第十二話:繋がれた竜の慟哭
#犬神家の崩壊 #狂愛の神経結合 #アンウィーヴィング #ダークロマンス #サイコスリラー #近親相姦 #胸糞展開注意 #純愛と狂気 #グロ注意 #救いなどない
(POV:九頭竜 巧)
私の手は、もう震えてはいなかった。
長年、私は犬神家の「影」だった。寛二郎様の絶対的な支配下で、私はただ命じられるままに死体を処理するだけの肉の道具に過ぎなかった。しかし、昨夜の地下室の惨劇、そして今夜、食堂で繰り広げられているあの狂った捕食の宴を目にした瞬間、私の心の中で人間としての何かが完全に決壊した。
ズボンのポケットの中で、焼却炉から密かに盗み出した、半分焦げた上塚詩織の母からの荷物を強く握りしめる。中には小さな御守と、「早く帰っておいで。お前の笑顔に会いたい」と下手な文字で書かれた短い手紙が入っていた。
だが、詩織ちゃんがこの魔窟から生きて帰ることは二度と叶わない。ならば、せめて――。
私は重い足取りで地下室へと向かった。屋敷全体にエネルギーを供給する中央ガスパイプを通り過ぎ、物置から運んできた強力な燃料缶のキャップを次々と外していく。
実験室の中では、悍ましき医療装置『織り手』が今もキィィィンと低く唸りを上げていた。
私は、手術台の上に囚われた彼女たちの最期を見つめた。
皮膚を無惨に剥ぎ取られ、銀色のケーブルを背骨に突き刺された詩織ちゃんの肉体。そして、その隣で部位ごとに切り分けられ、未だ人工心肺で生かされている草薙刑事の凄惨な残骸。二人の瞳には、もはや言葉にならない死以上の絶望だけが澱のように宿っていた。
「……しっ……」私は失われた舌の代わりに、血の滲む唇に指を当てた。「すぐ……すべてを終わらせてあげる」
私はメインガスのバルブを限界まで開放した。シューッというガスの不気味な噴出音が部屋に満ち、階上の食堂から響く、大臣たちの下卑た笑い声と混ざり合う。私は冷たいガソリンを、怪物の装置『織り手』の基盤と、床一面に広がる犬神家の忌まわしき人体実験資料の山へと豪快にぶちまけた。
私は静かに階上へ戻り、血の臭いが立ち込める食堂の入り口に佇んだ。
そこには、豪華な衣装を纏い、草薙刑事の肉を銀のフォークで貪り喰らう一族と権力者たちの姿があった。彼らは血も涙もない、美しき人喰いの怪物たちだ。
「……変な臭い。お兄様、何かがおかしいわ」
鋭敏な神経を持つ朱里様が、最初に異変に気づいて顔を顰めた。
私は、あらかじめ寛二郎様のデスクから盗み出しておいた、一族の象徴である純銀のライターをポケットから取り出した。十年の暗黒の日々の中で初めて、私は心から静かに微笑んだ。
親指でホイールを回し、小さな火を灯す。
「巧! お前、何をしている!」寛二郎様が異変を察知し、激昂して椅子を蹴立てて叫んだ。
誰かが私を止めようと動いたが、もう全てが遅すぎた。私は足元まで滲み出ていたガソリンの溜まりに向かって、燃え盛るライターを静かに手放した。
――轟音!!!
激しい大爆発が地下から凄まじい衝撃波となって突き上げ、悪魔の装置『織り手』を木っ端微塵に粉砕した。
その刹那、高電圧の電流と爆発の衝撃がシステムを「逆流」する。
「あああああああああああッ!? 痛い、痛い、痛いいいいいッ!!」
食堂に、朱里様と江戸様の、人間のものとは思えない絶叫が木霊した!
『織り手』を通じて詩織ちゃんたちの痛覚に直接同調していた二人の脳髄に、装置が爆発し、肉体が炎で焼き焦がされる狂おしいまでの激痛が、ダイレクトに逆流したのだ。二人は頭を掻きむしり、血の海と化した床の上で狂ったように転げ回り、悶絶した。
青いガスの炎がシルクのカーテンや豪華な壁画を瞬く間に飲み込み、犬神邸は一瞬にして本物の地獄の火の海へと変貌していく。
私は激しく燃え盛る炎の中にただ一人立ち、自身の皮膚がジリジリと焼けていく圧倒的な熱さを心地よく感じていた。ようやく、この呪われた犬神家という名の縛鎖から解放された気がした。
崩れ落ちる天井の隙間、割れた窓の向こうに、東京の日常の象徴である東京タワーが赤く美しく輝いているのが見えた。
今夜、松濤の偽りの静寂は完全に終わった。
この忌まわしき場所は、声なき使用人の手によって、その血塗られた狂気と共に、美しい灰へと帰るのだ。




