第九十四話:癒やしの終焉
第九十四話:癒やしの終焉
戦場は、もはや「管理」の及ばぬ墓場と化していた。
かつて千人近い兵士を繋いでいた魔法糸は、そのほとんどが焼き切れ、煤けた糸屑のように虚空を漂っている。
生き残ったわずかな兵士たちは、腰を抜かし、ただ迫りくる死の臭いに震えることしかできない。
「……あ、あ……」
ルミナの指先は、すでに感覚を失っていた。
魔力は枯渇し、神経は摩耗しきっている。
それでも彼女は、壊れた人形のように虚空を掻き、存在しないステータス画面を操作しようと、血の滲む指を動かし続けた。
その時だった。
「……っ!?」
脳内に、凄まじいノイズが奔る。
それは、サキモリを思う心の最期の暴走か、あるいは死に瀕したルミナが見た最悪の幻影か。
数百キロの距離を超え、戦場の断片がルミナの意識に流れ込んでくる。
(……おじさん……?)
バルバロイの荒野。
無敵だと思っていた「おじさん」が、ぼろきれのような姿で膝をついていた。
冷徹な合理主義者であった彼が、己の設計図をすべて踏みにじられ、敗北の影に飲み込まれていく。
それだけではない。
東では、愛する人を救うために国を捨てたエレンが、矢も尽きて壊された弓を握りしめ、数万の軍勢に包囲されている。
中央では、誇り高き騎士アリサが、魂を削った盾の破片と共に、冷たい地面に力尽きて倒れ伏していた。
「あ……ああ……」
ルミナは悟った。
自分たちが必死に守り、積み上げてきた「平和な日常」の正体。
それは、おじさんという一人の男が中心に立って描いた、あまりにも脆く、あまりにも美しい「砂上の楼閣」に過ぎなかったのだと。
「……守れて、なかった……。何一つ、正解じゃなかったんじゃない……」
ドラグナイトの女が放った最後の一撃が、拠点の防壁を粉砕する。
熱波と炎がルミナの頬を焼き、空を焦がしていく。
サキモリが提示した四つの「正解」。
最強の攻撃、不落の防御、完璧な管理、そして絶対の合理。
そのすべてが今、理不尽な暴力と質量の前に、音を立てて瓦解していく。
「……おじさん……おじさん……。嘘だよね……?」
ルミナの掠れた呟きは、拠点を飲み込む爆炎の轟音にかき消された。
南部戦線の最終拠点、すべての物語の始まりであったアルタ王国の最後の防波堤が、朱く燃え上がる。
四つの希望が潰え、世界が静かに、最期の幕を閉じようとしていた。
(第九十四話:完 / 第四章:完)
本日もお読みいただきありがとうございました。
11話連続更新となりましたが、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
『勇者召喚、ヤバいのが混じってた。』を応援していただける方は、ブックマークや評価をいただけると今後の執筆の大きな励みになります。
引き続き毎日更新を続けていきますので、よろしくお願いいたします。




