第二十一話 夢棺
「朔ちゃんが、お友達を家に連れてきたのは、初めてかしら? お城に参内してて、お友達に会えなかったのは残念だわ」
「鳥海家は、嫡子だった潮君が夭逝していてね。近縁から養子を迎える話も出ていたようだけど、長女の凪さんが、新しい嫡子に決まったんだ。色々と気苦労も多いようだから、仲良くしてあげなよ」
今夜は珍しく、家族揃っての夕食。
夕食後は、両親揃って夢棺に入って、【蜘蛛神天網】の中で兵士を指揮して、悪い夢の原因となる魔物の魂を浄化しに行くんだとか。
【蜘蛛神天網】は、悪しき女神が封印されている【夢幻迷宮】とも繋がっている。
【夢幻迷宮】から魔物の魂が漏れてきて、間引かないと現実世界に復活してしまうとか。
各国の軍隊が持ち回り制で定期的に軍勢を出して、現実世界の魔物が増えすぎないように、【蜘蛛神天網】の中で、魔物の魂との戦争をしてるんだとか。
定期的に間引いていても、全ての魔物の魂を倒すことが出来ず、現実世界に漏れてしまうので、この世界は魔物の総数が減らず、ちっとも平和にならないんだとか。
「予定では、私と響さんは、明朝まで【夢棺】に入ったままよ。私たちが帰ってくるまで、二人共良い子にしていてね」
「委細、承知致しました。母上方のお身体は、暁がお守り致します」
暁姉上と、両親の会話を聞いていると、本当に暁姉上が七歳なのか、すごく疑問を感じるんですけど。
泉母上たちが率いる軍勢は、赤城城内の【夢棺】から出撃するんだとか。
有力武家の屋敷には【夢棺】があるけれど、下級武士の自宅にはそんなものはないそうで。
戦争に出征するとはいえ、身体は自宅の【夢棺】にあるから、寂しくはないけれど、【夢棺】の中にいる時は無防備になるから、文字通り留守中は、あたしたちが両親の身体を守らないとね。
「魔物の魂との戦いというのは、どのように行われるのでしょうか?」
「そう言えば、朔ちゃんには、【蜘蛛神天網】での戦闘について、説明したことがなかったわね。響さんとと日向博士の決闘は覚えてる?」
「はい、あの時は日向博士が爆散したように見えましたが………」
「人間同士の決闘は死者が出ないように、非致傷設定された闘技場で行われるの。本来なら死んでしまうような攻撃を受けても、闘技場なら大丈夫なのよ。ただし、あそこは例外。【蜘蛛神天網】の中での戦闘は、魂と魂のしのぎ合い。敗北すると月に召されてしまうの」
「え? すると、母上方だけでなく、大勢の兵士の皆さんが生死をかけて戦争するのですか?」
「そうよ。だって戦争なんですもの。命の遣り取りをする場所を、戦場と呼ぶのよ」
前世の日本には、ネット上の仮想現実世界のゲームの流行が始まったけれど、死者が出るようなゲームなどあるはずもなく。
【蜘蛛神天網】は、あたしが知る仮想現実世界と比べると、随分とハードなシロモノなのね。
「武装などはどうするのですか?」
【蜘蛛神天網】の中で使用することが前提になった武装が支給されるわ。蜘蛛神天網の中に、現実から持ち込めるのは、魂だけなのよ」
「魂しか持ち込めないのに、どうやって武装を支給するのですか?」
「一般的な武装は、国が各神社に供出を求めるの。特別な装備は、【蜘蛛神天網】内の戦闘での活躍に応じて、守護神から下賜されたり、遺跡内などから発掘される特別な武装は、現実世界でも、【蜘蛛神天網】の中でも使用することが出来るから、愛用の武器を現実から持ち込むこともあるわね」
「私が持つ【風神の剣】は、風の神さまから下賜されたものだよ」
響母上が懐から、木製の円筒を取り出す。
これ、日向博士との決闘で使ってたものよね。
「他にも、私は冒険者時代に遺跡から色々な装備を発掘しているから、私たち夫婦の装備は、かなり上質のものが揃っている。だから、心配はいらないよ」
あたしの目をじっと見つめて、響母上が落ち着いた声で、あたしをなだめてくれる。
あたしも、武芸者の端くれだ。
両親が大丈夫、と宣言する以上は、余計な口は挟めない。
「日向博士から、赤城国に【蜘蛛神天網】で使用するための武装が献上されている。あの方は医療だけでなく、様々な技術に対して造詣が深いね。ありがたいことだよ」
話題の日向博士たちは、自分たちの家を赤木城下に構えてしまい、五十鈴ちゃんは時々遊びに来るけれど、日向博士は仕事で忙しいらしく、滅多に姿を見せない。
あの二人が夕食時にいないと、静かになってしまって、なんだか寂しいわね。
【夢棺】は、屋敷の地下室に並べられている。
大きな白い繭のような形をしていて、繭から天井と床に向かって、無数の蜘蛛の糸が伸びている。
泉母上と響母上が、手のひらをそれぞれ自分の【夢棺】にかざすと、ゆっくりと【夢棺】に裂け目が広がり、この裂け目から中に入る。
中に入ると、耳の穴の中に蜘蛛の糸が入り込み、これで接続完了になるんだとか。
……なぜ、耳の穴なのかよく分からないんだけど、扶桑人は頭の構造も、日本人とは大きく異なるのかもしれないわね。
「では、行ってまいります。朔、そんな顔をしなくても大丈夫よ。貴女の両親は、すっごく強いんだから」
現代日本人の意識を引きずっているあたしとしては、戦争は身近なものではなく。
二人を見送るたびに、どうしても不安が表情に出てしまうらしい。
……あたしも慣れないと、両親をかえって心配させてしまうわね。
「「はい、存分に武威を振るいなさいませ」」
暁姉上と声を揃えて、両親を見送る。
両親の身体が、完全に【夢棺】に包まれて、蜘蛛の糸が発光を始める。
これで、二人の魂は、【蜘蛛神天網】の戦場へと送られた。
「では、朔。寝る前に、少し私の部屋でお話しましょう」
就寝前は、暁姉上の自室でお喋りをすることが習慣になっている。
金髪ツインテールを揺らしながら、ずいずいと歩いて行く暁姉上の後を追い、部屋へと案内される。
暁姉上の部屋は、綺麗に整頓された本棚が並んでいる。我が家には書庫もあるんだけれど、お気に入りの本は自室においてるんだとか。
暁姉上は、まだ七歳なのに読書家なのだ。
夜なのに、部屋の四方に設置された燭台の明かりだけでも、十分な明るさ。
この世界のろうそくは、地球のろうそくよりも、かなり明るいのよ。
暁姉上が敷いてくれた座布団の上に、あたしもあぐらをかく。
人前では正座しているけれど、寝室の中にいる時ぐらいは、あたしもリラックスした姿勢になるのよ。
「凪殿も、秋月兄妹も、好ましい人柄だったわ。これなら、私たちの伴侶候補として合格点を出せるわね」
「え、そこまであの三人を気に入ったのですか? ……でも、男の子は葵君だけで、鳥海さんと紅葉ちゃんは、女の子なんですけど」
「私は性別で選り好みしないのよ。朔が親しくしている相手なら、きっと姉妹で仲良く共有できると思うわ」
……暁姉上の不穏な発言に、眉をひそめるあたし。
「何を変な顔をしているの? 姉のものは妹のもの。妹のものは姉のもの。姉妹で喜びも悲しみも分かち合うのは、当然のことでしょう?」
暁姉上は、切れ長な瞳を輝かせながら、艶やかな唇からジャイアニズム宣言を吐き出す。
……あれ?
姉のものが妹のものってことは、一方的にあたしが何かを取られるわけじゃないのか。
でもなあ、なんで伴侶を姉妹で共有するのかしら?
暁姉上が、何を言っているのか、さっぱり理解できません。
「私が、朝陽さまの寵愛を受けるようになったら、必ず朔と朔の伴侶も朝陽さまと一緒に可愛がってあげるから、安心しなさい」
いやいやいやっ!
ちっとも安心できないし!
あたしは、普通に男性と結婚したいわけで!
朝陽さまや暁姉上のハーレム? の一員になりたくないわけで!
……暁姉上は、大人びた、たおやかな微笑を浮かべてあたしを見つめているけれど、目つきがガチで妖しいんですけど。
背中が嫌な汗で冷たくなってきた!
文字通り、背筋が寒くなってきたわ!
………もしかして、あたしの結婚における最大の障害は、暁姉上なのかしら?
逃げるように、あたしは自室へ戻って不貞寝した。
「チィッ! 無粋な邪魔が入った! 今夜の稽古はここまで! これより、実戦訓練を開始する! メスブタは、直ちに出撃できるよう、準備しろっ!」
今夜も何時も通り、夢のなかの道場でボコボコにされていたあたしは、突然の実戦だの、出撃だのという物騒な女神さまの発言に仰天する。
「……はい、喜んで」
「今夜は、特別にメスブタの発言を許す! 現状をメスブタの部屋で説明するから、ついて来い! おい、駆け足だ! グズグズするな!」
あっという間に姿をかき消した女神さまの後を追い、夢のなかのあたしの部屋に戻ると、【邪気眼】がニヤニヤと嫌らしい笑顔で、三面鏡の中を覗き込んでいる。
「いやあ、これは面白い展開になってきたねぇ。朔ちゃんがどうするのか、興味深いねえ」
などと、意味深なことをつぶやく邪気眼。
「傾注ッ!」
女神さまの号令に合わせて、自然に背筋を伸ばして、居住まいを正すあたし。
「【夢幻迷宮】に封印した、【双子のひわいなるもの】が寝ぼけてやがる。このままだと、メスブタの両親の部隊に襲いかかるぞ!」
「【双子のひわいなるもの】って何ですか? 女神さまが警戒されるほどの強敵なんですか?」
「大半の力を封印されたとは言え、この二柱は一端のマガツカミだ。不意を突かれたら、人間の部隊は全滅する」
……マガツカミって!
全滅するって!
助けに行かないと!
で、でも、今のあたしが助けに行って、役に立つのかしら?
「お楽しみは、それだけじゃないよん。 鳥海凪ちゃんが、怨霊に襲われてる。秋月紅葉ちゃんが防戦してるけど、あまり長く持たないだろうねえ」
立て続けの凶報に、どうしたら良いのか分からず、女神さまと【邪気眼】の顔を交互に見つめるあたし。
「時間がないぞ。両親の助っ人に行くのか、友人を助けに行くのか。メスブタが選択しろ」
「これは重要なフラグだよん。朔ちゃんの選択肢でルート分岐するからねん」
ああッ!
何がなんやら分からないけれど!
まごまごしてないで、選択しないといけないのか!
落ち着け!
……こんな時こそ、心のなかに満月を観想する。
最良の選択肢を選ばないと!
11/7加筆しました。




