第三話:肉の迷宮と神経の糸
#犬神家の崩壊 #狂愛の神経結合 #アンウィーヴィング #ダークロマンス #サイコスリラー #近親相姦 #胸糞展開注意 #純愛と狂気 #グロ注意 #救いなどない
(POV:上塚 詩織)
食堂の明かりが一斉に掻き消えた。暗闇の中にクリスタルが砕け散る不穏な音が響き、どこからともなく朱里の低い嘲笑が聞こえてくる。
「江戸……? 寛二郎様……?」
私の声が惨めに震える。手探りでテーブルを探った指先が、温かく、湿った、得体の知れない生々しい何かに触れた。それはもはや、先ほどまでの豪華な料理などでは断じてなかった。
私は悲鳴を上げ、手を引っ込めて無我夢中で走り出した。だが、この禍々しい屋敷の暗闇の中では、方向感覚さえも幻影に過ぎない。冷たく湿った壁に幾度もぶつかりながら廊下を突き進むと、突如として一つの扉が吸い込まれるように開いた。逃げ道を求めて飛び込んだその先は――目を覆いたくなるような耽美なる地獄だった。
そこは江戸の書斎だった。部屋は妖しく薄暗い真紅の照明に照らされ、豪華な革張りの椅子には、江戸が朱里を伴って座っていた。
その光景に心臓が文字通り凍りつく。朱里の剥き出しの背中には、江戸の手によって不気味な家紋の印が刻まれようとしていた。彼の白皙の手には、外科用の鋭い針と黒い絹糸が握られている。
「詩織」
江戸は妹の背中から視線を外さずに、冷淡に言った。「僕たちの浄化の儀式を邪魔しないでくれ」
「江戸……何をしているの? それに、さっきのテーブルの上にあったのは……何なの!?」
喉が恐怖で引き攣れ、声がまともに出ない。
朱里がゆっくりと私を振り返った。その瞳には、底知れぬ純粋な冷酷さが宿っている。
「あれは先月、江戸兄様に近づこうとした女の成れの果てよ。貴女ほど上質な素材ではなかったけれど、それなりに役に立ってくれたわ」
朱里は江戸の傍らを離れ、音もなく猫のような足取りで私に近づいてきた。その小さな手には、鈍く光る鋭利な医療器具が握られていた。
「江戸兄様が言ってたわ。貴女の心臓はとても綺麗な鼓動をしているって」
朱里は耳元で妖しく囁くと、突如として私に向かって手を突き出した。
激しい衝撃が頭を突き抜け、視界が急激に霞んでいく。
私は床を這いつくばって必死に逃げようとしたが、私の行く手を阻むように、江戸が冷然と立ちはだかった。
「しっ……静かにして、愛しい人」
江戸は私の前に屈み込み、体温の感じられない指先で私の頬を愛おしげに撫でた。
「朱里はとても嫉妬深いんだ。君がそんな風に叫び続けるなら、あの子が次に何を始めるか僕にも分からないよ」
朱里は江戸の背後に回り込み、兄の首に後ろから妖艶にしがみついた。彼女は歪んだ瞳で私を見つめる。「始めていい、お兄様? 彼女がどれほど脆く、美しく壊れるか、確かめたいの」
江戸は自らの手術刀を朱里の手へと明け渡した。「お好きにどうぞ、可愛い僕の妹。だが、貴重な検体を壊しすぎないようにね」
朱里が刃を高く振り上げるのが見えた。真紅の照明が、冷酷な刃に反射してギラリと光る。次の瞬間、肉を裂く激しい痛みが私の意識を真っ二つに切り裂いた。
耐え難い苦痛の濁流の中で、私は朦朧としながら悟った。
私はただの血生臭い人殺しの家に迷い込んだのではない。狂気が秩序であり、苦痛こそが唯一の言語とされる、本物の深淵に足を踏み入れてしまったのだ。




