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親友、対峙する(その1)

『蔵前財閥』

 それは泉が丘学園を経営する旧家。

しかしその経営は学校だけではなく、病院や介護施設など多岐にわたる。

教育や福祉の関係者の間で蔵前財閥を知らないものはいない、そう言っても過言ではないだろう。



 でも。

その名前に私たち家族はずいぶんと苦しめられてきた。



 元々、母が蔵前の一族の出で。

幼いころからの許嫁であった父のもとに嫁いできたという。

蔵前という格式高い家から、格下の篁に嫁いだことで周囲から色々と言われていたらしい。

そんな両親に男女の愛情はなく。

父は母を無視するようになり、よそに女を囲い始めた。

母に隠すこともなく、堂々と。

でも母も母で、よそに男を囲っていたことを知っている。



 そんな仮面夫婦だったけれど、父は私に昔から甘かった。

あるいは一種の罪悪からなのかもしれないけれど。

欲しいものはなんでも与えられた。

お金も、お洋服も、友達でさえも。




 だけど、父は知らないに違いない。

私が本当に欲しいものは『物』なんかじゃなく、両親の愛情だったということを。

普通の家族の、ごく当たり前の幸せを私は昔から渇望していたのだ。





 


 私と晃さんの出会いは今から10年ほど前のこと。

母の実家である蔵前の家に初めて呼ばれた日のことだ。

蔵前の血をひくものは5歳になると、全員蔵前の当主と面会させられるのが決まりで。

私もその年に、5歳になっていたので初めて蔵前の家に足を踏み入れたのだ。





『お前が志乃か』




 今でも覚えている。

蔵前の当主は当時すでに70近い老人だったのに、妙な威圧感があって。

その眼に睨まれると、蛇ににらまれた蛙のように体が動かなくなった。

だけど泣くのは私のちっぽけなプライドが許さなかったから。

私は目をそらすことなく、当主を見つめていた。



 するとどうだろう。

先ほどまでの威圧感は当主からなくなり、好々爺然とした風貌に様変わりしていた。

そして嬉しそうに私に語りかけてくる。




『まさか泣かないとは思わなかったの。普通は儂の顔をみると大抵の者は泣くのだが。お前で2人目だ、泣かなかった奴は』



 そして泣かなかったもう一人の子供――――つまりは、晃さんを紹介された。



 これが私たちの出会い。

晃さんとは年齢が近いということもあって、昔は一緒に遊んでいた気がする。

だけど晃さんは蔵前の直系。

いつの間にか、私と晃さんの間には深くて大きな溝ができていた。




 直系だからと泉が丘に入り公私ともに多忙な晃さん。

 女だからと、一応の習い事をさせられていたけれどほぼ放置だった私。




 もう交わるはずのない関係だったはずなのに。

またこうして貴方と対峙することになるなんて思ってもみなかった。







「お久しぶりです、蔵前会長」

「……久しぶりだな、篁」



『篁』

 その呼び方をされるだけで、私の胸には苦いモノがあふれる。

昔は私のことを『志乃』と呼んでくれたのに。

でも、私も彼をもう気安く『晃さん』とは呼べないのだから。

仕方ないことなのだけれど。



「それで、君が俺に話とはなんだ?思い出話でもするのか」

「……何ふざけたことを。単刀直入に言います。成実に近づいた目的はなんなんですか?」





 成実は晃さんが夏輝のために自分を利用したと思っているみたいだけど。

晃さんの目的はきっと別のところにある。

この人は自分の目的のためなら何でもするのだから。

……そう育てられてきたのだから。





「それは篁に関係ある話なのか?」

「あるに決まっているでしょう。成実は私の大事な親友です」

「ふぅん、親友ね。恋敵の違いじゃないのか?」

「!?何を……言って?」

「君が姫宮夏輝を慕っていると、俺は聞いているのだが?」





 恋敵!?成実が私の!?

ありえない!!!私が夏輝バカを慕っているなんて!!

大体誰がそんなバカなことを晃さんに吹き込んだの!?




「誰からそんなバカなことを」

「……君の家庭教師からだが」






私の家庭教師。

そう聞いて、忘れかけていたあの女の姿を思い出す。

父と関係していたあの女。

派手な化粧で、自分を誰よりもよく見せたがっていた。

私はあの人のせいで香水が嫌いになったっけ。




 中学の時、泉が丘を受験すると言った成実に合わせて私も泉が丘を受験することに決めた。

父は自分が理事をしている泉が丘に、娘がやっと入ると言って大喜びしていたっけ。

幼いころから両親や親戚への小さな抵抗として、泉が丘に入学することを頑なに拒んできたから。

でも家族よりも大事な人を見つけた。

その為に私は泉が丘に入学することを決めたのだ。



 父は裏口入学にはさすがに手を貸せないらしく、私に一人の女性を紹介してきた。

曰く、泉が丘のOGで某国立大の大学院生という女性。



 最初からおかしいと思っていたのよ。

まず某国立大ってうちから2時間以上もかかるのに、わざわざ私の家庭教師のバイトをするの?

泉が丘の卒業生ならバイトなどしなくても生活できるでしょうに。

極めつけは私への態度。

頑張ってよきお姉さんぶっているけれど、どうも観察されている気がしないでもない。

私がテキストを解いていると、妙に部屋の中を観察されてるのよね。



 あと、母には絶対に会おうとも思っていないらしい。

母もそのころには愛人との生活に夢中で、中々家に帰ってこなかったから仕方ないのかもだけれど。

普通、食事の誘いを断る?

珍しく母が客人をもてなそうとして、でも勉強に来てるだけですからって。

そっけない態度もすごく気になった。



 そして彼女に教わって4か月目のある日。

とうとう私は決定的現場を押さえてしまう。

その日はテスト前だったので居残りが許されず、いつもよりも帰宅が早かった。

だから見てしまった。

家の玄関前で父とあの女がキスしている現場を。



 元々両親には過度な期待をしていなかったからショックは少なかったけれど。

あの女にとっては違ったらしい。

私にうまく取り入って、蔵前の家に入り込もうと考えていたのだから。

元当主である大おじ様に気に入られている私。

だからこそ、よきお姉さんを演じていただろうに。

本当に馬鹿ばっか。

隠すならもっと徹底的に隠さないと、意味がないのに。

父も母もあの女も。



 私はそれを理由に彼女を解雇した。

元々、あまり教えるのは上手くなかったしね。

だからいつも図書館で勉強をして居残りをしていたのだ。



 だからまさか、あの女と晃さんが繋がっているなんて思いもしなかった。

どこからか夏輝バカのことを調べ上げて、私の想い人にしたらしい。

あるいはよきお姉さんを演じるために、恋話にでも乗りたかったのか?



 まあ、どっちでもいいけれど。





「解雇された家庭教師のお話を信じたんですね、会長らしくもない」

「彼女は君のよき相談相手だったと、君の父親から聞いている」

「その父親の愛人ですよ、彼女は」

「……彼につられて、この泉が丘に入学しただろう」

「成実が入るというから来たんです。でなかったらこんなところ、来たくもありませんでした」




 私の言葉に晃さんの顔が一瞬だけ歪んだ。

まるでそれは何かを後悔するような顔。

でもその一瞬だけだった。

次に見た時には、彼の顔はまたいつものような氷の仮面に覆われていたから。



「なら、君の恋敵は……、姫宮なのか?」

「はぁ!?」





 その言葉に今度こそ私が崩れ落ちたのは言うまでもなかった……。

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