第九十九話:折れた刀、戦車の断絶
第九十九話:折れた刀、戦車の断絶
中央戦線は、鉄と血が混じり合う地獄と化していた。
聖騎士アリサの盾は砕かれ、彼女を守るはずの甲冑も無残に拉げている。
目の前に立ち塞がるのは、山のような巨躯を誇る魔王軍の剛将――牛王。
「終わりだ、人の子よ。貴様の騎士道ごと、叩き潰してやる!」
牛王が巨大な戦斧を振り上げる。
それは武器ではない。
一振りで地形を変える、歩く攻城兵器そのものだった。
アリサは、ゆっくりと瞳を閉じた。
だが――
ドォォォォォォォォン!!
戦場に突き刺さったのは、音を置き去りにした「黒い閃光」。
「ア、ガ……。……間に合ったか」
土煙の中から現れたのは、もはや人の形を保っているだけの存在。
黒い霧を纏い、全身から蒸気を噴き上げる男。
サキモリだった。
彼は足元に転がっていた、刃の半分が失われた「折れた刀」を拾い上げる。
「……貴様、何者だッ!」
牛王の号令と共に、周囲の牛魔たちが一斉に攻撃を放つ。
火球。巨矢。
空を埋める質量の暴力。
だが。
サキモリは、それを「受けた」。
迫り来る火球を素手で掴み、巨矢を空中で握り止める。
衝撃が、腕の筋肉でねじ伏せられる。
「……返却する」
シュンッ――
投げ返されたそれは、もはや兵器だった。
火球は主の頭部を消し飛ばし、巨矢は一直線に敵軍を貫通する。
戦場の一角が、音もなく抹消された。
「ぬぉぉぉぉッ!!」
牛王が戦斧を振り下ろす。
重戦車の砲撃に等しい一撃。
大地が砕け、空気が潰れる。
サキモリは、動かない。
手にあるのは、折れた刀だけ。
キィィィィィィィィィィィン!!
響いたのは、たった一度の金属音。
それだけだった。
サキモリの一閃。
それは刃ではなく、速度と重心移動が生んだ「見えない断絶」。
「……な、に……?」
牛王の時間が、止まる。
次の瞬間。
巨体が、静かに――
音もなく、左右に分かれた。
戦斧も、甲冑も、肉体も。
すべてが同時に「意味を失う」。
ズゥン……と遅れて響く崩壊音。
山のような肉体が、地面に倒れた。
「……あ、あ……サキモリ……殿……?」
アリサの声は震えていた。
サキモリがゆっくりと振り返る。
その瞳は赤黒く濁り、かつての温度はほとんど残っていない。
だが――
ほんのわずかに。
その奥で、何かが揺れていた。
「守れなくてごめん。……あとは俺が片付ける」
それだけ言うと、彼は再び前を向いた。
次の瞬間。
全身から溢れ出した黒い霧が、夜のように戦場を覆い尽くす。
視界が閉ざされ、音が消え、存在が削られていく。
悲鳴だけが、闇の奥に吸い込まれていった。
それは反撃ではない。
ただの――「掃除」。
(第九十九話:完)




