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勇者召喚、ヤバいのが混じってた。 ~近代兵器と戦い抜いた男は、異世界で慈愛を振るう~  作者: 風水
第三幕・第三章:エレン「視界なき殲滅」

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第八十話:潜行する「死」

第八十話:潜行する「死」


その瞬間、戦場を支配していた喧騒が、潮が引くように消え去った。


エレンが展開していた牽制の弾幕が、漆黒の甲冑に弾かれ、虚しく火花を散らす。あれほど猛り狂っていた魔族の軍勢が、まるで「より上位の捕食者」に道を譲るかのように、一斉に後退を始めた。


「……見えている。なのに、どうして」


エレンは充血した目を剥き、数キロ先の視界を凝視する。

彼女の千里眼は、霧を割り、瓦礫を透かし、進軍してくる「黒い一団」の姿を鮮明に捉えていた。逃げも隠れもしない。ただ正面から、一糸乱れぬ隊列でこちらへ向かってくるデスナイトたちの姿を。


だが、視認できているからといって、それが「迎撃可能」であることを意味しない。


「……な、に……? 私の矢が、通らない……?」


エレンが放つ精密な魔力矢。それは先ほどまで、魔族の厚い皮膚や盾をバターのように切り裂いてきた。しかし、進軍してくる漆黒の騎士たち――デスナイトたちの甲冑には、かすり傷一つ負わせることができない。


彼らは魔力的な障壁に頼っているわけではない。ただ、その甲冑が、その不死の肉体が、純粋に「硬い」のだ。魔法も物理も等しく跳ね返す、物理的限界を超えた硬度の壁。


さらに、エレンの最大の武器である「隠密」すらも、彼らの前では無価値だった。

彼女がどれほど気配を消し、透過魔法で姿を消そうとも、アンデッドである彼らにとっての「目」は、生命の輝き……すなわち魂そのものを捉える。隠れても、消えても、彼らの虚ろな眼窩に宿る鬼火は、常にエレンの心臓を正確に捕捉していた。


(……サキモリ様の教えが、通用しない……!?)


弾道計算、弱点への必中、空間の支配。

それら「技術」のすべてが、ただ正面から歩いてくるだけの「死の質量」によって、無慈悲に否定されていく。


「ひ、悲鳴……ッ!」


時計塔の周辺を守備していた味方兵士たちが、次々と沈黙していく。

それは奇襲ではない。正面から、圧倒的な力で、なす術もなく踏みつぶされていく絶望の音。逃げ場を失った兵士たちの魂が、黒い鉄靴の下で次々と刈り取られていく。


エレンは震える手で弓を構えた。鼻血が喉に流れ込み、鉄の味が口内に広がる。


そして、その「音」は塔の真下から響いた。


――ガシャアァン!


時計塔の頑丈な鉄扉が、巨大な鉄塊をぶつけられたかのように粉砕される。

続いて、石造りの階段を一段ずつ、暴力的なまでの重みで踏みしめる鉄靴の響き。


ドォ、ドォ、ドォ……。


その足音には、一切の躊躇も、焦りも、感情もなかった。

ただ事務的に、最上軍事目標である「狙撃手」との距離を詰め、死を運ぶためだけの冷徹なリズム。


エレンの背筋を、氷のような寒気が駆け抜ける。

サキモリに救い出されたあの日、自らの無力さに絶望した記憶が、再び黒い影となって彼女を飲み込もうとしていた。


「……来る。……サキモリ様……!」


エレンは鼻血を拭い、弓を引き絞る。

視界はノイズで赤く染まり、魔力は底を突きかけている。


それでも彼女は逃げない。ここで逃げれば、自分の価値を証明してくれたあの男を、裏切ることになるから。


ドォ、ドォ――。


足音が、すぐ下の階層まで迫る。

エレンは、弓を引く指の震えを、自身の肉体を呪うようにして抑え込んだ。


暗闇の中から、青白い鬼火のような瞳を宿した「黒い巨躯」――デスナイトロードが、その圧倒的な威圧感と共に、姿を現そうとしていた。


(第八十話:完)

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