第九十二話:処理限界(オーバーフロー)
第九十二話:処理限界
視界を埋め尽くしたのは、絶望の真紅だった。
二百。
防衛線の要となる兵士たちの三割以上が、たった一度の斉射で『Red(即死寸前)』に叩き落とされた。ルミナの脳内UIは、処理能力を遥かに超えたアラートの津波に飲み込まれ、爆鳴のような警告音を響かせる。
「あ、が……っ、あああッ!!」
一本、また一本と、接続された魔法糸が火花を散らして焼き切れていく。
一度に二百人分の「死の拍動」を同期した代償だ。ルミナの鼻からは鮮血が滴り、耳の奥では神経が焼き切れるような高音が鳴り止まない。
(死なせない……。おじさんに、任されたんだから……!)
ルミナは白目を剥きかけながらも、狂ったように指先を動かし続けた。
彼女が今行っているのは、もはや治療ではない。優先順位の極限。
誰を救い、誰を捨てるか。
残されたわずかな魔力リソースを、二百件の『Red』の中から、生存確率が数パーセントでも高い者へと強引に再分配する。
「……ごめんなさい、あんたは『Black』。……あんたも、もういいわ……」
震える指が、UI上のマーカーを弾く。
『Red』が次々と、非対象を示す『Black(看取り)』へと書き換えられていく。
おじさんに教わった「合理」は、今、ルミナの心を最も残酷に切り刻む刃となっていた。守りたかったはずの命を、自分の指で「死」に分類していく。
「あは、は……あははははッ!」
過負荷による脳の加熱が、ルミナを狂気的な笑いへと誘う。
一本の糸を繋ぎ止めるために、十本の糸を自ら断つ。
鼻血を垂らし、笑いながら、それでもルミナは「まだ救える変数」を探して、泥沼のような情報の海を掻き分ける。
「……まだ……まだ繋がってるわ。死なせない……死なせるもんか……!」
だが、空に浮かぶドラグナイトの瞳に、慈悲など微塵もなかった。
彼女は退屈そうに、次の斉射のために指を動かす。
ルミナが命を削って繋ぎ止めた二百の命。
それを嘲笑うかのように、龍神族の影が戦場全体を黒く塗りつぶした。
(第九十二話:完)




