第二十話 武家の嗜み?
スコーン! スコーン!
「あら、お上手」
スコーン! スコーン!
「お見事ですね」
スコーン! スコーン!
「鳥海さんこそ、全部当ててるじゃない」
スコーン! スコーン!
「鳥海家には、手裏剣術が代々伝えられているんです」
スコーン! スコーン!
何の音かですって?
庭に立てかけた的を狙って、暁姉上、あたし、鳥海さんの三人が、五寸釘を投げてるのよ。
本当は手裏剣を打ちたいのだけど、あたしたちには重すぎるので、五寸釘で代用してるの。
日本の手裏剣術の練習にも、五寸釘が使われてたんだけど、この世界でも同じだったみたい。
「ちょっと! 庭に案内したと思ったら! 何故、三人とも釘を投げ始めるのよ!
仲間はずれにされた紅葉ちゃんが、眉毛をへの字に曲げて大声を上げる。
そんな紅葉ちゃんを見て、葵くんは苦笑いを浮かべている。
ここは、天城家の別邸。
鳥海さんは、他家の武家屋敷に遊びに行ったことがなかったそうで、朝陽さまを訪ねて赤城城を参内する前に、練習がてら、あたしンちに来ない? と誘ったら、鳥海さんだけでなく、秋月兄妹もお供としてやってきたのよね。
「あ、ごめんなさい。紅葉。つい、夢中になってしまって。他の女の子と、手裏剣について語り合える機会が、今までなかったの。ごめんね」
「い、いえ。凪さまが、楽しんでいらっしゃるなら、それでいいのです」
「紅葉も試しに投げてみる? 修練を積んでないと、簡単に刺さるものではないのだけれど」
「えっと、その……。ありがたいお言葉ですが、刃物は触るな、と家人に言い含められておりまして……」
葵くんの話では、紅葉ちゃんは、破滅的に刃物の扱いが苦手な不器用さんだとか。
包丁を持つことも禁止されているので、料理の練習も出来ないらしい。
……ガールズトークの話題が手裏剣ってのはどうなのよ、ってツッコミは禁止です。
「私としたことが、秋月さんたちの歓待をしなければなりませんでしたのに。今、お茶と茶菓子を用意しますわね」
暁姉上が、パンパンと手を叩くと、御殿女中がしずしずと、お盆に載せたお茶とお茶菓子を持ってくる。
さっきまで五寸釘を投げていた庭は、松が美しい枯山水庭園だから、庭園を眺めながらお茶を飲むのは、悪く無いチョイスよね。
「さあ、秋月さんたちも、そこにお掛けになって」
抜け目なく御殿女中が、庭先に座布団を敷いてくれている。
紅葉ちゃんは、鳥海さんの隣。
葵くんは、その紅葉ちゃんの隣に座る。
「あら、流石は天城家。良いお茶ですわね。お茶菓子も上品な甘さで」
紅葉ちゃんも、女の子。
甘いものを食べたら、機嫌が治ったらしい。
「僕たちも、鳥海家以外の武家屋敷に来るのは初めてなんだけど……。御殿女中の皆さんって、どの家でも足音一つ立てないものなんですか?」
「葵くんのご指摘通り、我が家の御殿女中は有事の際、薙刀と手裏剣で家を守ることが出来るように、訓練しておりますの。他家のことは存じませんでしたが、鳥海家の御殿女中も同じでいらっしゃるようですわね」
実は、うちの御殿女中は、全員がくノ一なんだけど。
鳥海家も同じかもしれないけれど、そんな迂闊な話題は、暁姉上が振るわけもなく。
鳥海さんも、曖昧な笑みを浮かべている。
「紅葉ちゃんも、鳥海さんが赤城城に参内する時は、付き添うのかしら?」
さり気なく話題を変えると、紅葉ちゃんは、きょとんとした表情になり。
「え? もちろん、凪さまがお城に参内される時は、お伴するわよ」
「では、参内する前に、畳の裾を踏まないで歩けるように、練習していったほうがいいわよ」
「……。あんたが何を言ってるのか、よく分からないんだけど」
鳥海さんは、流石に分かったらしい。
「あ、そうだった! 朔さんに指摘を受けるまで、忘れていたわ! 武家の畳の裾は踏んではいけないものなのよ」
秋月兄妹には、この説明では不足だったようで、目が点になっている。
「畳の裾には、屋敷を攻められた時の罠として、刃を仕込むことがあるのよ。だから、常日頃から、武家の畳の裾は踏まないものなのよ」
前世のあたしも、泉母さんから、畳の裾を踏まないように躾けられたけれど、現代日本家屋の畳の裾に刃を仕込むはずもなく。
元武家だったから、無意味となってしまっても、当たり前の作法として、現代でも伝えられているとか。
「……そんな習わしがあるとは。私の不調法で、凪さまに恥をかかせるわけには参りません。参内の日までには、自然に歩けるよう練習します!」
気炎を上げる紅葉ちゃんに、皆からの生暖かい視線が集まる。
「紅葉は、本当に、凪さまの事を慕っているんだね」
葵君の何気ない指摘に、紅葉ちゃんの顔がゆでダコのように、真っ赤に染まる。
「そ、それれれはっ……。秋月家は、代々、鳥海家に御恩があるわけでっ! と、当然のことです!」
「紅葉、ありがとう。不甲斐ない私を支えてくれて。参内まで日にちがないから、良かったら我が家に泊まって、畳の裾を踏まない自然な歩き方の練習をしてもらってもいいかな?」
「えっ! お泊りしてもいいんですか?!」
「勿論よ。私の方からお願いしているんですもの。立場上、私が秋月家に泊まりこむわけにはいかないし」
鳥海家の嫡子が、他家に泊まりこむには、相応の理由が必要なはず。
歩き方の練習では、許されないでしょうね。
「お泊り……。凪さまと一緒に、二人だけの夢の中へ……」
ぶしゅうっ! と音を立てて、紅葉ちゃんが鼻血を吹き出すと、手慣れた手つきで、鳥海さんが、手ぬぐいを紅葉ちゃんに差し出す。
……。
凄い!
鼻血の飛沫を、全部手ぬぐいで受け止めてる!
鳥海さんも、それなりに武術を仕込まれているみたいね。
この世界の武家娘は、どの娘も侮れない!
ところで、紅葉ちゃんは、何を想像して鼻血を出したのかしら?
ひょっとして、ひょっとしなくても、鳥海さんに気があるのかしら?
この異世界には同性愛が満ち溢れている。
あたしはそっと、タメ息を吐いた。
遅くなりましたが、連載再開です。
まだまだエタりませんよ。




