第八十九話:生存の管制塔(コントロール・タワー)
第八十九話:生存の管制塔
南部戦線の空は、絶え間なく降り注ぐ魔族の火球によって赤黒く染まっていた。
数にして数倍。身体能力においても遥かに人間を凌駕する魔族の軍勢が、波濤となって拠点の防壁を削り取っていく。
「ルミナ様! 第三防衛線が突破されました! 負傷者多数、これ以上は――」
悲鳴のような報告を、ルミナは鼻で笑って切り捨てた。
「うるさいわね。たかが数百の変数が増えたくらいで騒がないでくれる?」
ルミナが指先を空に掲げると、その指先から数千、数万の極細の魔法糸が放射状に放たれた。糸は生き物のように戦場を駆け巡り、拠点を守る全兵士の項へと正確に接続される。
その瞬間、ルミナの脳内にはサキモリ直伝の「戦場最適化UI」が展開された。
彼女の視界を埋め尽くすのは、数千人分のステータス・ログ。そして、戦場の兵士たちの頭上には、その負傷度合いを示す四色のマーカーが鮮やかに浮かび上がる。
『Green(軽症)』――戦闘継続可能。
『Yellow(中等症)』――注意、まもなく処置が必要。
『Red(重症)』――即時介入せねばロスト。
『Black(死亡・非対象)』――リソースの投入を禁ず。
「さあ、私の計算についてきなさい」
ルミナの両手が、まるで目に見えないピアノを弾くように宙で踊った。
指が跳ねるたび、魔法糸を通じて「最小限の魔力」と、手元にストックされた「最適なポーション」の成分が、必要な個所へピンポイントで自動注入されていく。
「――っ、腕が、治った!? さっきまで千切れかけていたのに!」
「痛みが消えたぞ……! それに、魔力が勝手に湧いてくる!」
戦場のあちこちで、驚愕の声が上がる。
ルミナの処理能力は、もはや「神の視点」に達していた。
『Red』に転落した瞬間に即応の治癒魔法を飛ばし、再び『Green』へと引き戻す。傷つくことさえも「計算内」に組み込んだルミナの完璧なリソース管理により、血飛沫の舞う最前線で、戦死者を示す『Black』のマーカーはただの一つも点灯しない。
「ふん。あんたたちの命なんて、私にとってはただの変数に過ぎないわ。余計な感情で計算を狂わせないで、死ぬ気で……いいえ、死ぬことすら許さないから、精一杯働きなさいよね!」
生意気な口調で毒づきながらも、ルミナの瞳は限界まで見開かれ、急速に増え続ける『Red』のマーカーを、狂気的な執念で追い続けている。
誰一人、この「生存の工場」からはみ出すことは許さない。
ルミナが指先を動かすたび、絶望的な戦場に「死を許さぬ光」が幾度も降り注いだ。
(第八十九話:完)




