第五十七話:物資の回転、現地調達の極致
第五十七話:物資の回転、現地調達の極致
バルバロイ帝国の街道をひた走る「不沈の四角形」において、物資の消費は激しい。
高出力を維持するための増幅薬、疲労を強制リセットする回復薬。
インベントリの在庫は数パーセントほど減少していた。
「……微減。ですが、この先で想定される戦闘密度を考慮すれば、移動中に最大ストックまで復元しておくべきですね」
サキモリの言葉は、進軍停止の提案ではない。
むしろ、移動速度を維持したまま、消費以上の生産を行う「移動工房」への切り替え宣言であった。
「……現在、全員が覚醒。生産効率は最大化可能です。アリサ殿、エレン殿、システムの維持を」
「了解だ! ――『アイギス』展開、近距離全方位警戒!」
アリサが光の盾を最小限の出力で周囲に張り巡らせ、街道の小石一つにいたるまで進路の安全を確保する。
「……一キロ圏内、遮蔽物に潜む動体反応なし。接敵前にすべて射抜きます」
エレンが弓を引き絞り、遥か彼方の魔獣を機械的な精度で排除していく。
この「絶対安全圏」が維持される走る檻の中で、サキモリとルミナの作業が始まった。
「ルミナ先生、左前方、三〇メートル。スケッチ通りの『月見草』の群生があります。走りながら抽出してください」
「はいはい、お安い御用よ! ――魔法の手、並列起動!」
背負い椅子に座ったルミナが指先を踊らせる。
サキモリの速度に合わせて並走する半透明の魔力の手が、地面から次々と薬草を摘み取り、その場で不純物を濾過。
濃縮された薬効成分だけを粉末化し、サキモリが用意した調合用の袋に叩き込んでいく。
「……はい、第一陣、精製完了! 受け取って、おじさん!」
「……受理。これより最終調合に入ります」
サキモリは、ルミナから手渡された高純度素材を、走りながらインベントリ内の「調合ストレージ」へと投入した。
彼の脳内では、最適な配合比率と魔力注入のタイミングが、物流のフローチャートのように整理されている。
サキモリの手元で、空のガラス瓶に次々と琥珀色の液体が満たされていく。
走行による適度な振動が、逆に成分の攪拌を助け、静止した工房で作るよりも質の高い「移動中限定ポーション」が完成していく。
「……すごいわね。走りながら精製して、走りながら作って……これ、本当に止まる理由が一つもないじゃない」
ルミナが感心したように、出来立てのポーション瓶を眺める。
「……当然です。物流とは本来、止まった瞬間に死を意味するもの。循環し、回転し続けることこそがその本質です」
サキモリは、補充が完了したポーションをインベントリの定位置へ格納した。
在庫、一〇〇パーセント復帰。
彼らにとって、荒野はもはや戦場ではなく、無限の資源供給源へと変貌していた。
「……物資が止まらない限り、我々は止まりません。さあ、速度を維持したまま国境の中間地点を突破します」
不沈の管理者はそう告げると、新たなポーションを一瓶、自らの喉に流し込んだ。
補給と戦闘、そして移動。
その三つが完全に同期した「システム」としての軍団は、朝露に濡れた街道を、さらに加速して駆け抜けていく。
第五十七話:完




