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誰がタメにサク、百合と薔薇  作者: 石橋凛
幼年学校編
24/78

第二十一話 夢棺

 「朔(さく)ちゃんが、お友達を家に連れてきたのは、初めてかしら?  お城に参内(さんだい)してて、お友達に会えなかったのは残念だわ」


 「鳥海(ちょうかい)家は、嫡子だった潮(うしお)君が夭逝(ようせい)していてね。近縁から養子を迎える話も出ていたようだけど、長女の凪(なぎ)さんが、新しい嫡子に決まったんだ。色々と気苦労も多いようだから、仲良くしてあげなよ」


 今夜は珍しく、家族揃っての夕食。

 夕食後は、両親揃って夢棺(ゆめひつぎ)に入って、【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】の中で兵士を指揮して、悪い夢の原因となる魔物の魂を浄化しに行くんだとか。

 【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】は、悪しき女神が封印されている【夢幻迷宮(むげんめいきゅう)】とも繋がっている。

 【夢幻迷宮(むげんめいきゅう)】から魔物の魂が漏れてきて、間引かないと現実世界に復活してしまうとか。

 各国の軍隊が持ち回り制で定期的に軍勢を出して、現実世界の魔物が増えすぎないように、【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】の中で、魔物の魂との戦争をしてるんだとか。

 定期的に間引いていても、全ての魔物の魂を倒すことが出来ず、現実世界に漏れてしまうので、この世界は魔物の総数が減らず、ちっとも平和にならないんだとか。


 「予定では、私と響(ひびく)さんは、明朝まで【夢棺(ゆめひつぎ)】に入ったままよ。私たちが帰ってくるまで、二人共良い子にしていてね」


「委細、承知致しました。母上方のお身体は、暁(あかつき)がお守り致します」


暁(あかつき)姉上と、両親の会話を聞いていると、本当に暁(あかつき)姉上が七歳なのか、すごく疑問を感じるんですけど。


泉(いずみ)母上たちが率いる軍勢は、赤城(あかぎ)城内の【夢棺(ゆめひつぎ)】から出撃するんだとか。

 有力武家の屋敷には【夢棺(ゆめひつぎ)】があるけれど、下級武士の自宅にはそんなものはないそうで。


 戦争に出征するとはいえ、身体は自宅の【夢棺(ゆめひつぎ)】にあるから、寂しくはないけれど、【夢棺(ゆめひつぎ)】の中にいる時は無防備になるから、文字通り留守中は、あたしたちが両親の身体を守らないとね。


 「魔物の魂との戦いというのは、どのように行われるのでしょうか?」


 「そう言えば、朔(さく)ちゃんには、【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】での戦闘について、説明したことがなかったわね。響(ひびく)さんとと日向(ひゅうが)博士の決闘は覚えてる?」


 「はい、あの時は日向(ひゅうが)博士が爆散したように見えましたが………」


 「人間同士の決闘は死者が出ないように、非致傷設定された闘技場で行われるの。本来なら死んでしまうような攻撃を受けても、闘技場なら大丈夫なのよ。ただし、あそこは例外。【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】の中での戦闘は、魂と魂のしのぎ合い。敗北すると月に召されてしまうの」


 「え? すると、母上方だけでなく、大勢の兵士の皆さんが生死をかけて戦争するのですか?」


 「そうよ。だって戦争なんですもの。命の遣り取りをする場所を、戦場と呼ぶのよ」


 前世の日本には、ネット上の仮想現実世界のゲームの流行が始まったけれど、死者が出るようなゲームなどあるはずもなく。

 【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】は、あたしが知る仮想現実世界と比べると、随分とハードなシロモノなのね。


 「武装などはどうするのですか?」


 【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】の中で使用することが前提になった武装が支給されるわ。蜘蛛神天網(くもがみてんもう)の中に、現実から持ち込めるのは、魂だけなのよ」


 「魂しか持ち込めないのに、どうやって武装を支給するのですか?」


 「一般的な武装は、国が各神社に供出(きょうしゅつ)を求めるの。特別な装備は、【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】内の戦闘での活躍に応じて、守護神から下賜(かし)されたり、遺跡内などから発掘される特別な武装は、現実世界でも、【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】の中でも使用することが出来るから、愛用の武器を現実から持ち込むこともあるわね」


 「私が持つ【風神の剣】は、風の神さまから下賜(かし)されたものだよ」


 響(ひびく)母上が懐から、木製の円筒を取り出す。

 これ、日向(ひゅうが)博士との決闘で使ってたものよね。


 「他にも、私は冒険者時代に遺跡から色々な装備を発掘しているから、私たち夫婦の装備は、かなり上質のものが揃っている。だから、心配はいらないよ」


 あたしの目をじっと見つめて、響(ひびく)母上が落ち着いた声で、あたしをなだめてくれる。

 あたしも、武芸者の端くれだ。

 両親が大丈夫、と宣言する以上は、余計な口は挟めない。


 「日向(ひゅうが)博士から、赤城(あかぎ)国に【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】で使用するための武装が献上されている。あの方は医療だけでなく、様々な技術に対して造詣が深いね。ありがたいことだよ」

 

 話題の日向(ひゅうが)博士たちは、自分たちの家を赤木(あかぎ)城下に構えてしまい、五十鈴(いすず)ちゃんは時々遊びに来るけれど、日向(ひゅうが)博士は仕事で忙しいらしく、滅多に姿を見せない。

 あの二人が夕食時にいないと、静かになってしまって、なんだか寂しいわね。



 【夢棺(ゆめひつぎ)】は、屋敷の地下室に並べられている。

 大きな白い繭(まゆ)のような形をしていて、繭(まゆ)から天井と床に向かって、無数の蜘蛛の糸が伸びている。


泉(いずみ)母上と響(ひびく)母上が、手のひらをそれぞれ自分の【夢棺(ゆめひつぎ)】にかざすと、ゆっくりと【夢棺(ゆめひつぎ)】に裂け目が広がり、この裂け目から中に入る。

 中に入ると、耳の穴の中に蜘蛛の糸が入り込み、これで接続完了になるんだとか。

 ……なぜ、耳の穴なのかよく分からないんだけど、扶桑(ふそう)人は頭の構造も、日本人とは大きく異なるのかもしれないわね。


 「では、行ってまいります。朔(さく)、そんな顔をしなくても大丈夫よ。貴女(あなた)の両親は、すっごく強いんだから」


 現代日本人の意識を引きずっているあたしとしては、戦争は身近なものではなく。

 二人を見送るたびに、どうしても不安が表情に出てしまうらしい。

 ……あたしも慣れないと、両親をかえって心配させてしまうわね。


 「「はい、存分に武威(ぶい)を振るいなさいませ」」


 暁(あかつき)姉上と声を揃えて、両親を見送る。

 両親の身体が、完全に【夢棺(ゆめひつぎ)】に包まれて、蜘蛛の糸が発光を始める。

 これで、二人の魂は、【蜘蛛神天網(くもがみてんもう)】の戦場へと送られた。


 「では、朔(さく)。寝る前に、少し私の部屋でお話しましょう」


 就寝前は、暁(あかつき)姉上の自室でお喋りをすることが習慣になっている。

 金髪ツインテールを揺らしながら、ずいずいと歩いて行く暁(あかつき)姉上の後を追い、部屋へと案内される。


 暁(あかつき)姉上の部屋は、綺麗に整頓された本棚が並んでいる。我が家には書庫もあるんだけれど、お気に入りの本は自室においてるんだとか。

 暁(あかつき)姉上は、まだ七歳なのに読書家なのだ。


 夜なのに、部屋の四方に設置された燭台(しょくだい)の明かりだけでも、十分な明るさ。

 この世界のろうそくは、地球のろうそくよりも、かなり明るいのよ。


 暁(あかつき)姉上が敷いてくれた座布団の上に、あたしもあぐらをかく。

 人前では正座しているけれど、寝室の中にいる時ぐらいは、あたしもリラックスした姿勢になるのよ。

   

 「凪(なぎ)殿も、秋月(あきづき)兄妹も、好ましい人柄だったわ。これなら、私たちの伴侶候補として合格点を出せるわね」


 「え、そこまであの三人を気に入ったのですか? ……でも、男の子は葵(あおい)君だけで、鳥海(ちょうかい)さんと紅葉(もみじ)ちゃんは、女の子なんですけど」


 「私は性別で選り好みしないのよ。朔(さく)が親しくしている相手なら、きっと姉妹で仲良く共有できると思うわ」


 ……暁(あかつき)姉上の不穏な発言に、眉をひそめるあたし。


 「何を変な顔をしているの? 姉のものは妹のもの。妹のものは姉のもの。姉妹で喜びも悲しみも分かち合うのは、当然のことでしょう?」


 暁(あかつき)姉上は、切れ長な瞳を輝かせながら、艶やかな唇からジャイアニズム宣言を吐き出す。

 ……あれ?

 姉のものが妹のものってことは、一方的にあたしが何かを取られるわけじゃないのか。

 でもなあ、なんで伴侶を姉妹で共有するのかしら?

 暁(あかつき)姉上が、何を言っているのか、さっぱり理解できません。


 「私が、朝陽(あさひ)さまの寵愛(ちょうあい)を受けるようになったら、必ず朔(さく)と朔(さく)の伴侶(はんりょ)も朝陽(あさひ)さまと一緒に可愛がってあげるから、安心しなさい」


 いやいやいやっ!

 ちっとも安心できないし!

 あたしは、普通に男性と結婚したいわけで!

 朝陽(あさひ)さまや暁(あかつき)姉上のハーレム? の一員になりたくないわけで!


……暁(あかつき)姉上は、大人びた、たおやかな微笑を浮かべてあたしを見つめているけれど、目つきがガチで妖しいんですけど。

 背中が嫌な汗で冷たくなってきた!

 文字通り、背筋が寒くなってきたわ!

 ………もしかして、あたしの結婚における最大の障害は、暁(あかつき)姉上なのかしら?

 

 逃げるように、あたしは自室へ戻って不貞寝した。






 「チィッ! 無粋な邪魔が入った! 今夜の稽古はここまで! これより、実戦訓練を開始する! メスブタは、直ちに出撃できるよう、準備しろっ!」

 

今夜も何時も通り、夢のなかの道場でボコボコにされていたあたしは、突然の実戦だの、出撃だのという物騒な女神さまの発言に仰天する。


 「……はい、喜んで」


 「今夜は、特別にメスブタの発言を許す! 現状をメスブタの部屋で説明するから、ついて来い! おい、駆け足だ! グズグズするな!」


あっという間に姿をかき消した女神さまの後を追い、夢のなかのあたしの部屋に戻ると、【邪気眼(じゃきがん)】がニヤニヤと嫌らしい笑顔で、三面鏡の中を覗き込んでいる。


「いやあ、これは面白い展開になってきたねぇ。朔(さく)ちゃんがどうするのか、興味深いねえ」


 などと、意味深なことをつぶやく邪気眼(じゃきがん)。


 「傾注ッ!」


 女神さまの号令に合わせて、自然に背筋を伸ばして、居住まいを正すあたし。


 「【夢幻迷宮(むげんめいきゅう)】に封印した、【双子のひわいなるもの】が寝ぼけてやがる。このままだと、メスブタの両親の部隊に襲いかかるぞ!」


 「【双子のひわいなるもの】って何ですか? 女神さまが警戒されるほどの強敵なんですか?」


 「大半の力を封印されたとは言え、この二柱は一端のマガツカミだ。不意を突かれたら、人間の部隊は全滅する」


 ……マガツカミって!

 全滅するって!

 助けに行かないと!

 で、でも、今のあたしが助けに行って、役に立つのかしら?


 「お楽しみは、それだけじゃないよん。 鳥海(ちょうかい)凪(なぎ)ちゃんが、怨霊に襲われてる。秋月(あきづき)紅葉(もみじ)ちゃんが防戦してるけど、あまり長く持たないだろうねえ」


 立て続けの凶報(きょうほう)に、どうしたら良いのか分からず、女神さまと【邪気眼(じゃきがん)】の顔を交互に見つめるあたし。


 「時間がないぞ。両親の助っ人に行くのか、友人を助けに行くのか。メスブタが選択しろ」


 「これは重要なフラグだよん。朔(さく)ちゃんの選択肢でルート分岐するからねん」


 ああッ!

 何がなんやら分からないけれど!

 まごまごしてないで、選択しないといけないのか!

 落ち着け!

 ……こんな時こそ、心のなかに満月を観想(かんそう)する。

 最良の選択肢を選ばないと!

11/7加筆しました。

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