第七十話:絶望の「同時進行」
第七十話:絶望の「同時進行」
バルバロイ国境。開戦から数時間、戦場はすでに「管理」という言葉が通用しない飽和状態へと陥っていた。
サキモリの耳には、後方の伝令兵が魔法通信機から拾い上げる絶望的な「悲鳴」が届き続けている。
「ガーランド北壁、崩壊! 聖騎士アリサ殿、防壁の瓦礫を背に孤軍奮闘中!」
「クレイオス、外郭が陥落! エレン殿、残弾なし! 予備の矢を全て使い切り、肉弾戦へ移行!」
「アルタより悲鳴! ルミナ殿、魔力枯渇により昏倒! 護衛兵が身を挺して彼女をポーション樽の元へ運んでいます……!」
サキモリは、報告を聞きながらもその手を止めない。
軍服は至る所が裂け、脇腹の裂傷からは熱い鮮血が流れ続けている。だが、彼にはそれを癒やす薬はもうない。傷つくたびに、二十年間の孤島生活で骨の髄まで叩き込まれた「生存のための死闘」の記憶が、熱を帯びて蘇っていく。
「……そうですか。全ての地点で、構造の崩壊が始まりましたか」
サキモリは、血の混じった重い息を吐き出した。
かつての彼の信条は、「一滴でも血が流れたら、私の失敗だ」という完璧な守護。
だが今、世界の各地で同時に、そのプライドが粉砕されていく音を聞いた。アリサの盾が軋み、エレンの指先が裂け、ルミナが泣きながら地獄を差配する音を。
(……ああ。やはり、この世界も、私の管理など求めてはいなかった)
その瞬間、サキモリの瞳から「管理者」としての理性が完全に消失した。
代わりに奥底から這い上がってきたのは、二十年間、加護も魔法もポーションもない地獄で、ただ経験と殺意だけで近代兵器をねじ伏せ続けてきた「極東の守護神」としての本能。
サキモリは足元に転がっていた、魔族の折れた大剣を無造作に拾い上げた。
洗練された魔法技術でも、異世界のスキルでもない。ただひたすらに、効率的に「モノを破壊する」ための、泥臭くも洗練の極みに達した武人の所作。
「――構造の解体を開始します」
一閃。
サキモリが手首の捻りだけで放った「折れた剣」は、空気を爆ぜさせながら放たれた。
それはもはや投擲という生ぬるいものではない。
かつて折れた槍を投じ、鋼鉄の爆撃機を撃墜した男の一撃。
投じられた鉄塊は、先遣隊の魔族四、五匹をまとめて肉塊へと変え、背後の大地をクレーター状に爆砕してようやく止まった。
「防衛などという甘い考えは捨てました。……一秒でも早く、ここを更地にする。それ以外に、彼女たちを救う解はない」
かつて、太平洋の荒波を背景に、鉄と火薬の雨を一人で弾き返した「あの頃」のサキモリが、今、バルバロイの戦場に完全に回帰した。
傷を癒やす術はない。ならば、傷つく前に、その原因をすべて消し去るのみ。
「生存時間競争、ですか。……いいでしょう。私の肉体が尽きるのが先か、世界の敵が尽きるのが先か……検証を開始します」
血に染まった灰色の槍が、絶望の物量に向かって、最速の殺戮を刻み始めた。
(第七十話:完)




