第十八話 初伝
九頭龍の修行者には、伝位が与えられる。
入門者は切紙。
この時点では、九頭龍を名乗る事は許されない。
九頭龍の伝位は下から順に、初伝、中伝、奥伝、皆伝、免許皆伝、神伝、龍伝。
女神さまの武術なのに、神伝ではなくて龍伝が最高位なんだとか。
切紙から、血と汗と涙にまみれた二年間。
ようやく、初伝への挑戦を許された!
「では、これより! 初伝の認定試験を行う!」
「はい、喜んで!」
女神さまの号令を合図に、水上に右足を一歩踏み出す。
右足が沈む前に、左足も踏み出す。
あたしの両足から、水上に二つの波紋が広がっていく。
闘気を両足にまとう事で、九頭龍は水上を走破するのだ。
これが、九頭龍の初伝の技。
水の上を走り回る事が出来るようになって、ようやく初心者扱いなのだ。
相対する女神さまは、水上をローラースケートで、優雅に滑走している。
長浜流という武術の技なんだとか。
水上をローラースケートで自由に滑走できるようになると、長浜流も初伝なんだとか。
異世界になんで、ローラースケートがあるのかよく分からないけれど、長浜流に入門した暁姉上もローラースケートの練習をしているので、深く考えるのは止めた。
「何をボンヤリしている! 【電磁耀耀】!」
あたしから見て、右回りに滑走している女神さまが、バチバチと電光を放つヨーヨーを投げてくる。
これも、長浜流の技なんだとか。
「【龍閃掌】!」
闘気を放つ手刀で、女神さまのヨーヨーをかろうじて受け流す。
闘気が無かったら、電光で感電してるわね。
やはり、この世界の武術には、前世の武術の心得だけでは対応できない。
「メスブタ! 足を止めるなと、何度も言わせるな!」
あたしの周りをグルグルと滑走する女神さまが、怒声を上げながら何度もヨーヨーを繰り出してくる。
女神さまは手加減しているのに、あたしは手刀でヨーヨーを弾き、逸らし、受け流すだけで精一杯。
「九頭龍は最強の武術! 長浜流の初伝の技に対応できないようでは、話にならんぞ!」
この試験では、女神さまから【月光加持】の使用を禁止されている。
今まで教わった、九頭龍の技だけで、女神さまに指一本でも触れる事が出来たら、試験に満点合格。
女神さまの攻撃を凌ぎ続けて、対岸まで辿り着いたら補欠合格。
慣れない水上での戦闘で思うように動けないあたしに対して、女神さまはフィギュアスケートの選手の様に、水上を滑らかに移動して、あたしを足止めするように攻撃を繰り返している。
「出来の悪いメスブタめ! タイムリミットを設定する! 十分後まで何もできないなら、不合格だ!」
マズい!
このまま考え込んでいてもジリ貧だ!
思い切って、足元の水を蹴り上げる。
立ち上がる水しぶきを足場に跳躍。
両腕の手刀から闘気を放ち、眼下の水面から水しぶきを上げ続け、一気にダッシュ!
「このウスノロブタめ! ようやく気が付いたか! そうだ! 九頭龍初伝の技。それは、水滴一粒であっても足場とするのだ!」
などとお褒めのお言葉を女神さまから賜るけれど、ヨーヨーの連撃は続いているので、向こう岸を目がけて、飛び散る水滴を足場にジグザグに全力ダッシュ。
「避けて見せろ! 【電磁独楽】!」
「龍閃脚!」
女神様が次々に投げてくるコマを、闘気を込めた足で蹴散らしながら、最後に大ジャンプ!
間一髪、なんとか向こう岸に辿り着いた!
気力を使い果たしてしまい、膝から崩れ落ちてしまう。
やった!
苦節二年!
これであたしも、九頭龍を名乗る事が出来る!
「ニヤニヤとキモイぞ! このメスブタが! 調子に乗るな!」
女神さまに足蹴にされて、潰されたカエルのような声をあげるあたし。
「九頭龍が、この世界で一番修得難度が高い武術ってホントなんだね。高雄流奥伝だった朔ちゃんも、九頭龍は初伝まで六年もかかったしー」
六年?
【邪気眼】は何を言ってるのかしら?
「ウスノロのメスブタのために、修行中はキサマの時間を三倍に加速してやったのだ! 師匠がオレサマじゃなければ、キサマはまだ切紙のママだったろうよ!」
時間を加速って、女神さまがやる事は途方もないわね。
修行に専念するのが精いっぱいで、体感時間が六年経過してたなんて、気が付かなかった!
「三歳で修業を始めて、精神の時間は六年プラス。朔ちゃんは前世が十五歳だったから、全部足し算すると、もう二十四歳だね。このまま修行を続ければ、アラサーもアラフォーもあっという間ダネ!」
ぐぎぎぎぎ。
【邪気眼】が、嬉しくない未来予想図を語ってくれるので、歯ぎしりするしかないあたし。
「このメスブタが! 何時まで寝ているつもりだ! シャッキリと立たないか!」
「……はい、喜んで」
女神さまに足蹴にされてたから立ち上がれなかったんだけど、反論するとスゴイパンチが飛んでくるだけなので、黙って砂ぼこりを払いながら立ち上がる。
「初伝のアカシを授ける。右腕を掲げ、祈りを捧げよ!」
女神さまの指示通りに、右腕を掲げると、手の甲に神紋が浮かび上がる。
熱い!
熱さに耐えながら、女神さまにナムナムと祈りを捧げると、歪んだ五芒星の中で、目が黒く燃え上がる。
目は瞬きをすると消えてしまい、神紋自体もキレイに消えてしまう。
「初伝の色は黒だ。黒のアカシを得ることで、キサマは夢や仮想現実の中で、天城朔の姿に変身する事が出来るようになった。【蜘蛛神天網】の仮想現実では、うっかり高雄朔の姿を他人に見せるなよ」
「はい、喜んで!」
今日の試験場は、【蜘蛛神天網】の仮想現実の中で女神さまが用意した湖。
何故か、あたしは夢の中だけでなく、仮想現実の中でも、天城朔の幼女ボディではなく、前世の女子中学生ボディになってしまうのよね。
これでようやく、あたしも【蜘蛛神天網】を利用できるようになる!
あたしが高雄である事は、絶対に隠せと女神さまに厳命されてたから、今までずっと我慢してたのだ!
「こんなに朔ちゃんが嬉しそうにしてるのは、初めて見るねえ」
ニヤニヤとイヤらしい笑顔を見せながら、【邪気眼】がすり寄って来る。
「二年も待った! 約束通り、あたしが結婚出来ないと、どうして世界が滅亡してしまうのか、説明してもらうわよ!」
あたしが睨みつけても、【邪気眼】は涼しい顔をしている!
バカにして!
「初伝になったばかりの朔ちゃんに、全て話すわけにはいかないないね。朔ちゃんの身の丈に合った範囲内で、お喋りしてあげるよ。とりあえず、朔ちゃんの部屋に帰ろうか」
【邪気眼】の口元が大きく歪み、文字通り悪魔のような妖しげな笑顔を見せる。
一体、どんな話を聞かせてくれるのやら。
何度書き直しても、朔が女神さまに触れる事が出来ないので、諦めて補欠合格ルートを用意したら、話がまとまりましたorz




