第二十三話 アホ毛
「暁、朔。二人共、よく似合っているぞ」
今日から、あたしたち姉妹は、朝陽さまたちの近侍として、赤城のお城に出仕することが決まっている。
姉妹おそろいの布衣姿を見て、晴嵐お爺さまは目尻を下げて微笑んでいる。
「お爺さま、ありがとうございます。天城の名に恥じぬよう、与えられた責務に邁進致します」
暁姉上と一緒に、あたしもお祖父さまに頭を下げる。
「せっかくの晴れ姿だというのに、朔の寝癖は何とかならなかったのかしら?」
泉母上のため息と一緒に、皆の視線があたしの頭の上に集まる。
怨霊と戦った、あの一夜以来、あたしの頭の上にはアホ毛が一本、ぴょこんとそそり立つようになった。
霧吹きと【火焔加持】によるドライヤー? を使用しても、このアホ毛を倒すことが出来ない。
蜘蛛神さまの分け御霊の影響が、現実の肉体にも反映されてしまった結果なんだとか。
ただでさえ、髪の色がピンク色なのに、アホ毛だなんて!
あたしはアニメのヒロインかよ!
「最低限の身だしなみは出来ておるので、問題はなかろう。そろそろ城に参内することとしようぞ」
天城家当主である、青嵐お爺さまのお墨付きがあれば、泉母上も、これ以上文句をつけることはなく。
騎馬にて、赤城城へと向かうこととなった。
「朔を乗せて走るのは、今日が最後かもしれないね」
あたしは、響母上の前に、暁姉上は、泉母上の前に乗せられて、かっぽかっぽと馬上で揺られている。
馬上から見える景色は、いつもと違って。
城下町の中心部を通っているので、子供を連れて歩く親子連れ、忙しそうに歩く商人や職人たち。
戦うすべを持たない人たちを守ることが、あたしたち士族の務め。
元服前とはいえ、お城に出仕する以上は、公の場で母上たちに甘えられるのは、これが最後の機会になりそう。
背中に感じる、響母上の温もり、甘い香り。
今、この瞬間をずっと脳裏に刻みつけておこう。
守られているだけじゃ駄目だ。
大切な人たちは、あたしが守る。
「久しいな、暁。元服前とはいえど、流石は天城の嫡子。評判は我の耳にも届いておるぞ」
お殿さまである、赤城優陽さまの賞賛に、暁姉上は、深々と平伏することで応える。
「身に余る光栄に存じます。朝陽さまと陽月さまのお側役。大任ではございますが、身命を賭して承ります」
え、ええと。
あたしには、暁姉上みたいな、立派な口上は無理だなあ。
「い、以下、同文でございます。精一杯、頑張ります!」
やけくそ混じりに、我ながら適当な口上とともに平伏すると、優陽さまは爆笑、奥方さまの睦月さまは、コロコロと鈴の音がなるような笑い声を漏らす。
ここは、赤城城の城主の間。
出仕にあたり、お殿さまと奥方さまへのご挨拶のために、あたしも初めて入出を許された。
「はははっ! 朔の方が、年齢相応の反応で初々しいぞ! 我が子ながら、朝陽と陽月も、こましゃくれて可愛げがないからな! 朔よ、汝は、そのまま汝らしく健やかに成長せよ。無理に姉上に倣う必要はない。無礼を許す!」
「朔の可愛らしさを、朝陽と陽月に見習わせたいものですわ。二人共、弄りがいがなくて、物足りないのよ」
……今日からは、城内に寝泊まりし、朝陽さまと陽月さまのお側に侍るということは、当然のことながら、ご両親である、お二人と顔を合わせる機会が増えるわけで。
そうか、あたしは、睦月さまに弄られるポジションをゲットしたのか。
前世から、あたしはイロモノ枠を抜け出せないサダメなのかしら。
「話は変わるが、朔の髪の一房が、落ち着きなく動いておるな。先ほどから気になって仕方がない。汝ほどの神通力の持ち主には、身体に守護神の恩寵があらわれるとは聞いてはおるが……」
優陽さまにも、あたしのアホ毛に蜘蛛神さまの分け御霊が宿っているとは、想像の範囲内のようね。
「うふふ。先程から、朔どのの髪の毛。まるで、あたくしを指し示すような動きをしていますわね」
平伏するあたしの頭上で、愛宕撫子の笑い声が響く。
あたしのアホ毛は、蜘蛛神さまの説明では、人間を超えた存在に反応する、霊気アンテナになっているとか。
アホ毛がビンビンに反応してるってことは、撫子はマガツカミと深いつながりがある可能性が高いわけだけど。
初対面で、髪の毛が不審な動きをすると、警戒されちゃうじゃないの!
左手がうずくから、恐らくは地球からの転生者。
油断すると右手がパンチを放とうとするから、月の女神さまにも嫌われている。
……あたしに宿る人外の存在は、自重するということを知らないみたい。
城主の間で、国の重鎮に殴りかかったりしたら、とんでもないことになるでしょ!
「まことに、興味深いですわ。朔どのも、是非あたくしの屋敷まで遊びに来てくださいまし。百合も歓迎いたしますわ」
ほらっ!
一番怪しいヤツに、思いっきり目をつけられちゃったじゃない!
「二人共、面をあげよ。大人の時間はとりあえず、ここまでとしようぞ。朝陽と陽月も待ちわびていようからな」
「全くでございます。父上。暁と朔は、私の近侍となるのですから、優先権は、この朝陽と陽月にありますのよ。さ、暁、朔。こっちにいらっしゃい」
お殿さまから開放されたので顔を上げると、朝陽さまが珍しく拗ねたお顔をしている。
やっぱり、まだ子供らしいところもあるのね。
そんな朝陽さまを、陽月さまは柔らかい微笑みを浮かべながら見守っている。
「ここからは、僕たち子どもの時間だ。二人共、子供部屋に移動しよう」
陽月さまにも誘われて、あたしたち姉妹は、城主の間から抜けだした。
今日は夕方から、戦死者の合同慰霊祭が予定されているとか。
大人たちには、やらなければならないことが色々とあるはずよね。
お二人が生活する下屋敷の中には、子供専用の応接間もあるのだけれど、近侍となったためか、久しぶりに朝陽さまの私室へと案内された。
流石、一国のお姫さまのお部屋。
調度品は上品さを失わない範囲で豪華。
お香を焚いているのか、優しくていい香りもする。
「これからは、寝食を共にする仲になるのだから、気持ちを楽にして。でも、この私の近侍となったからには、父上より私たち姉弟の命令を重んじなさい。二人にしか明かせない秘事もあるの。良いわね?」
もともと乳姉妹という関係だったこともあり、いきなり腹心扱いみたいね。
「我が身は、朝陽さまと陽月さまに捧げております。何なりと、お申し付けください」
「あたしなりに、お二人のお力になることを、お約束致します」
あたしたち姉妹の顔を交互に見て、朝陽さまは満足気な笑みを浮かべる。
「では、早速だけれど。私たち姉弟を怨霊から助けてくれたのは、高雄朔という名の訪い人だと判明したわ。あれから、ずっと消息が分からなかったけれど、先日の戦さにも加勢してくれたそうなの。ここまでは、良いかしら?」
ちっとも良くないんですけど!
あたしは、高雄と苗字だけ名乗ったけれど、高雄朔という、前世のフルネームを名乗った覚えはない!
……どこから、フルネームが漏れたのかしら?
今夜は、女神さまたちと色々と話し合わないと。
「恩義を受けたまま、何も返礼できずにいるのは、僕としても納得がいかない。姉上とも話し合ったのだけれど、大人たちに任せきりにするのではなく、僕たちの手で探し出したいのだ」
陽月さまも珍しく、強い語調で決意表明してくれてるんだけれど。
……本人が目の前にいますって白状したら、【邪気眼】にどんな報復をされるのか、わからないのよね。
ほら、あたしを威嚇するように、左手がうずき出した!
表情筋を必死に動かして、笑顔を作ったつもりだけれど、内心では深々とため息を吐いた。
ああ、前途多難だわ。




