第二十二話 Hello,World
女神さまと【邪気眼】が、あたしを見つめて返答を待っている。
………選べとは言われたけど、二者択一だとは言われてないわよね。
「では、あたしが鳥海さんたちを助けに行く間、女神さまが母上たちの救援に向かってください。鳥海さんの安全を確保した後、あたしも急いで戦場に駆けつけます」
「ほう、オレをパシリに使おうってのか!」
女神さまが獰猛な笑みを浮かべるけど、怒っているようには見えない。
むしろ、面白がっているのかしら?
「次期、巫女王の有力候補である、紅葉ちゃんの救出、マガツカミとの戦闘。どちらも女神さまと利害が一致しているのではないでしょうか? 未熟者のあたしが、全てを救うなどと大言壮語は出来ません。お力添えをお願い致します」
スカートの裾を払ってから、女神さまに平伏する。
「フンッ! いいだろう! 今回は、メスブタの口車に乗ってやる! だが、紅葉の戦場と、キサマの両親の戦場。距離が離れているが、どうやって行き来するつもりだ?」
思わず、顔を上げて、女神さまと【邪気眼】の顔色をうかがうと、女神さまはムスッと不機嫌な顔。
【邪気眼】は目をそらして、口笛を吹き始めた。
「堕天使のボクが、いつも朔ちゃんを助けてあげるわけ無いじゃーん。紅葉ちゃんと自分の両親の両方を助けたいなんて、朔ちゃんってば、欲張りすぎだよん」
ぐぬぬっ!
泣き落としなど通用しそうにないし、早く決断して行動しないと、きっと間に合わない!
「供物として、女の命である、あたしの髪の毛を捧げます! これで新しいご加護を!」
腕が供物として認められるなら、髪の毛だってきっと!
みんなを助けに行けるなら、生涯、髪の毛と縁がなくなってもいい!
縋るように女神さまを見つめると、不機嫌な顔のまま。
「メスブタの髪の毛になど、オレサマは興味など無い! メスブタ………」
「あら、では、あたくしが頂戴することにいたしますわ」
女神さまの口上を遮りながら、あたしの目の前に割って入る白い影。
巫女装束に、床まで届く、艶やかな長い黒髪。
たまご型の美しい顔立ちだけど、両目以外に、こめかみにも目が複数ある!
そして、この神威!
「はじめまして、天城朔さん。あたしくの庭先で、随分と面白いことをなさっているのね。ずっと興味深く拝見しておりましたわ」
コロコロと鈴の音が鳴るような声で笑う女神さま?
どこの、どなたなのかしら?
「あたくしは、ナクア。【蜘蛛神】ですわ。貴女の髪の毛を供物として捧げるなら、あたくしの加護を与え、【蜘蛛神天網】内部の自由な移動を許可しましょう」
「ナクア、コイツは、オレのパシリだ! オマエはオマエのツトメがあるだろう!」
「あら、ヌトスさんだけが独占するなんてズルいですわ。あたくし、とっても多忙ですのよ。こんなに便利に使えるお嬢さん、あたしにも利用させてくださいまし」
頭上で、不穏な応酬を始める女神さまたち。
【蜘蛛神】さまは、【蜘蛛神天網】の中でなら助けてくださるのか!
【邪気眼】は、機嫌が悪そうに舌打ちをする。
「捧げます、捧げます! 是非、蜘蛛神さまのご加護を、この天城朔に!」
「では、その髪の毛、ありがたく頂戴しますわ」
【蜘蛛神】さまは、無造作にあたしの髪の毛をわしづかみにして、思い切り引きちぎる!
痛い!
痛い!
痛い!
あまりの痛みに、頭を抱えると………。
あれ、髪の毛があるじゃないの。
「あたくしのわけ御霊を、貴女の頭皮に宿しました。あたくしの加護を受ける間は、髪に不自由することはありません。でも、裏切ったら、生涯ツルッパゲにしてしまいますわよ」
ツルッパゲになんて嫌すぎるけど、駄々をこねてられる状況ではなく。
素早く立ち上がり、スカートの裾を払ってから、深々と【蜘蛛神】さまにお辞儀する。
「貴女が助けたい人たちのことを、強く心に思い浮かべなさい。どうしたら、そこへ【跳躍】できるのか、把握できるはずですわ」
調息して、目を閉じる。
視える!
鳥海さんと紅葉ちゃんが、お互いをかばい合う姿が!
無数の異形に囲まれながらも、奮戦する母上たちの姿が!
「フンッ! ナクアの手前、今回は手伝ってやる。オレサマが全部片付ける前に、駆けつけろよ!」
そう言い残すと、姿をかき消してしまう女神さま。
あたしも、三面鏡の中に飛び込んだ!
怨霊の頭上に舞い降りて、足刀で首筋を狙う!
突然現れたあたしの姿に動じることなく、怨霊はバックステップで回避して、あたしとの間合いを取る。
「 カカカッ! 久しいな! 小娘! やはり貴様が邪魔立てするか!」
ざんばら髪に、蝋人形のような肌。
朝陽さまを襲撃した時の怨霊か!
「何者! 凪さまには指一本触れさせないわよ!」
【月光の聖域】を展開し、鳥海さんの前に立ちはだかる紅葉ちゃん。
汗ばんだ顔には、疲労の影が見える。
「【共振】で、あたしの神通力を分けてあげる。好きなだけ力を引き出していいから、鳥海さんを守りなさい!」
【共振】というのは、汎用的な神通力で、同じ守護神を持つ者同士の精神力を分け合う神通力。
「これは、凄い神通力! あなたは、月の女神さまの使徒なのね! 援護するから、一緒に怨霊を倒してちょうだい!」
あたしから流れ込む神通力で、紅葉ちゃんにはあたしが【月の女神】の加護を持つことを理解できたみたい。
このやり取りの間も、怨霊の様子を窺っているけれど、怨霊の眼窩に揺らめく青い炎の輝きが、あたしを射すくめる。
こいつ、あの時より強くなってる!
ここは多分、鳥海さんの夢の中のはずだけれど、怨霊の影響で悪夢となっているのか、周囲は朽ち落ちた木々、足元はぬめりとぬかるんでいて、腐臭がする。
「さあ、殺し合おうか! 貴様への復讐! どれほどこの時を渇望していたことか! その素っ首を斬り落としてくれようぞ!」
猿声を上げながら怨霊が振り下ろす太刀に合わせ、あたしも守り刀を鞘から抜き、刃を合わせて受け流す。
目の前で、火花がちらつく。
そのまま、刃を滑らせながらスルリと間合いを詰めて、首筋を狙い、刃を翻す。
浅かった!
あたしの斬撃は、怨霊の首筋に食い込んだけれど、泡を食った怨霊が蹴りを放つので、あたしも怨霊の腹を蹴りつけて、間合いを取り直す。
闘気を帯びた、あたしの蹴りは効いているようね。
怨霊の甲冑に、大きなヒビが入ってる!
「馬鹿な! 貴様のその力、まるで別人ではないか!」
「あたしだって、これまでの四年間、遊んでいたわけじゃないのよ!」
歩法こそが、九頭龍の基本にして、奥義。
多少の足場の悪さなど、今のあたしには、全く障害にならないのよ!
鳥海さんたちに怨霊を近づけないように牽制しながら、斬撃の応酬を繰り返すけれど、鍔迫り合いなんかに付き合ってあげない。
刃を合わせるたびに、するりと刃を滑らせて間合いを詰めて、首筋と手首を狙い、白刃を打ち込む。
この怨霊は、以前より強くなってるかもしれないけれど、あたしが毎日ボコボコにされてる女神さまと比べたら、亀のように遅いし、力だって大したことがない!
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! おのれ、おのれ、おのれ!」
力の差は、歴然としている。
怨霊は必死になって斬撃を繰り返すけれど、あたしは全ての攻撃を守り刀で受け流し、隙あらば怨霊に手傷を追わせていく。
怨霊は動揺を隠せないのか、太刀筋が甘くなってきている。
破れかぶれの横薙ぎの一撃を跳躍して躱して、必殺のまわし蹴りを放つ。
「【龍閃脚】!」
渾身の闘気を込めた足刀が、受け止めようとした太刀ごと、怨霊の両腕を斬り飛ばす!
「【月輪斬】!」
間髪入れずに紅葉ちゃんが放った光の斬撃が、怨霊の胸に深く突き刺さる!
「ぎゃああっ!」
苦悶の叫びを上げる怨霊の首筋を狙い、守り刀を振り下ろすと、怨霊は噛み付いて刃を受け止める。
「往生際が悪い! 【龍閃刃】!」
刃に闘気を込めると、バターにナイフを入れたようにスルリと刃が通って、怨霊の顔を断ち割る。
翻した守り刀で、【月輪斬】で出来た深い傷目掛けて、横薙ぎの一閃!
怨霊の上半身を両断する。
いつまでもくっついていたくないので、前蹴りで怨霊を蹴り飛ばす。
「【月光の清浄】!」
この【月光加持】の発動には、長い祝詞を上げる必要があるけれど、怨霊や魔物の魂に対しては、絶大な効果がある破魔の【月光加持】。
あたしと怨霊との戦闘の間に、祝詞を完成させた紅葉ちゃんによる【月光の清浄】が発動。
怨霊の身体の周囲を包囲するように、月の女神さまの神紋が描かれる。
神紋の完成と同時に、神紋の中に火柱が立ち上がり、怨霊を灼いていく。
あたしの宿敵だとか、手前勝手な捨て台詞を吐いていたけれど、大したことがなかったわね。
やれやれと、安堵の溜息をつこうとした瞬間に、背筋に悪寒が走り、勘が命じるまま、飛び込むように前転で地面を転がり、素早く立ち上がる。
あたしがさっきまでいた場所に、着流しを着た女が、太刀を振り下ろしている。
女は太刀を構え直し、あたしに対峙する。
「凛花を斃したか。だが、ヤツは四天王の中でも最弱。小娘ごときに斃されるなど、とんだ面汚しだな」
眼があるべきはずの場所には、青白い炎が揺らめいている。
ざんばら髪に、蝋人形のような肌。
………服装以外、あの怨霊との違いが見分けられないんですけど。
「我が名は燈火。今日は顔見世だけだ。貴様との戦い、楽しみにしているぞ」
燈火と名乗った怨霊は好き勝手なことをほざくと、呼び止める間もなく、姿を消してしまう。
凜花とやらに奪われたあたしの左手がどうなってるのか、聞くことも出来なかった。
心のなかに満月を観じても、敵の気配を感じ取ることは出来ない。
もう大丈夫かな。
振り返ると、鳥海さんと紅葉ちゃんが、お互いを支えあいながら歩み寄ってくる。
怨霊がいなくなると悪夢から開放されたのか、清浄な空気が戻ってくる。
周囲の景色は、新緑が鮮やかな森林へと変わっている。
これが、本来の鳥海さんの夢の姿なのかな。
「ありがとうございました! おかげさまで助かりました!」
「この御恩は決して忘れません。私は鳥海凪。そして、こちらの巫女は秋月紅葉。貴女のお名前をお聞かせください」
流石に、命の恩人に対しては、紅葉ちゃんも素直にお礼が言えるらしい。
鳥海さんが自己紹介してくれたけど、どうしよう。
「えーっと。あたしは高雄。月の女神さまの命令で助けに来ただけだから、気にしないで頂戴。二人共、大丈夫?」
「………高雄?」
怪訝な顔をして、あたしの右腕をガン見する紅葉ちゃん。
………右腕に何かついてるのかしら?
「紅葉が『月光の聖域』で守ってくれていたので大丈夫です」
「それは何より。悪夢のなかで怨霊に襲われたってことは、守り刀を無くすか、奪われたか。いずれにせよ、目覚めたらすぐ、信用できる家人を呼んで、身体の方の安全も確保してちょうだい」
「重ねて、御礼申し上げます。是非、赤城城下の鳥海屋敷までお越しください」
高雄朔の姿で、鳥海家を訪問できるわけがなく。
「お礼など、言葉だけで十分よ。あたしはまだやることがあるから、これで失礼するわ。では!」
意識を集中すると、泉母上が、傷ついた響母上を庇いながら、必死の形相で走る姿が視える。
「【跳躍】!』
視界が暗転。
【跳躍】の直後、そのまま泉母上に並走する。
すぐに気配に気がついたのか、ギョッとした表情で、泉母上があたしの顔をガン見する。
「貴女は、高雄殿。もう魔物たちを退けてしまったのですか?」
………高雄?
もしかして、女神さまはあたしの名前を名乗ったのかしら?
もう一人いるんです、などと説明すると話が複雑になりそうだから、誤魔化しておこう。
「皆さまのことが心配になり、一時退きました。負傷者の方を【月光の癒やし手】で治療いたします」
周囲の景色は、溶けた骨が複雑に絡み合う内壁に囲まれた洞窟に変わっている。
この洞窟は縦にも横にも、やたらとデカイ。
よく見ると、軍勢は二人一組になって散開しながら、同じ方向に走っている。
女神さまが戦っている間に、全員撤退することにしたのかしら?
走りながらでも、神通力を行使するのは問題なく。
あたしの全身から伸びる光の腕が、負傷者たちの傷を癒していく。
響母上の傷が特に深かったから、もう少し遅れていたら間に合わなかったかもしれない。
「ありがとうございます。御身は、朝陽さまと陽月さまを救ってくださっただけでなく、我らに加勢してくださるとは。我らが主、赤城優陽が、貴殿に直接御礼申し上げたいと。是非、赤城城をお訪ね下さい」
傷が癒えて顔色が良くなった響母上が、走りながらあたしを勧誘してくれるけれど。
女神さまは、朝陽さまたちとの一件も話してしまったのかしら?
「幼子を怨霊から守る。これは武士として当然のこと。礼には及びません。魔物との戦いも、我らの責務ではありませんか。どうぞ、優陽さまには、よろしくお伝え下さいまし」
適当に話を合わせて、急いで女神さまのところに【跳躍】しないと、何を言われるかわからない。
泉母上と響母上は、もの問いたげな様子だったけれど、振り切って【跳躍】。
右手に女神さまのわけ御霊が宿るあたしは、特に意識しなくても、女神さまの元に【跳躍】出来るようだ。
幾重にも積み上げられた魔物の躯の上で、腕組みした女神さまが仁王立ちになっている。
周囲を見渡すと、ここは巨大な空洞になっているようね。
山積みになった躯の先には、洞窟の入口らしき、巨大な穴が口を開いている。
「遅いぞ、メスブタ! キサマがグズグズしている間に、全て斃してしまったぞ!」
いつの間にかあたしの眼前に現れた女神さまが、あたしの頭に木刀を叩きつける。
反応できず、頭を木刀で殴打されて崩れ落ちるあたし。
「何時まで寝そべっているつもりだ! 戦死した勇者たちを弔う。さっさと起きて手伝え!」
「………はい、喜んで」
女神さまが歌うと、歌声に合わせて黄金に輝く光の玉が集まってくる。
どうも、これが魂らしく、よく見ると苦悶に歪んだ人間の顔が見える。
………魔物に殺されると、こんなに苦しいものなんだ。
戦死者の魂は、女神さまに抱きしめられると、安らかな表情を浮かべながら、光の粒になって洞窟の天井に吸い込まれていく。
このような光景を見せられると、本当に女神さまなんだなあと納得できてしまう。
「アイを以って、浄化するのだ。戦死者の魂は月でいっときの安寧を過ごした後に、再び大地に生まれ落ちる。この循環を維持しなければ、この世界は破綻する。愛宕百合の身辺を洗え。今回の件に何らかの形で関与しているはずだ」
女神さまからは、何度も愛宕さんの件でせっつかれていたけれど、子供のあたしは現実世界では、何の裁量権を与えられておらず。
問題を先送りにしてしまっていたけれど、家族や友人が襲われた原因の一端があたしの怠慢なら、言い訳はできない。
自分なりに、出来ることから始めよう。
「はい、喜んで」
あたしは、深々と女神さまに平伏した。
11月25日。
ちょっと加筆修正。
次回は幕間になる予定です。
1/9に、第一話から誤字脱字を直しながら加筆修正。
次回分は現在製作中なので、しばしお待ちを。
まだ、エタっておりません。




