エピローグ:残留する神経の残響
#犬神家の崩壊 #狂愛の神経結合 #アンウィーヴィング #ダークロマンス #サイコスリラー #近親相姦 #胸糞展開注意 #純愛と狂気 #グロ注意 #救いなどない
松濤の街が赫々と燃え盛る業火に包まれたあの夜から、三ヶ月の月日が流れた。
当局はこの事件を「悲劇的な都市ガス爆発事故」として処理し、公式に発表した。犬神邸の広大な跡地は、今や黒く焦げ付いたただの不毛な空き地と化し、錆びついたトタン板と色あせた黄色い規制線によって外界から隔絶されている。すべての猟奇的な医療記録、検体、そして一族が積み重ねてきた非道の証拠は、あの舌のない使用人・巧が命と引き換えに放った業火と共に、灰となって霧散した。世間は彼らを、不慮の事故によって絶えてしまった不運な名家としてのみ記憶している。
しかし、東京の遥か郊外、鬱蒼とした森に囲まれた最も人目を避けた精神病院の隔離病棟の奥底で、その悍ましき真実は未だ冷たく息づいていた。
外界の音を一切遮断する防音壁で覆われた暗い個室の中、車椅子の上で一人の男が虫ケラのようにうずくまっていた。部屋の重厚な扉に名前は存在しない。ただ、患者番号「00-イヌガミ」とだけ、冷酷に記されている。
――かつて、神のごとき美貌で夜を支配していた、江戸様その人であった。
端正だったその顔立ちは完全に失われ、皮膚は熱傷によってケロイド状に醜く焼けただれ、見る影もない化け物へと成り果てている。その双眸は爆風の凄まじい熱によって白濁し、光を失っていた。肺もまた修復不能なダメージを負い、喉からは掠れた喘鳴が漏れるだけで、言葉を発することさえ叶わない。
だが、江戸に科された本当の永劫の刑罰は、破壊され尽くした肉体そのものではなかった。
彼のただ一つ残された左手は、狂ったように絶えず痙攣し、誰かの細い手をきつく握りしめるかのように虚空を掴み続けている。脊髄の髄突起に無惨に融解し、医学的にも除去不能となった医療装置『織り手』のサイバーケーブルの残骸を通じて、江戸の脳髄は今もなお「繋がって」いるのだ。
江戸は、五感が狂った思考の暗闇の中で、決して一人ではなかった。
彼の脳裏には、あの夜に焼け死んだはずの妹・朱里の、耳を裂くような絶叫が絶え間なく、鼓膜の奥で響き渡っている。
朱里はあの夜、崩落した燃え盛る大黒柱の下敷きになり、確かに肉体は死に絶えた。しかし、狂気の医師である父・寛二郎が二人に施した神経同期処置があまりにも完璧すぎたが故に、生きながら皮膚が焼かれ、脂が滴り落ちて死にゆく瞬間の彼女の意識の断片が、江戸の中枢神経系の中に永久に閉じ込められてしまったのだ。
一秒ごとに、肺が酸素を求める呼吸の一吹きごとに、江戸は朱里が生きながら地獄の炎に焼かれる凄惨な苦痛を、脳内でダイレクトに追体験させられている。
全身の皮膚がドロドロに溶ける感覚、髪が爆ぜて焦げる臭い、そして最愛の妹の絶望に満ちた発狂の絶叫が、壊れたテープのように彼の脳髄を二十四時間抉り続けている。
狂気のあまり死を望んでも、皮肉にも父の実験的な不死セラムによって限界まで強化された彼の心臓は、ドクン、ドクンと呪わしいほど力強く鼓動を続け、彼を死に逃がしてはくれない。
部屋の隅、夜勤の看護師が点滴を交換するために静かに入ってきた。彼女は、車椅子の患者が全身を激しく震わせ、見えない白濁した両目から、とめどなく透明な涙を流しているのを目にする。
「可哀想に……」看護師は江戸の身体に毛布を優しく整えながら、小さく溜息をついた。
「家事であのご家族を一度に失ってしまって……。あんな真っ暗な闇の中で、きっとひどく孤独なのね」
彼女は知る由もない。江戸は、決して孤独などではないということを。
彼は、朱里、そして生贄となった上塚詩織や、バラバラに喰い散らかされた草薙刑事たちの魂と共に、終わることのない終わりなき苦痛の饗宴に永遠に囚われているのだ。完全なる暗闇の聖域の中で、江戸は今も自分を愛おしげに切り裂く朱里の刃を感じ、魂の一部となった犠牲者たちの呪詛の悲鳴を聞き続けている。
枕元の小さなステンレス製のテーブルには、屋敷の瓦礫の中から見つかったという、送り主不明の遺留品がポツンと置かれていた。それは、真っ黒に焦げ付いた、一つの、ただの一つの田舎の御守だった。
犬神邸の物理的な肉体は、跡形もなく消え去った。
しかし、彼らが誇り高く築き上げたあの人肉の地獄は、残された長男の壊れた肉体の中に、新しい永遠の棲み家を見つけたのだ。
無機質な病棟に、再び冷たい静寂が訪れる。
空虚、そして虚無。ただ単調に響く心電図の機械音だけが、地獄で永遠に続く永劫の苦しみの秒針を、刻み続けていた。
――完――
最後まで本作『【人肉の宴】』にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
美しき狂気に囚われた犬神家、そして江戸と朱里の血塗られた結末を、皆様はどのように見届けられたでしょうか。
この物語は、愛という名の絶対的な執着、そして外界の理屈が通用しない「閉鎖回路」の中で、どこまでも美しく、そして残酷に壊れていく家族の終焉を描きたくて筆を執りました。
最後の静寂の中で、江戸の脳髄に残り続ける「神経の残響」と、無残な愛の余韻を、少しでも肌で感じていただけたなら幸いです。
誰も救われない悍ましき物語ではありますが、深夜に画面を見つめる読者の皆様の心に、何か一つでも決して「消えない冷たい傷痕」を刻み込めたのなら、作者としてこれ以上の悦びはありません。
本作はこれにて完全完結となります。
もしこの人肉の饗宴に少しでも魅了していただけましたら、画面下部より【ブックマーク】や【星の評価】などの温かい応援をいただけますと、深く傷ついた彼らの魂も少しは報われるかもしれません。
これまで沢山の熱い応援、そしてリアルタイムでの過酷な追跡を本当にありがとうございました。
また、次の新しき惨劇の舞台でお会いしましょう。
―エド




