第五十三話:魔力増幅薬、実戦の連撃
第五十三話:魔力増幅薬、実戦の連撃
国境を越えた先、深い霧が立ち込める渓谷。
そこは、二つの首を持つ巨大な魔獣――オルトロスの縄張りであった。
通常、一頭を相手にするだけでも一国の精鋭騎士団が数時間を要する難敵が、十二頭という異常な群れで「不沈の四角形」の前に立ちはだかる。
「……計算外ですね。この地域における魔力密度の偏りが、これほどの個体群を維持していたとは」
サキモリは一定の速度で走りながら、冷静に周囲の状況を把握した。
彼の足は止まらない。止まれば、これまで積み上げてきた進軍スケジュールの最適値が崩れるからだ。
「……現在、エレン殿は予定通りの仮眠時間です。彼女を起こして戦わせるのは非効率的ですね」
サキモリの背負う椅子では、エレンがサキモリの背に寄りかかるようにして深い眠りに落ちている。
魔力増幅薬による強制覚醒の代償を、移動中の「管理された休息」で中和している最中だ。
「……火力が不足しています。ルミナ先生、出番です」
「おじさん、無茶言わないでよ! 十二頭よ!? 私一人で全部焼けっての?」
エレンと入れ替わり、背負い椅子に座らずサキモリの隣を並走しながら、素材の精製を行っていたルミナが叫ぶ。
「……問題ありません。アリサ殿が接近を阻止する間に、貴女が最大効率で処理してください。……これを」
サキモリが差し出したのは、琥珀色に輝く『魔力増幅薬・中級』。
「……もう、分かったわよ! やればいいんでしょ!」
ルミナが薬を煽った。
直後、金色の魔力が彼女の小さな体から爆発的に溢れ出す。
「――『万雷の葬列』、並列起動!」
ルミナの杖から放たれた十二条の雷柱が、霧を切り裂き、オルトロスたちの首を一つずつ正確に焼き切っていく。
凄まじい衝撃。本来なら魔導士一人が一生に一度放てるかどうかの超絶魔法。
その反動は、ルミナの脳を内側から焼き、意識を暗転させようとする。
「……う、あ……っ」
ルミナが崩れ落ちそうになる寸前。
サキモリの手が、道中に抽出した素材で生成したばかりの『中級回復薬』を彼女の口に流し込んだ。
「……まだです。第二波、来ますよ」
「げほっ! ……おじさ、ん……っ」
回復薬が喉を通った瞬間、焼き切れる寸前だった魔力経路が瞬時に再構成される。
苦痛は消え、倦怠感は霧散し、ルミナの体は「たった今、目覚めたばかり」のような万全の状態へと強制的に引き戻された。
「……サキモリ殿、一頭抜けたぞ! 任せろ!」
前方では、アリサが重厚な盾を構え、接近したオルトロスの突進を真正面から受け止めていた。
「ルミナ殿、案ずるな! 私の盾がある限り、貴殿の詠唱は一秒たりとも遮らせない!」
「……続けてください、ルミナ先生。調合は間に合っています」
サキモリは、走りながら指先で粉末を加工し、ポーションの補充を止めていなかった。
撃つ、反動で壊れる、サキモリが治す。
この三人の連携……いや、この「製造ライン」に、意思の疎通はあっても「遠慮」はない。
数分後、十二頭のオルトロスはすべて物言わぬ資源(肉塊)へと変わり、渓谷に静寂が戻った。
サキモリは背中で眠るエレンを起こさぬよう注意を払いながら、空になったポーション瓶を静かに片付ける。
「……はぁ、はぁ……。……ねえ、おじさん」
ルミナはサキモリの隣で息を整えながら、自分の手を見つめて毒づいた。
「今、私の体……どこも痛くないし、魔力も満タンよ。でもね、精神的にはもう百回くらい過労死した気分なの。これ、魔導士を使い潰すブラック運用のやり方すぎじゃない?」
「……身体機能は正常値です。心理的負荷については、次回の交代睡眠で相殺してください」
「そういう理屈じゃないのよ! ……あーあ、腕はいいけど経営者にはしたくないタイプね、おじさんは」
ルミナは溜息をつき、サキモリから手渡された二本目の回復薬を飲み干した。
体は万全、気力はゼロ。
それでも「不沈の四角形」は、止まることなく霧の先へと突き進む。
「……さあ、資源を回収して移動を再開します。遅れは許されませんよ」
第五十三話:完




