第九十一話:龍神族(ドラグナイト)の嘲笑
第九十一話:龍神族の嘲笑
雲が、まるで生き物のように避け、その「女」は舞い降りた。
透き通るような銀髪に、淡く発光する龍の角。その背後に浮かぶのは、幾何学的というにはあまりに流麗で、見る者の精神を蝕むほどに完成された巨大な魔法陣の輪だった。
「……龍神族」
ルミナの喉が鳴る。
その女は、戦場を覆う数千の魔法糸を一瞥すると、退屈そうに薄く笑った。
「計算機(電卓)を叩いて一喜一憂しているのかと思えば、こんな低俗な並列処理に酔いしれていたのね。……醜い。魔法とは本来、こうして『支配』するものよ」
ドラグナイトが指先を優雅に持ち上げる。
その瞬間、ルミナの脳内UIが「理解不能」の警告で埋め尽くされた。
ドラグナイトが展開したのは、ルミナの「管理」を上書きする、さらに高次元の多重並列展開。空を埋め尽くしたのは、一発一発が人間の魔導師の奥義級の密度を持つ、数千発の「マジックアロー」だった。
「解体――演算の前提ごと消えなさい」
ドラグナイトが指を弾いた。
降り注ぐ光の弾丸は、ただの攻撃ではない。ルミナが構築した治癒の術式、その「構造」を狙い撃ちにし、パズルをバラバラにするように、回復の自動化システムを内側から食い破っていく。
「なっ……回復が、間に合わない!? 私の術式が……書き換えられていく……!?」
ルミナの指が、かつてないほど激しく虚空を掻く。
だが、どれほど効率的なアルゴリズムを組み立て直しても、ドラグナイトの放つ「正解」の魔法理論が、ルミナの泥臭い「最適化」を次々と無効化していく。
安全な後方から糸を引く「管理者」の座が、より高度な「天才」によって引きずり下ろされる絶望感。
「――遊びは終わりよ。数字の羅列に、本当の『死』を刻んであげる」
ドラグナイトの瞳が冷たく細められ、空中に静止していたマジックアローが、光の暴雨となって戦場へ降り注いだ。
ドォォォォォォン!!
「……あ」
ルミナの脳内で、何かが物理的に弾ける音がした。
一斉に。本当に、ただの一瞬で。
戦列を維持していた百人以上の兵士たちが、防具ごと、あるいは肉体の一部を消し飛ばされ、血の海に沈む。
それと同時に、ルミナの脳内視界が「狂気」に染まった。
視界の端から端まで、逃げ場のないほどに埋め尽くされた真っ赤なアラート。
『Red(即死寸前)』――。
『Red』『Red』『Red』『Red』『Red』『Red』……!!
一度に二百件を超える「死の直前」通知が、ルミナの脳に直接叩き込まれた。
それは情報の処理ではなく、純粋な「暴力」としての情報。
ルミナは白目を剥き、その場に崩れ落ちそうになりながら、自分の脳が焼き切れる音を聞いた。
(第九十一話:完)




