第八十八話:鉄壁の消滅
第八十八話:鉄壁の消滅
その音は、世界の終わりを告げる弔鐘のように響いた。
「魂のアイギス」の中央に深く突き刺さった、牛王の巨大な戦斧。先代牛王の角から削り出されたその破壊の権化は、アリサの命を代償にした防壁を、内側から冷酷に食い破っていく。
「あ……が、は……ッ!!」
アリサの口から、どす黒い血が溢れ出した。
盾の貫通――それは彼女の精神と魔力回路が直接、物理的に引き裂かれたことを意味する。魂の盾を起点として、周囲の聖騎士たちに展開されていた「アイギスの加護」が、過負荷によって連鎖的に発火、粉砕されていく。
パリン、パリンッ、パリン――!!
戦場を覆っていた白銀の幾何学模様が、ガラスの雨となって降り注ぐ。
数秒前まで「無敵の軍団」であった六百人の兵士たちは、今や防具を剥ぎ取られた赤子のように、十万の飢えた魔族の前に晒された。
「……終わった……のか?」
誰かが絶望に満ちた声を漏らす。
直後、戦場を支配したのは、あまりにも残酷な「静寂」だった。
盾が砕け散り、兵士たちの戦意が凍りつく。その静寂を、アリサの膝が崩れ、甲冑が地面を叩く鈍い音だけが乱した。
アリサの意識は、既に肉体を離れ、深い闇の底へと沈んでいた。
だが、その真っ暗な意識の淵で、彼女は「視た」。
(……サキモリ……様……?)
それは幻覚か、あるいは死の間際に見せた念波の悪戯か。
遥か遠く、数百キロの距離を越えたバルバロイの地。
自分にとっての神であり、絶対の正解であったはずの「管理者」が、自分と同じように膝をつき、数多の傷を負って敗北の影に飲み込まれようとしている姿が、ノイズまみれの魔法通信のように脳裏をよぎる。
無敵だと思っていた。
彼についていけば、いつまでも平和な日常を守れるのだと信じていた。
だが今、二人が築き上げた設計図は、東西の地で同時に、無残にも瓦解しようとしている。
「……ぁ……」
アリサの手から、もはや力の入らない指が離れ、愛用の盾がカランと音を立てて転がる。
彼女の背後で、十万の軍勢が勝利を確信した獣の咆哮を上げ、一斉に雪崩れ込んできた。
「サキモリ……様……」
血に濡れた唇から漏れたのは、祈りのような、あるいは悔恨のような呟き。
ガーランド帝国の象徴たる「白銀の門」が、真っ黒な魔族の波に飲み込まれ、亀裂が入り崩壊を開始した。
(第八十八話:完)




