第九十三話:本物の暴力
第九十三話:本物の暴力
「魔法による修復……。無意味なことを。器そのものを壊せば、中身を注ぐ余地もなくなるというのに」
ドラグナイトの女は、退屈そうに呟くと空から舞い降りた。
それは優雅な降臨ではない。隕石のような質量を伴った物理的な落下だ。着地の衝撃だけで、周囲の兵士たちは木の葉のように吹き飛ばされる。
彼女は、もはや魔法を使わなかった。
「再生」という理屈が通用する領域で戦うのをやめたのだ。
ドラグナイトが、一歩踏み出す。
その極めて細い腕が振るわれた瞬間、最前線の兵士の頭部がスイカのように爆ぜた。
「え……?」
ルミナの思考が停止する。
脳内UIの『Red』通知が来る暇すらない。いや、来るはずがないのだ。頭部という「中枢」を消失した肉体に対し、治癒魔法が繋ぎ止めるべき「生命」は一瞬で霧散した。
ドラグナイトの暴力は、さらに加速する。
ある者は胸部を貫かれ、背中まで巨大な穴を開けられる。ある者は一蹴りのもとに胴体を切断され、肉片へと変えられる。
「治癒! 再生しなさい、早く……!」
ルミナは絶叫し、魔法糸を必死に操る。
だが、糸が触れた先にあるのは、再生すべき肉の断片ですらない、ただの「赤い飛沫」だった。
細胞が、骨が、臓器が。治癒魔法が構造を定義し直すよりも早く、圧倒的な物理質量によってこの世から「消滅」させられていく。
「あ、あぁ……あ……」
ルミナの指が空を切る。
魔法糸は、繋ぐべき対象を失って虚空を漂う。
どんなに魔力を注いでも、どんなに高度なポーションを配合しても、「器」がなければ命は留まらない。おじさんに教わった完璧な管理システムは、再生の余地すら与えない本物の暴力の前に、ただの空虚な数字遊びへと成り下がった。
目の前で、兵士たちが次々と「肉塊」に変えられていく。
先ほどまで『Green』や『Yellow』として、ルミナの視界で生きていたはずの兵士たちが、通知が鳴る間もなく次々と『Black』へと反転していく。
「……あはは。なにこれ……消えていく……。数字が、消えていくわ」
ルミナは震える手で、自分の脳内に浮かぶステータス画面を見つめた。
それはもう、人の命ではない。ただ、消去されていくだけのログ。
自分が冷徹に、効率的に行ってきた「トリアージ」――その本質が、命を救うための選別ではなく、死を確定させるための事務作業であったことを、彼女は突きつけられた。
「嫌……。おじさん、嫌よ……。こんなの、ただの……ただの、ゴミ掃除じゃない……!」
管理することの傲慢。選別することの恐怖。
ルミナは初めて、自分が握っていた「優先順位」という名の刃の冷たさに、魂が凍りつくのを感じた。
(第九十三話:完)




