第五十八話:恐怖の「不沈の進軍」
第五十八話:恐怖の「不沈の進軍」
バルバロイ王都を包囲する魔族の大軍勢。
その包囲網の一角は、正体不明の「暴力的な循環」に晒されていた。
サキモリは王都へ続く最終局面において、正面突破ではなく「飽和攻撃による遅滞戦術」を選択した。
包囲軍に揺さぶりをかけ、敵の指揮系統を物理的・精神的に摩耗させるためだ。
「……これより、攪乱フェーズに移行。一〇分から三〇分に一度、ランダムな間隔で突撃を行います。各戦闘時間は最大三分。離脱後、五分間の薬理回復を行い、次なる接敵ポイントへ移動してください」
サキモリの冷徹な号令と共に、魔族のキャンプに「悪夢」が舞い降りた。
「敵襲ッ! また奴らだ!」
魔族の歩兵が叫ぶ間もなく、アリサの『アイギス』が楔となって陣地を粉砕した。
ルミナの広域魔法が天幕を焼き、エレンの矢が指揮官の喉を正確に射抜く。
サキモリは『灰色の槍』で敵の防衛線を文字通り「引き裂き」、混乱が頂点に達した三分後、彼は無機質に宣告した。
「……規定時間。離脱します」
四人は疾風のごとく戦場を去り、一キロ先の安全圏へと逃れる。
そこで行われるのは、戦士の休息ではなく「メンテナンス」であった。
「……中級回復薬、服用。アリサ殿、エレン殿、心拍数を強制低下させてください。ルミナ先生、次の魔力回路の冷却を開始」
サキモリは、走りながら生成したばかりのポーションを三人に手渡す。
魔族が追撃の準備を整え、重い鎧を鳴らして森へ踏み込む頃、四人はポーションの薬理作用によって、怪我も疲労も、戦闘直後の昂ぶりすらも完全に消去された万全の状態で、別の地点から再び牙を剥く。
「……再突撃。目標、西の補給基地」
一〇分後、またしても絶叫が響く。
魔族の兵士たちにとって、それは戦いではなかった。
「……奴ら、また来たのか!? さっき追い払ったばかりだぞ!」
「おかしい……さっきの傷はどうした! まるで今朝起きたばかりのような動きじゃないか!」
敵軍は寝る間もない。
いつ、どこから、万全の状態の「四角形」が突っ込んでくるか予測できないからだ。
一度の戦闘は短いが、それが一時間おきに、二十四時間、一切の衰えなく繰り返される。
魔族の指揮官たちは、戦慄と共に地図を見つめた。
「……奴らは疲れないのか? 恐怖も、空腹も、睡眠欲もないというのか!?」
「報告します! 先ほど離脱した襲撃部隊、離脱直後に無表情でポーションを飲み干し、即座に次の陣地へ向かうのを確認! まるで……ただの作業をこなしているかのような手際です!」
魔族たちの精神は、徐々に崩壊し始めていた。
強大な魔王やドラゴンならまだ戦いようがある。
だが、自分たちが相手にしているのは、傷を負わせても数分後には新品になって戻ってくる、理解不能な「現象」なのだ。
夜が明ける頃には、包囲網の一部は完全に沈黙していた。
戦死者よりも、いつ襲われるか分からない恐怖で精神を病み、武器を捨てた者の数の方が多かった。
「……包囲網に『穴』が空きましたね。予定通りです」
サキモリは、ポーションの空き瓶を一つ捨て、規則正しい足取りで次の襲撃地点へと向かう。
「……おじさん、魔族の連中、こっちを見て泣いて逃げ出したわよ」
ルミナが呆れたように言うが、サキモリは表情を変えない。
「……休息と戦闘を並列化した結果です。……彼らには気の毒ですが、我々は止まるように設計されていませんから」
その光景を遠くから監視していた魔族の生き残りは、震える声で呟いた。
「……奴らは人間じゃない。もっと質の悪い……完成された『悪夢』だ」
不沈の軍団は、絶望の種を撒き散らしながら、王都への最終直線を突き進む。
第五十八話:完




