第二十四話 花壇の誓い
「探すと申しましても……。何か、手がかりはございますでしょうか?」
「暁の懸念はもっともね。全く手がかりがないわけじゃないのよ」
朝陽さまは、懐から折りたたんだ紙を取り出して、開いて見せる。
紙に書かれているのは、【三日月に九曜】――前世のあたしの家の家紋が!
何故、朝陽さまが、これをご存知なのかしら?!
動揺する様を皆に見せないように、心のなかに満月を観じる。
うん、落ち着いた。
城主の間でも、ずっと満月を観じていたら、撫子の前で無様を晒さずに済んだかしら。
暁姉上は、朝陽さまから紙を受け取ると、額を右人差し指で突きながら、家紋をガン見する。
「……。私が記憶している範囲内では、このような家紋の武家は、扶桑には存在しなかったはずです。であるならば、高雄なる訪い人は、関西に縁があるのかもしれません」
暁姉上の口ぶりだと、全ての武家の家紋を記憶してるのかしら?
どんだけ、記憶力が良いのかしら。
頭に焼き付けるまで、家紋の記録を読み返してたのかしら?
この世界の武家も、戦場では旗印として、家紋を掲げるみたいだから、あたしも姉上を見習って勉強しないとダメだなあ。
「あたしからもよろしいでしょうか?」
挙手をして声を上げたあたしに、皆の視線が集まる。
「訪い人とか、関西という言葉に、聞き覚えがないのですが」
暁姉上は呆れてたと言わんばかりに、眉間にシワを寄せる。
お説教が始まるかしら、と身構えると、朝陽さまが助け舟を出してくださった。
「訪い人ではなく、マレビトと言えば、朔にもわかるかしら?」
マレビトと言うのは、聞いたことがあったかな。
他所からやってきて、幸運を連れてくる旅人のことだと、幼年学校で教わったような。
あたしの表情に納得の色が浮かんだのを確認したのか、朝陽さまが説明を続ける。
「マレビトは、この世界を旅する人間であったり、神さまであったりするのだけれど、訪い人は、異世界からやってくる存在のことを指すの。私たち扶桑人は、【月の女神】さまに招かれた、訪い人だという伝承もあるわね」
背中に冷や汗が浮かぶのを感じながら、心の中に満月を観じる。
めっちゃ、バレてるじゃない!
異世界から来た存在って、そのまんま、あたしが該当してるじゃないの!
「扶桑国を魔境から守る三関。これは、我が赤城国の東部にある不破関。周防国の北部にある不動関。石見国の西部にある不壊関。ここまではいいかしら?」
この三関には、防人と呼ばれる戦士たちが集結し、日夜、魔族と戦っていると教えられている。
「この中で、最も新しいのが不壊関で、建設されたのが百年前。それ以前は、石見国の西側に、敷島国、土佐国などの分国が存在したのだけれど、魔族との戦いで敗れた為、扶桑国の防衛線は、石見国に新設した不壊関まで後退したのよ。でも、亡国の民や、士族たちの生き残りがいるの。関の西側にいた人たちだから、彼らのことを関西人と呼んでいるのよ」
日本の関西人とは、まったく事情が異なるのね。
赤城国にも、関西人はいるのかしら?
「魔族から祖国を奪回するために、関西出身の士族たちは傭兵団を結成して、扶桑国内の各地で武を磨きながら機会を待っているのよ。扶桑国は広いから、関西と赤城では、風習もかなり異なるし、よく分かってないことも多いのよ。だから、見知らぬ家紋を持つ高雄は、関西に縁があるのではないかと、推測したの」
「手がかりが、この家紋一つでは、可能性を一つずつ検分していくしか、捜索のしようがございませぬ。今後は、関西についても、この暁が調査致します」
暁姉上が、頭がいいから、些細なきっかけで、あたしが高雄であることに、気がついてしまうかも。
これからは、暁姉上の視線には注意しないと危ないなあ。
「暁なら、そう言ってくれると思ってたわ。朔も頼んだわよ」
朝陽さまから、あたしも駄目押しされてしまった。
とほほ。
自分のことを探すふりをしないとダメなのね。
ボロを出さずに済むのかしら?
頭が痛くなってきたわ。
気が付くと、あたしたちの前に湯呑が並べられている。
いい香り。
「暁と朔も喉が渇いただろう。これを飲んで一服するとよい」
いつの間にか、陽月さまが、お茶を入れてくれてたみたい。
本当なら、あたしが気がついて、皆のためにお茶ぐらい入れないとダメよね。
周囲に甘えるだけじゃなくて、あたし自身がもっとしっかりしないと。
「夕方からは、桜花公園で、合同慰霊祭が催される。久しぶりに、凪も僕たちの前に顔を見せてくれるようだ」
「鳥海さんは、病気で寝込んでいたと聞いておりましたが、もう良くなったのですか?」
怨霊に襲われた夜から、鳥海さんは体調を崩してしまい、幼年学校を欠席し続けている。
紅葉ちゃんも、看病の為に、一緒に休んでたわね。
二人共、元気になったのなら良かった。
「凪も怨霊に襲われたところを、高雄に助けられたとか。凪からも、事情を聞かせてもらいたいわね」
あたしは、聞かせてほしくないなあ。
どうしよう。
どんどん、包囲網が狭くなってきてるような気がするんですけど。
「さて、ナイショ話は一先ずお終いよ。二人共、他言しないこと。良いわね」
朝陽さまの眼力に気圧されながら、素直に頷くあたし。
まだ幼いのに、これほどの眼力。
将来が頼もしくも恐ろしいわ。
「忙しくなる前に、二人に見せたいものがあるのよ。一緒にいらっしゃい」
朝陽さまと陽月さまに案内されたのは、下屋敷の裏にある花壇だった。
「僕と姉上の二人で、この花壇の花を育ててきたんだ」
花壇に咲く、色とりどりの花を見ながら、どこか誇らしげな顔を見せる陽月さま。
案内されるままに、花壇に近づくと、花の甘い香りが鼻孔を刺激する。
……地球の花とは似てるようで、ちょっと違うわね。
薔薇のような花も花壇に咲いてるけど、地球の薔薇はつる植物だから、他の植物に巻き付いていくんだけど、目の前に咲く薔薇のような花は、自立して咲いてるのよね。
「朔が見てる薔薇は、僕が最初に植えた薔薇だ。何事も初めてだと感慨深いものがあるな」
やっぱり薔薇なんだ。
赤い薔薇と白い薔薇が交互に咲き誇っている。
「薔薇の隣に咲いているのが、コオニユリね。これは、私が最初に植えた百合なの。綺麗でしょ」
陽月さまの花が、薔薇。
朝陽さまの花が、百合。
……深読みするのは止めておこう。
ドツボにはまる未来しか見えないじゃないの!
「赤城国は豊かではあるけれど、それでも荒れた土地はあり、貧しい人もいる。私は、この国をもっと豊かにして、貧しい人も花を愛でる心の余裕を持てる生活を与えたいの」
朝陽さまは、手にしていいた巾着袋を広げて見せてくれる。
これは、花の種なのかしら?
「私たちとともに、この国を花が咲き誇る恵み豊かな国へと導くことを誓うなら、種を一つ選び、花壇に植えなさい。もしも道を違えることがあっても、この花壇で花が咲き続ける限り、私たち乳姉妹の絆は続くでしょう」
暁姉上と共に、種を受け取ると、朝陽さまと陽月さまは、子供らしいはにかんだ笑みを見せてくれる。
四人で力を合わせれば、大きな何かを成し遂げることが出来そう。
ちょっとワクワクしてきたわね。
「今日からは、まず花壇の世話も手伝ってもらうわよ。これは、この国の未来を育てるための、第一歩と知りなさい!」
御殿女中が、昼餉の時間を告げに現れるまで、あたしたち四人は、土まみれになりながら無心で花壇の手入れをした。
今日のことを、あたしはきっと、終生忘れられないだろう。
これからは、満月だけでなく、この花壇も心のなかで観じたい。
タイトル回収のフラグ? その2




