第六十一話:詰みの盤面と、静かなる絶望
第六十一話:詰みの盤面と、静かなる絶望
バルバロイ王都。
その最奥にある円卓会議場には、熱気など微塵もなかった。
外の喧騒とは裏腹に、そこは冷え切った、あるいは「凍りついた」と言った方が正しい静寂が支配している。
「……報告を、続けてください」
サキモリの低い声が、石造りの天井に反響した。
彼の視線の先には、バルバロイ、アルタ、ガーランド、クレイオスの四カ国の代表たちが、血の気の引いた顔で座っている。
そして円卓の中央に広げられた大陸地図には、見る者を絶望させる「事実」が書き込まれていた。
農業支援国からの定時連絡。
それは、死神が振るう大鎌の軌跡を予言していた。
「……全四方向。各軍、正規兵一〇万。合計、四十万……」
バルバロイの参謀が震える指で地図をなぞる。
「それだけではない。各方面を指揮するのは、魔王軍の幹部たちだ。単体で一国を滅ぼしうる化け物が四人……同時に、我ら四カ国へ侵攻を開始した。すでに一ヶ月前に国境を越えている。……衝突まで、あと二週間もない」
四十万の軍勢。
そして、四人の幹部。
それは、かつてサキモリが遭遇したような「はぐれの魔獣」や「小規模な斥候」とは次元が違う。
国家という仕組みそのものを物理的に圧殺するための「暴力の奔流」だ。
サキモリは、静かに地図を見つめた。
彼の脳内では、熟練度レベル5に到達した計算機能が、猛烈な速度でシミュレーションを繰り返している。
「一人が同時に存在できるのは一地点のみ。四つの国は、私の足で走っても一ヶ月は離れている。……私がどこか一つの国へ向かえば、残りの三カ国は確実に灰になる。……幹部一人の相手に私がリソースの半分を割いたとして、残りの九万九千九百人は誰が止めるのですか?」
サキモリの唇が、かすかに震えた。
二十年間、日本の近海にある孤島で、彼は「一滴の血も流させない」ことを絶対のルールとして戦い抜いてきた。
折れた槍で空を、砕けた拳で戦車を。
理不尽な物量を「個」の意地で跳ね除け続けてきた。
だが、この盤面は、個人の努力や根性という概念を嘲笑っている。
「……これが戦争なのですか」
サキモリの喉から、掠れた声が漏れる。
「計算が合いません。供給に対して、損失が圧倒的に過剰だ。……この世界は、これほどまでに、簡単に壊れるようにできていたのですか……?」
かつてない困惑が彼を襲う。
どれほど効率を上げ、どれほどポーションの品質を高めても、物理的な「距離」と「多発」という法則の前では、一人の人間はあまりに無力だ。
円卓の傍らで、ルミナが、エレンが、そしてアリサが、祈るような目でサキモリを見つめている。
彼女たちはまだ、彼なら何か「仕組み」を見つけてくれると信じている。
だが、サキモリの視界に浮かぶシステムウィンドウは、無慈悲な結果を非情に突きつけていた。
【システム警告:広域同時侵攻シミュレーション完了】
戦略目標:全拠点の防衛
現在地点からの救援成功率:0%
全構成員の生存率:0%
推奨アクション:存在しません
赤い警告色が、サキモリの網膜で狂ったように点滅を繰り返す。
熟練度を上げ、ストレージを広げ、最強へと近づいたはずのその瞬間に。
管理者が突きつけられたのは、どんなに足掻いても、一秒後には誰かが死ぬという「詰み」の宣告だった。
地響きのような魔族の足音が、まだ見ぬ地平の向こうから聞こえてくるような気がした。
(第六十一話:完)
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