第七十八話:千本目の閃光
第七十八話:千本目の閃光
クレイオス公国の時計塔は、もはや静かな展望台ではない。
それは一人の少女が、自らの限界を削りながら稼働させる「精密な制圧機」と化していた。
エレンの瞳は、過剰な魔力の充填によって青白い光の尾を引いている。彼女の周囲には十数個の魔法陣が浮遊し、大気中から強引に魔素を絞り出していた。
「……最適化、完了。掃射を開始します」
エレンの指先が、目に見えぬ魔力の弦を弾く。
その瞬間、戦場の空気が鋭く爆ぜた。
シュンッ、という風切り音が十数回、重なり合って一つの轟音となる。
魔法陣から放たれた光の矢は、敵軍の先頭集団へと突き刺さる。だが、エレンが狙っているのは敵の「個体」ではない。彼女が射抜いているのは、サキモリから教わった「敵の動線」そのものだ。
一発一発の矢は、着弾の瞬間にあえて微細に砕け、光の破片となって周囲を切り刻む。
一射で十数発。それが秒間数回繰り返される。
「な、なんだこれは!? 前に出られん! どこへ逃げても矢が飛んでくるぞ!」
魔族の先遣隊、およそ五〇〇。その密集陣形が、エレンの描いた「死の網目」に捉えられた。
右に避ければ計算済みの跳弾が項を焼き、左に避ければ後続の矢が正確に眼球を貫く。エレンが放つ「十数発」は、常に敵の回避先を先読みして配置されており、敵は動けば動くほど自ら矢に当たりに行く形となる。
それは、限られた弾数で最大効率を叩き出す、サキモリ直伝の「空間設計」の体現だった。
一本。十本。百本。そして、千本目。
放たれる矢の数が増えるにつれ、エレンの感覚は極限まで加速していく。
自身の魔力は「回路」を維持するためだけに使い、矢そのものの質量は周囲の魔素を強引に変換して補う。
(……苦しい。けれど、視える。サキモリ様が言っていた「構造」が……!)
エレンの脳内では、戦場を埋め尽くす魔族の命が、単なる「消去すべきドット」として処理されていく。
五〇〇を数える先遣隊は、彼女の設計図に足を踏み入れてからわずか数分で、その半分が物言わぬ肉塊へと変わった。後続から合流しようとする勢力を合わせても一〇〇〇に満たない小規模な軍勢。だが、一人でそれを迎え撃つ絶望を、エレンは「高揚」で塗りつぶしていた。
狙撃ではなく、掃除。
全方位から降り注ぐ光の連射が、石畳を真っ赤に染め上げていく。
やがて、時計塔の周囲を埋め尽くしていた怒号が消え、不気味なほどの静寂がクレイオスを支配した。
石畳の上に残されたのは、寸分の狂いもなく急所を射抜かれた、夥しい数の死骸。
一〇〇〇近い敵を一人で仕留めきった代償として、エレンの指先は裂け、弓を握る腕は微かに震えている。実体のない魔力矢が光の粒子となって消えていく中、彼女の足元には、激しい魔力摩擦による焦げた匂いが漂っていた。
「……掃射、第一フェーズ、終了……」
エレンは、弓を構えた姿勢のまま、乱れる呼吸を無理やり押し殺した。
目の前の「一〇〇〇」は片付けた。だが、彼女の千里眼は、霧の向こうから現れる「さらに異質な影」を、すでに捉え始めていた。
(第七十八話:完)




