意な結婚をすると、未来に【悪しき女神】が生まれるからなのですか? 【悪しき女神】は大昔から存在したと聞かされておりますので、話に矛盾点があるのですが」


九頭龍くずりゅう神伝しんでん奥義おうぎは、時間を移動することが出来る。【悪しき女神】は、九頭龍くずりゅうの奥義を悪用し、この宇宙の過去に移動したのだ。だから矛盾はしない。メスブタが不本意な結婚をすると、もう一柱、この宇宙に【悪しき女神】が新たに生まれることになる。だから、メスブタに不本意な結婚をしてもらうと、この宇宙の皆が迷惑するのだ」


「では、さくさんにはお気の毒ですが、この場で死んでいただければ、【悪しき女神】が生まれることは無いのではなくて?」


 【蜘蛛神くもがみ】さまの物騒は発言に驚いて視線を合わせると……。

 や、やだ……。

 身体の震えが止まらない……。

 【蜘蛛神くもがみ】さまは、本気の殺意をあたしに向けている!


「落ち着け、ナクア。メスブタを殺せば問題が解決するなら、最初からオレサマがぶっ殺しているぞ。何故、メスブタの幸福な結婚を、オレたちが望むのか? 不本意な結婚から、悪の権化が生まれたのであれば、幸福な結婚からは、強力な善性の存在が生まれる可能性が高いからだ。敵の数を増やさずに、味方を増やす。オレサマと【悪しき女神】は、お互いの勢力を強化するために、メスブタを巡って駆け引きをしているのだ。だから、メスブタを勝手に殺してもらっては困るぞ」


 【月の女神】さまの説明を聞き、納得したのか、【蜘蛛神くもがみ】さまから放たれる殺気が消える。

 こ、殺されるかと思った。

 がっくりと、倒れそうになるあたしの身体を、慌てて紅葉もみじちゃんが支えてくれる。


 「ヌトスさんも時間を移動することが出来るのであれば、過去か未来の【悪しき女神】をどうにか出来ませんの?」


 「九頭龍くずりゅうは時空間を超えた攻撃が可能だが、当然、時空間を超えた返し技や防御技が存在する。オレサマと【悪しき女神】の力が拮抗している現状では、やるだけ無駄だ」


 時空間を超えた攻撃とか、トンデモないわね。

 ……あたしもいつか、そんな技を身につけることが出来るのかしら?

 紅葉もみじちゃんにお礼を言ってから、居住まいを正して、お茶をいただく。

 あったかくて、ほっとする。


 「説明を続けるぞ。魔族が何故、戦いを止めないのか? それは、【悪しき女神】が招き寄せた【いろ】に、魔族たちの領土が汚染されつつあるからだ。汚染された領土を放棄しつつ、人間の領土を奪わなければ、魔族は滅亡する。だから、【いろ】を排除することができれば、人間と魔族との講和は不可能ではなくなる。オレたち神々は、直接地上の事情に干渉することが出来ないから、メスブタと紅葉もみじが、【いろ】を何とかしてみせろ」


「【いろ】と言うのは、何者なんでしょうか? マガツカミですか? それとも、魔物か何かですか?」


 「ガス状の何かのように見えるが【いろ】には、実体じったいが無い。【いろ】が具体的に、どのような存在なのかは、オレサマにもわからん。わかっているのは、【いろ】に触れると、【いろ】と同じ色に染められて、変質してしまうことだ。マガツカミの中には、【いろ】に染められた元・神も存在する」


「神さままで変質させてしまう正体不明の何かを、人間が何とかすることが出来るのでしょうか?」


 あたしの質問に対して、【月の女神】さまは、凄いパンチで返答する。

 ……すごく、痛いです。


 「神の試練とは、出来るかどうかではない。やるか、やらないかの二択だけだと、何度も同じことを言わせるな!」


 敵の数は減らしたほうが良いのは、あたしにも理解できる。

 【いろ】を排除することができれば、魔族と話し合えるのであれば、貴重な情報なのは間違いない。

 誰に相談したら、良いのかしら?

 まだ、女神さまから教えてほしいことがある。

 殴られた頭を撫でさすりながら、痛みを我慢して、あたしは質問を続ける。


 「【悪しき女神】と、魔族の事情については、ご説明いただきました。他にも疑問があるのですが」


 女神さまが視線で続きを促す。


 「朝陽あさひさまと陽月ようげつさまが、あたしの前世の名前である、高尾たかおさくを知っていました。それだけでなく、前世の家紋かもんまで。これは何故でしょうか?」


 「メスブタの両親の加勢に出陣した時、オレサマが高雄たかおさくと名乗ったからな。その話が、二人にも伝わったのだろう。家紋については、メスブタに返したさやは、朝陽あさひの夢の中に、メスブタが置き去りにしたものを回収したものだ。朝陽あさひは、オレサマがさやを回収する前に、夢の中でさやに描かれた家紋かもんを見て覚えていたのだろう」


 「あの、女神さま……。何故、あたしの前世のフルネームを名乗られたのでしょうか?」


 あまりの話に驚きながらも、大声にならないように質問を続ける。


 「【悪しき女神】については、説明しただろう。天城あまぎさくは、極力目立たないほうが良いのだ。ならば、いっそのこと、高雄たかおさくに注目を集めたほうが良かろうと判断した。それに」


 女神さまは説明を打ち切ると、【蜘蛛神くもがみ】さまを睨みつける。


 「ナクアをこの部屋に入れてしまった以上、高雄たかおさくの名前は、いずれ知られてしまう。ナクアはお喋りだからな」


 【蜘蛛神くもがみ】さまは、おほほと微笑みながら、懐から取り出したおうぎで顔を隠してしまう。


 名前については、女神さまが名乗ってしまったのであれば、もうどうしようもないわね。

 ……でも、さや朝陽あさひさまの夢の中にあったのは、もう昔の話。

 朝陽あさひさまって、そんな昔のことまで詳細に覚えてるのかしら?


「もうすぐ、夜が明けてしまう。最後に、一つ忠告しておこう。九頭龍くずりゅうは、百年前の関西動乱かんさいどうらん失伝しつでんしている。正統継承者とその弟子たちは、全員戦死したのだ。現実世界で九頭龍くずりゅうの技を使うのであれば、紅葉もみじがオレサマから啓示を受けて技を知り、メスブタは紅葉もみじから教わったことにしておけ」


 「え? わ、私ですか?」


 突然、話を振られた紅葉もみじちゃんは、呆気にとられた顔で、素っ頓狂な声を上げてしまう。


巫女王みこおうの有力候補である、紅葉もみじが、オレサマから啓示を受けたと説明すれば、誰も疑問に思わないであろうし、紅葉もみじに箔が付く。天城あまぎさくは、極力目立たないほうが良いと忠告しただろう。失伝しつでんした九頭龍くずりゅうを復活させた功績は、紅葉もみじのものとせよ。これは、神命である」


 などと言われてしまうと、あたしと紅葉もみじちゃんは、黙って頷くしかない。


 「立派になったさくちゃんに、何時か僕から話そうと思ってたのにな~。いや~、残念だね~」


 ちっとも残念そうに聞こえない、【邪気眼じゃきがん】のボヤキを耳にしながら、あたしは夢の中の部屋から、現実へと覚醒した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ